こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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何世紀にもわたり独自の文化を経典で継承。 ヤオ族は世界でも稀有な民族です

中国からアジアに広がる少数民族

神奈川大学経営学部教授

廣田 律子 氏

ひろた りつこ

廣田 律子

1957年千葉県出身。81年早稲田大学教育学部卒。86年慶應義塾大学文学研究科修士課程修了。博士(文学)。現在、神奈川大学経営学部兼経営研究科教授。2008〜15年神奈川大学プロジェクト研究所ヤオ族文化研究所長、15年4月(一社)ヤオ族文化研究所設立、所長に就任(ウェブサイトhttp://www.yaoken.org/)。主な著書に、『鬼の来た道―中国の仮面と祭り』(玉川大学出版部)、『中国民間祭祀芸能の研究』(風響社)など。

2015年5月号掲載


民族知識を漢文にして、儀礼や慣習を伝承

──先生は、中国の少数民族である「ヤオ族」の文化の保存・継承に尽力されていると伺っています。中国には公式な分類だけでも、漢民族と違った文化を持つ少数民族が55もいるそうですね。その中でも特にヤオ族に興味を持たれている理由は何でしょうか。

廣田 私はもともと中国の仮面劇の研究が専門で、最初は湖南省のヤオ族の仮面が珍しい竹製だったことから興味を持ったのです。でも、彼らの文化に触れてみると、漢字や道教など、漢民族の影響を色濃く受けていながらも、かなり特徴的な独自の文化も保持し続けている。「なんて、おもしろい民族なんだろう!」って。

──今は、経済はもとより言葉までグローバル化している時代ですが、その一方、反作用とでもいいますか、民族固有のアイデンティティを見直そうという動きも見られます。まさに先生のご研究は、そういう意味で、とても興味深いテーマです。

廣田 そう捉えていただければ光栄です。彼らの一番おもしろい点は、漢文で記述した経典を伝承していることです。もともと文字を持っていなかったと思われますが、漢字を取り入れて複雑な祭祀に関する知識や自民族の神話や歴史的な事柄を経典にすることで、世代や地域を超え、儀礼などを継承していくことができるようになりました。他の民族と比べても、こうした例は非常に珍しいんです。

 

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中国の儀礼で使用される漢字経典『盤王大歌』。七言上下4句で構成され、ヤオ族独自の音訓を付し、文面そのままでなく、謎掛けと謎解きの問答形式で歌唱したり、歌唱法も非常に複雑である〈写真提供:ヤオ族文化研究所〉

──先ほど、道教の影響もあるとおっしゃっていましたが、そうした経典からは道教の影響も読み取れるんですか?

廣田 ええ。神様の名前が共通しているなど、道教的な影響をかなり受けていることが分かります。ただし、道教では最高神なのに、ヤオ族の伝承では獣の乳で育つというようにとんでもない生い立ちで登場するといった具合に、ヤオ族の世界観や神観念に基づいた解釈になっています。

──そういう部分に民族のアイデンティティが現れているとも言えますね。ところで、経典にはどんなことが書かれているのですか?


廣田 例えば、ヤオ族にとって、もっとも大事な儀礼のひとつに、救世主である盤王を祀(まつ)り『盤王大歌』を歌う儀礼があります。彼らの神話では、祖先が南京から移住の旅に出、海を船で渡ろうとした際に大嵐に遭遇し、盤王に助けを求め願を掛けたところ、無事に上陸できたとされ、そのため今でも何か事があれば盤王に願掛けをして、成就した際にお礼として盤王が祀られています。大願成就の願ほどきの儀礼では、その昔、盤王に助けられたという内容が繰り返され、こうした神話が儀礼の中で再確認されることで、ヤオ族自身のアイデンティティである歴史や風習などを伝えているのです。

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中国の『盤王大歌』を歌唱する祭司たち。祭壇には豚頭が供えられ、ヤオ族がかつて海を渡り遭難した際盤王に救いを求めたとされる神話的場面が再現されている〈写真提供:ヤオ族文化研究所〉

焼畑を繰り返しながら、膨大な経典とともに移動

──ヤオ族は、中国だけでなく他の国にも散らばっているとか?

廣田 そうです。ヤオ族は中国の中でも国境に近いエリアに住んでいるのですが、彼らは焼畑をしますので、地味が衰えると移住を繰り返します。中国国内には約270万人が多数のグループに分かれて点在していますが、国境を越えて、ベトナムやラオス、タイ、ミャンマーなど周辺の地域に移住している人たちも数万〜数十万人単位でいます。でも彼らは必ずその漢字の経典を持って移動しており、独自の宗教儀礼を伝え続けているのです。

──経典に書かれている内容はみな、同じものなのですか?

廣田 はい、そうですね。中国で見た経典とほぼ同じ内容のものを、ベトナムやタイのヤオ族が持っているのを見たことがあります。経典は祭司が手書きで写して伝えていくのですが、他のグループが自分が持ってない経典を持っていると、意欲的に写し取っていくようです。しかも、とても正確に写していることに驚きました。

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──経典はどれくらいのボリュームがあるものなのですか?

廣田 『盤王大歌』を読むのにだいたい一昼夜くらいかかります。儀礼は、1時間ほどの安産祈願などから3週間かかる最高位の祭司となる通過儀礼までさまざまあります。そうした大きな儀礼になると、使用される経典も数十冊単位、神に宛てて書かれる文書は数百件にのぼります。

中国の最高位の祭司となる儀礼で、受礼者1人ずつ12の灯をともす。祭司は経典を読誦する〈写真提供:ヤオ族文化研究所〉

──そんなに? 書き写すのが大変な労力ですし、全体でかなり膨大な量になりそうですが、それを持って移動するのですか…。


廣田 ええ、100冊近く持って移動しているグループもあると考えられます。

──でも経典があるからこそ、口承だけでは伝えられなかったものを、現代まで継承できているのでしょうね。

儀礼等をデータ化し保存。各地のヤオ族の橋渡しも

──ところで、ヤオ族にはグローバル化の影響はまったくないのですか?

廣田 いえ、近年はやはり、独自文化の次世代への継承が難しくなってきています。成人男性は基本的に祭司になる通過儀礼をすることが必須なのですが、中国のヤオ族の中にはやらない人も出てきました。儀礼を行えるレベルの祭司のなり手も減ってきています。これは儀礼知識の複雑さに起因します。特に問題なのは、ベトナムやタイなどで、漢字を読み書きできるヤオ族が減少してきているということです。そうした国では母国語が漢字でないので、漢字学習システムの構築が急務です。

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ベトナムの祭司となる儀礼。中国同様に神画が掛けられ、祭壇がしつらえられ、祭司が経典を読誦する〈写真提供:ヤオ族文化研究所〉

──先生はその継承のサポートのため、大変な活動をされているというわけですね。


廣田 はい。それで、2008年にヤオ族文化研究所を立ち上げ、人類文化として保存・継承に力を入れています。現在は、儀礼の場面などを静止画や動画で記録してデータ化しています。正直、資金面がネックで、継続していくのがなかなか難しいのですが。中国とデータの公開に関する協定書を結んでいるので、それに則って、今後は広く公開していきたいと考えています。また、こうした活動に呼応して、新たに湖南省瑤(ヤオ)族文化研究センターも設立されました。ヤオ族自身が自民族の文化の重要性を認識することにもつながっているようです。

──先生の活動が実を結び始めていると言えますね。日中両国でますます研究が進むことでしょう。

廣田 ありがとうございます。14年1月には中国のヤオ族の祭司をタイに連れて行き、両国のヤオ族の橋渡しもできました。こういう活動は、利害関係のない私たち日本人の方がやりやすいんです。

──違う国にいても、同じヤオ族同士の交流はあるものなのですか?

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タイの祭司となる儀礼。祭壇に神画を飾り、受礼者1人ずつ3灯をともす。祭司は経典をもつ。中国でも同様の儀礼が行われる〈写真提供:ヤオ族文化研究所〉

廣田 はい、お互いにヤオ語も通じますし、儀礼の内容も「ここの部分が違うね」など、お互いに情報交換して学習し合ったりする。私も生で文化の伝え方を見ることができてとても感動しました。ベトナムでは、経典のコピーを見せると、その経典を欲しいといわれることもありました。今はスマートフォンで簡単に外国と連絡が取れますから、すぐ経典の持ち主に許可をとって、コピーを置いて来ました。こうしてひとつひとつつないで行くことができれば…。

──そうした地道な研究活動が、民族固有のアイデンティティ保持に貢献しているのだと思います。大変なことだと思いますが、これからもますます尽力されることを願っております。
本日はどうもありがとうございました。


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