こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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祭りは本来、神様を「祭る」という事。 現代では人々を結び付ける重要な役割を果たしています。

日本人と祭り

国文学者・民俗学者 盛岡大学文学部教授

大石 泰夫 氏

おおいし やすお

大石 泰夫

おおいし やすお 1959年、千葉県生れ。83年、國學院大學文学部文学科卒業、89年、國學院大學大学院文学研究科博士課程修了。89年より武蔵野女子大学文学部非常勤講師を経て、91年より盛岡大学へ。01年、講師を経て現職。主な共著に『吉野の祭りと伝承』(90年、桜楓社)、『万葉集の民俗学』(93年、同)、『芸術と娯楽の民俗学(講座日本の民俗学8)』(99年、雄山閣)。主な編著に『葛城山の祭りと伝承』(92年、桜楓社)『万葉民俗学を学ぶ人のために』(03年、世界思想社)など多数。

2004年9月号掲載


部分部分がデフォルメされて多種多様に

──日本には一年を通じて、実に多種多様な祭りが各地にあります。祭りには、本来の伝統的なものもあれば、地域のイベントとしての祭りもありますが、本日は伝統的な祭りについて、先生のお話を伺いたいと思います。

まず初めに、そもそもいわゆる「お祭り」とは一体何なんでしょう?

大石 全国にはさまざまなお祭りがあります。しかし、多種多様に見える祭りであっても、本来はどれも同じものなんです。元々の語源は神様を「祭る」という意味で、神をお迎えし、もてなし、喜んでいただいて、お送りするというのが原点ですね。

いろいろな祭りがあるように見えるのは、そうした祭りの儀式全体の中から、ある部分だけが切り取られ、時代とともにデフォルメされていったからです。

──祭りの儀式の一部だけを切り取るとは、例えば?

大石 儀式とは、「精進潔斎・お迎えの儀礼・直会(なおらい)・宴会」という部分から成り立ち、一連のものになっています。

例えば、「精進潔斎」とは、この中で、神をお迎えする前に身を清めることですが、これが特に強調されたものが、裸祭りといわれるものです。

次に、神様にお供え物をしてもてなす「お迎えの儀礼」が続きます。これで有名なのは、香取神宮の大饗祭ですね。

また、神を喜ばせるためにできたのが『芸能』です。芸能を神に奉納したり、逆に神の姿に扮して芸能を見せて、祝福したりする。この部分が多彩な種類に分れて、日本全国のバリエーション豊かな祭りが生み出されました。

同町の大償(おおつぐない)神楽(国指定重要無形民俗文化財)。伝統的な踊りが伝承されていく<写真提供:大石泰夫氏>
同町の大償(おおつぐない)神楽(国指定重要無形民俗文化財)。伝統的な踊りが伝承されていく<写真提供:大石泰夫氏>

──お神輿(みこし)を中心とした祭りも全国各地に多いと思いますが、あれは…?

大石 はい。お神輿とは神様をお社からお神輿にお乗せして、村の中を渡り歩いていただくという意味があるんです。そして、最後には神様を神社にお送りし、御魂をお戻しし、帰っていただきます。

──関東で有名な、浅草・三社祭のお神輿などもそういうことだったんですね。ところで、「直会」と「宴会」は?

大石 直会は、神様と一緒か、お帰りになった後か、いろいろ形はありますが、神に供えたお供え物を人々が食べることをいいます。それを「神人共食」といいますが、昔の祭りでは、本来この直会や宴会が重要な意味を持っていたのではないかと考えています。


祭りは人々を結び付ける

──祭りの本来の意味が、分ってきました。

ところで元来、祭りは人々の生活の一部というか、生きていくための拠り所でもあったと思うのですが、現代では、そうした意味合いが変化してきているように思います。ともすれば、観光のための祭りになっている感もある…。

岩手県大迫町のあんどん祭り。山車は大迫力<写真提供:大石泰夫氏>
岩手県大迫町のあんどん祭り。山車は大迫力
<写真提供:大石泰夫氏>

大石 観光化が進むこと自体は、多くの人が祭りを喜んでくれることなので、決して悪いことではないと思います。大きな祭りを見物することは、盛り上がりもすごいですし、熱気も楽しめますからね。でも、自分の住んでいる地域の伝統的なお祭りに参加すると、もっと楽しめると思いますよ。

 

祭りの縁起やいわれを知っていれば、もっと心で感じ、感動も深まると思います。さらに、自分が歌や踊りなどに参加すると、伝統芸能への興味も自然に生れるのではないでしょうか。

──たしかに、地域の伝統的なお祭りを見ていると、みんなで稽古などをするうちに、世代を超えたコミュニケーションも生れ、地域の人々の繋がりが強まっている様子が感じられますね。

大石 そうなんです。祭りの芸能や神輿などを通して、人間が繋がっていくのです。そうした意味でも祭りを理解し、祭りに親しんでいけるような環境が大事です。例えば、小・中学校でそうした教育環境をつくることができるといいですね。

盛岡市下太田杉崎八幡宮例祭のお神輿。子供達も積極的に参加<写真提供:大石泰夫氏>
盛岡市下太田杉崎八幡宮例祭のお神輿。子供達も積極的に参加
<写真提供:大石泰夫氏>

──そういえば日本の学校では、あまり邦楽や芸能は教えていないですね。

大石 はい。明治政府は日本の伝統的な音楽や体育を捨て去って、西洋のものを取り上げたわけです。例えば、五線譜の楽譜や海外民謡のフォークダンスのように。

しかし、今は、教育の現場も固有の文化を見直す風潮が出てきていて、独自の授業を創出している学校も増えてきています。体育や音楽の先生が、日本の伝統文化を教えられる日が来ることを望んでいます。

ちなみに岩手県では、小学校の6割、中学校の3割で、例えば地域のお年寄りに頼んだりして、課外授業で伝統芸能を教えているのですよ。県民性もあるのではないでしょうか? その中から、祭りを心から好きになる子供が出てくればいいですね。

盛岡県滝沢村のチャグチャグ馬子。美しく着飾った馬たちが街中を練り歩く。大石先生と2人の息子さんも参加<写真提供:大石泰夫氏>
盛岡県滝沢村のチャグチャグ馬子。美しく着飾った馬たちが街中を練り歩く。大石先生と2人の息子さんも参加
<写真提供:大石泰夫氏>

万葉集にも垣間見られる祭り像

—— そうした中で、いわゆる郷土愛とか、愛国心みたいなものも自然に育っていくのだろうと思います。

ところで、先生はもともと国文学がご専門で、特に万葉集のご研究をされていると伺ったのですが、祭りと万葉集はどうつながるんですか?

大石 万葉集の中に描かれている世界の多くは、生活の場に根ざしていると考えられます。読んでいると、万葉の風景や人々が生き生きと浮かび上がってくる。その中で、当時は神と人との結び付きが強く、生活の中に祭りがあったんですね。そこで祭りに関心を持ち、研究をするうちに、のめり込んでしまったのですが、私自身も元々お祭りが好きでした(笑)。

—— ご研究ばかりでなく、ご自身もお祭りに参加されるとか?

大石 はい。盛岡の「さんさ祭り」では、盛岡大学からも今年は500人が参加して踊るのですが、私が先頭に立って、提灯をもって先導しながら踊るんですよ。

盛岡大学・盛岡短期大学の学生による、総勢300名の大群舞を披露した、昨年の「盛岡さんさ踊り」。今年は500名で踊る
<写真提供:大石泰夫氏>

 

—— それは楽しそうですね(笑)。私もぜひ「さんさ祭り」を観にいきます。今日は先生のお話を聞いて私の中の「祭り」観が変りました。ありがとうございました。


近著紹介
『万葉民俗学を学ぶ人のために』(世界思想社)

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