こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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来年、『KATACHI and Symmetry』という表題で 「形」に関する国際会議を開きます。

「形」の不思議を科学する

東京農工大学工学部教授

高木 隆司 氏

たかき りゅうじ

高木 隆司

1940年広島県生まれ。69年東京大学大学院理学系研究科修了。東京農工大学講師、助教授を経て現在、同大学工学部教授。理学博士。85年に発足した「形の科学会」では88年から95年まで会長、現在でも同会の事務局、また機関紙『FORMA』(英文)の編集長を務める。このほかにも科学とアートの共生を目指して発足した「アルスの会」代表世話人も務めている。著書に『形の数理』(92年、朝倉書店)、『まぜこぜを科学する』(94年、裳華堂)、『現代のダ・ヴィンチ』(95年、丸善ライブラリー)、『巻き貝はなぜらせん形か』(97年、講談社)、『理科系の論文作法』(同年、丸善ライブラリー)などがある。現在は『形の辞典』を執筆中。このほかに中学や高校の物理の教科書の編集にも携わる。

1998年5月号掲載


ゴルフボールに凸凹があるとなぜ飛距離が伸びるのか?

──先生がお書きになった『巻き貝はなぜらせん形か』の中で「メビウスの帯」について書かれていますよね。実はこのメビウスは「月刊不動産流通」という当社の関連会社が発行している雑誌のシンボルマークとして使っているんです。

そこで「一ひねりしてつないだテープと、同じ方向に二ひねりしたテープを縦切りにしてごらんなさい」(図参照)と書いてあった通り、早速やってみました。

一ひねりしてつないだテープ(a)と二ひねりしたテープ(b)
一ひねりしてつないだテープ(a)と二ひねりしたテープ(b)

高木 不思議だったでしょう。実際にやってみると意外性があって。

──ええ、びっくりしたのと同時に、アッという感激もありました。

さて一体どうなるのか・・・、この答えは実際に皆さんの目で確かめていただくとして、本日は先生の研究されている「形の科学」についてお伺いしようと思います。

本にも書かれていますが、巻き貝のらせんや雪の結晶など、改めて私たちの周りを見てみると、それぞれにいろいろな形があってなかなか面白い。われわれの身近なところではゴルフボールの表面のくぼみ、ディンプルも奇妙なものですよね。一体どうしてあんな凸凹が付いているのか、不思議ですよね。

高木 本当にそうですね。なぜ速く遠く飛ぶのか、これは表面にある凸凹が空気抵抗を減らしているからです。ボールのような球形はもともと飛行には適していない形なんです。飛んでいる時、後方に大きな空気の渦ができてしまい、それがボールそのものを引っ張ってしまうからです。飛行にはやはり流線形が一番適しているわけです。

しかしディンプルを付けると、それが小さな乱気流を生み、そのためにかえって後方の大きな渦が小さくなる。それによって飛距離が伸びるのです。

ただ、こういう大ざっぱなことは分かっているのですが、なぜ凸凹を付けるとよく飛ぶのか、究極の理由はまだ定かではないんです。どんな理由があるにしろ、このディンプルを発明した人は偉いですね。

──もともとつるつるだったボールが傷だらけになっていって、飛ぶようになった、という話を聞いたことがあります。

高木 そのゴルフボール然り、なぜこんな形になったのか、突き詰めていくと意外に分かっていないものが世の中にはたくさんあるんです。私たちが研究している「形の科学」というのは、自然のもの人工のものを問わず、その形ができあがる仕組みや、多くの形に共通する基本的な性質を調べていくことなんですよ。


美術学生に興味を持ってもらうために踏み込んだ「形の科学」

──あらゆる領域の形を横断的に捉えていくわけですね。もともと先生は流体力学を研究されていたそうですが、なぜこの形に関する研究を始められたのですか。

高木 ちょうど大学院を卒業したころ、武蔵野美術大学に非常勤講師を頼まれまして、そこで物理の講義をしたんです。

──美術大で物理学を・・・?

高木 ええ。今はどうか知りませんが、一応自然科学系の授業も昔は必修であったんです。ところが理系の学生にするような講義をしても全然受けない。後ろの方では漫画を読んでいたり、将棋を指していたりする学生もいまして(笑)。

怒ってもしょうがないことですし、結局授業を面白くするにはどうしたらいいか考えたんです。そこで美術系の学生だから形には興味を持つだろうと思って、形に関係するような物理学の話題を集めました。そういう教科書なんてありませんから、手作りで資料を作って一年ほどやっていましたら、やっとこっちを向いてくれるようになったんです。自分自身でも資料を作ったりするのが面白くなってきて、いろいろ考えたりするようになったわけです。

ただ、形といっても千差万別なんですね。それを何とか体系化したいなと思って、分類したり整理したりしているうちに、これが一つの学問として独立しうるのではないかと思いまして、ちょうど同じころそういったことに興味を持っていた仲間と共同で研究集会を行ったりしたのがきっかけです。今から20年くらい前の話ですね。

──そうすると、それまではいわゆる学問分野としての形の研究というものはなかったんですか。

高木 ないことはないですが、少なかったですね。そもそも形という言葉が付く学問自体があまりないんですよ。その数少ない中に、地形学というものがあります。地形学では形が重要な情報です。また形態学というものもありますが、単独で使われるものではなく、病理形態学とか植物形態学など何か上に付く。この程度ですね。


新しく科学をつくるには4つの要素が必要

──ところで、先生の本の副題には「形を科学する」という言葉がありました。一口に科学といっても、社会に貢献する科学と知識欲を満たすための科学があるそうですが、この形の科学の場合は知識欲の科学に入るわけですか。

高木 いえ、むしろこの場合、「遊びの科学」といっていいでしょう。これはすべての科学の基礎ともいえるものです。

本来科学の「科」には細かく分ける、分類するという意味がありまして、よく植物や動物の分類を表すのに「科」という言葉を使うでしょう。ですから、科学とは分解したり細かく分けてその性質を調べるということなんです。

ところが、形の科学は常に全体を見ていかなければならない。ですから従来の科学とはちょっと違うんです。しかし、科学と呼ばないとなかなか人が集まってこないので、一応「形の科学」と呼んでいるという面があるんです(笑)。

──でも科学の一分野を、それこそ一からつくらなければいけない、というのもなかなか大変ですね。

高木 科学をつくるには何が必要か私なりに考えてみて、4つぐらいリストアップしてみたんです。

まず、人が集まって出会うということが必要です。2番目に、自分が研究したり発見したりしたことを発表する機会が必要です。雑誌やシンポジウムなどがそれに相当します。

3番目に、今までの研究成果をためてデータベースをつくる。なお、これだけだと仲間内だけのものになってしまうので、もっと発展させていくには、4番目として一般の人がそれを指示しないといけないわけです。

これら4つがうまく作用していけば、科学は創造できるのではないかと思っているんです。


「形」という言葉は、外見的な型と内面的な力を合わせたもの

──しかし、何とも広い領域ですね。

軽部 そうです。それでもう次はいよいよロボットです。これは「バイオ・マイクロマシン」といって、以前「ミクロの決死圏」という映画がありましたが、あの映画のように体内に超微小なバイオセンサーを送りこんで病気の検索や治療を行おうというものです。例えばマイクロロボットが体内で癌細胞を見つけると制癌剤を投与したり、レーザー光線で焼き切ったりしてしまう。そういったことを夢見て今やっているところです。

──バイオの研究がこんなに多種多様とは思いませんでした。

軽部 先端技術とはそういうものなんです。学際領域と呼んでいますが、これからはこういう学際領域に強い研究者が必要です。私自身にしても食品科学から始まって高分子化学、電気化学、基礎医学と広い領域を勉強してきました。「博学」でなく「薄学」と言っていますが・・・(笑)。これからは薄学が大事です。

──先端をいく人はレオナルド・ダ・ヴィンチじゃないとだめなんですね。

どうもありがとうございました。

──特に2番目の「発表する機会が必要」というのは分かります。外に向けて発表しなければ一般の人達にも伝わらないですからね。先生がおつくりになった「形の科学会」もそんな理由からですか?

高木 ええ。85年に発足したのですが、いろいろな分野からの参加者がいて、とても学際的な雰囲気でやっています。それに専門家でない人達にもついていけるようにしていますから、割と最先端なテーマを扱った講演でも分かりやすいように工夫しています。

ちょっと宣伝になってしまいますが、来年、筑波大学で国際会議を開くことになったんです。『KATACHI and Symmetry』という表題で行います。

──JUDOH(柔道)みたいに「KATACHI」が国際用語になっているんですね。

高木 まだまだそこまでは浸透していませんが、こういう表題を付けることで少し普及させたいという気持ちはありますね。

「形」という言葉は本来、「カタ」と「チ」を合わせたもので「カタ」は外見的な型やパターン、「チ」は内面的な力を表します。例えば、「いのち」の「ち」もそうです。ですから、外見と、そこに内在する本質的なものとを合わせて「形」という言葉になったのだそうです。これにうまく当てはまる英語がないので・・・。

──国際会議ということですから、外国の方もいらっしゃるのですか。

高木 ええ。今のところ20名ほど参加する予定です。形について一般的な考察をすることに対して共感する人が、外国にもだいぶいるんですよ。一応そういう組織もありまして、ハンガリー人が始めた「シンメトリーの学会」という組織があります。シンメトリーはよく左右対称という意味で用いられますが、もっと一般に形と同じような意味もあるんです。この組識は形の科学会よりも5年ぐらい後にできて、世界各国で3年ごとに集会を開いているそうです。

──ということは形の科学会は世界最初の「形を研究する会」なんですね。

先生のご本にもありましたが、わが民族は、形ということに関しての興味が強い・・・。

高木 昔からそうみたいです。縄文式土器にしてもいろいろと奇抜な形がありますし、古墳の形も円と三角を組み合わせた前方後円墳などがあるでしょう。日本人というのは昔から幾何学も好きだったのではないかと思っているんですよ。

──なるほど。先ほど、形という言葉は「外見的なパターンと内面的な力を合わせたもの」とおっしゃいましたが、昔の人は自然とそういうことを感じ取っていたのかもしれませんね。

お話を伺っていて、「形」という言葉そのものが生き物のような、とても深いものなんだ、とつくづく実感しました。形の科学がこれからどんな発展をしていくのか、とても楽しみにしています。今日はありがとうございました。



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