こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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西洋と異なり、鯨を余すところなく完全利用する日本。 わが国の捕鯨文化は、現在も生き続けています。

世界に誇りたい日本の捕鯨文化

桜美林大学国際学部国際学科教授

高橋 順一 氏

たかはし じゅんいち

高橋 順一

たかはし じゅんいち 1948年、千葉県生れ。京都大学文学部卒業、84年、ニューヨーク市立大学大学院修了。ブルックリン大学講師、文化女子大学講師などを経て、1989年桜美林大学国際学部助教授、のち教授。北米の原住民に関する文化人類学的・言語学的研究と共に、日本の捕鯨者および捕鯨コミュニティに関する多くの著作を発表。捕鯨者のアイデンティティーなどの問題を中心とする日本海洋文化の研究を行なっている。著書に「女たちの捕鯨物語」(日本捕鯨協会)、「鯨の日本文化誌」(淡交社)社)など。

2005年7月号掲載


捕鯨禁止の経緯、世界は鯨油から植物油へ

──先生は捕鯨の文化についてのご研究が専門でいらっしゃいます。

鯨といえば、今年のゴールデンウィークには、東京湾で迷い込んだ鯨が発見され、話題になっていました。

昔は料理でもなじみ深いものでしたが、商業捕鯨が禁止されてからは、口にする機会も減ってしまいました。

本日は、日本の捕鯨についていろいろと伺っていきたいと思いますが、まず、捕鯨が禁止になった経緯について改めて教えていただけますか?

高橋 近代の捕鯨は、皮脂から採れる油を主目的に、西洋諸国を始め各国で行なわれていました。

しかし、全体の捕獲枠のみ決めたオリンピック方式が採用されてからは、早く捕ったもの勝ちの乱獲状態となり、急激に個体数が減ってしまったのです。

──大型のシロナガス鯨やザトウ鯨は、絶滅の危機にまでなってしまいましたね。

高橋 しかし、戦後復興とともに植物油が安価かつ大量に供給され始め、鯨油に取って代るようになった。西洋諸国はコストが合わなくなり、捕鯨から撤退しました。

また、国際的な環境運動の高まりもあって、1972年のストックホルム人間環境会議をきっかけに、82年には国際捕鯨委員会(IWC)により、資源保護の目的で商業捕鯨の一時停止が決議され、さらに87年には、鯨種やストックの如何に関わらずIWC管理下のすべての鯨の商業的捕獲が禁止されてしまいました。 

──日本では食用として生活に密着していたのに、本当に残念です。

鯨の利用図。日本では鯨体の完全利用が行なわれていた。鯨は肉や脂、皮から内蔵に至るまで、すべての部分が利用できる。用途も、薬品や工業用品にまで及ぶ。食品としても栄養価が高く、高タンパク、低脂肪で、非常にヘルシーな食品といえる<イラスト提供:(財)日本鯨類研究所>
鯨の利用図。日本では鯨体の完全利用が行なわれていた。鯨は肉や脂、皮から内蔵に至るまで、すべての部分が利用できる。用途も、薬品や工業用品にまで及ぶ。食品としても栄養価が高く、高タンパク、低脂肪で、非常にヘルシーな食品といえる
<イラスト提供:(財)日本鯨類研究所>

高橋 そうですね。皮脂から油だけ採り、残りは捨ててしまう西洋と違い、日本は食用以外にも、皮脂はもちろん、内臓など70種もの部位を、完全利用してきました。

──油のみ求める商業主義の国と日本では、捕鯨に対する根本的な文化の違いがありますよね。


近著紹介
『日本伝統捕鯨地域サミット開催の記録』
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