こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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意外と知られていない暦(こよみ)の歴史。 暦は、日本の風土が育んだ素晴らしい文化なのです。

現代に受け継がれる「旧暦」

歴史学者 女子美術大学名誉教授

岡田 芳朗 氏

おかだ よしろう

岡田 芳朗

おかだ よしろう 1930年、東京都生れ。53年、早稲田大学教育学部卒業、56年、同大学院文学研究科日本史学専攻修士課程修了。文化女子大学教授を経て、2002年より同大学講師。暦の会会長。著書に『暦ものがたり』(83年、角川書店)、『現代こよみ読み解き事典』(93年、柏書房)、『明治改暦』(94年、大修館書店)、『日本の暦』(96年、新人物往来社)、『暮らしのこよみ歳時記』(01年、講談社)、『アジアの暦』(02年、大修館書店)等多数。

2003年2月号掲載


暦は全部で3種類。現在は「太陽暦」が国際標準

──今回は新年を迎えての第1号ということで、暦についてのお話をお願いしようと、先生にご登場願った次第です。本日はどうぞよろしくお願いします。

岡田 こちらこそよろしくお願いします。

──早速ですが、普段私達は当り前のように暦に従って生活をしているので、暦については良く知っているものと思っていました。しかし、先生のご著書を拝読して、ちょっと踏み込んでみると意外に知らないことが多く、その奥深さにびっくりしているところです。

そもそも、暦には今私達が使っている新暦と、明治初頭まで使われていた旧暦がありますよね。この2つはどこが違うのですか?

岡田 おっしゃる通り、明治5年まで日本は旧暦を使っていましたが、グローバルスタンダードに乗り遅れてはいけないということで、欧米で使われていた新暦を使うことにしたのです。

新暦は「太陽暦」といって、ご承知の通り太陽の運行、つまり地球の公転を基準に作られています。正確には365・2422日で1周しますが、新暦では1年を365・2425日として、端数の0.2425日をまとめて4年に1回閏日を置いています。ただし、閏年に当る年でも「西暦が100の倍数であって400で割り切れない時」は、閏日は設けないことになっています。こうすることで、真の1太陽年との誤差を最大限無くしているのです。

──太陽暦はどこで作られたのですか?

岡田 古代エジプトです。その後、古代ローマのジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)が改良し、紀元前46年に「ユリウス暦」を制定しましたが、さらに正確性を持たせた現在のスタイルに改良したのは、ローマ教皇のグレゴリオ13世です。1582年のことです。

──だから新暦のことを「グレゴリオ暦」ともいうのですね。

岡田 そうです。今、欧米を中心に世界のほとんどの国で使われているのは、このグレゴリオ暦です。

──では、旧暦は?

岡田 「太陽太陰暦」といって、約2500年前に中国で作られたもので、日本には6世紀中頃に伝わってきました。これは、太陽暦と、月の満ち欠け(地球に対しての月の公転)を基準にした「太陰暦」とを組み合わせたものです。

まず、太陰暦を説明しますと、月の満ち欠けの周期は29日半で、それを1か月として1年を計算すると354日余りですから、太陽暦に比べて1年が11日短くなります。つまり、太陰暦を使っている国では、私達よりどんどん先に暦が進んでいってしまうわけです。

──現在は、どこの国が使っているのですか?

岡田 イスラム諸国です。

──でも、どんどん先に進んでいくと、日付と季節が狂ってきますよね?

岡田 はい。ですから、イスラムの世界には季節の行事というものがありません。ラマダンという断食の慣例がありますが、冬に行なう時もあれば、夏の時もあります。私たちの感覚ではちょっと理解しづらいのですが、季節との対応が全くないイスラムでは、それが1つの文化となっているのです。

──なるほど。では、その太陰暦と太陽暦を組み合わせた太陽太陰暦とは、どういう仕組みなのです?

岡田 太陽暦との差が累積して1か月になった頃に「閏月」を設けて、そのズレを調整しているものです。

──しかし、ということは太陽太陰暦でも最大1か月は日付と季節がズレるということですよね? 日本でも昔使っていたということですが、正確な季節が分らないと何かと困りませんか? 特に農作業をする時は、種を蒔くにも苗を植えるにも適した時期があるわけで、それが分らないと失敗してしまいますよね…。

岡田 そこで、「二十四節気」という季節を表す目標を置いて、そのズレを補っていたのです。

──二十四節気といいますと?

岡田 春分や秋分、夏至、冬至など季節の節目を表す言葉がありますよね? その総称です。これは、冬至を起点として1太陽年を24等分したものなんです(表参照)。

──どうやって1太陽年を測ったのですか?

岡田 地面に柱を立てて、1年で一番影が長い日をチェックしたのです。何年も続けるうちに、約365日でその日が巡ってくることが分った。そこで、その日を「冬至」と名付け、起点にしたのです。

──なるほど。確かに分りやすい目印ですね。

岡田 二十四節気はもともと中国の黄河中流域で作られたので、日本の気候とは多少ズレがありますが、それでもおよそ半月ごとの季節の変化を表す目印としては十分だといえます。

【二十四節気・七十二候一覧表】
『暮らしのこよみ歳時記』(岡田芳朗氏著)を参考に作成


旧暦では「月」がカレンダー

──「旧暦」についてまとめますと、日付は月の満ち欠けで、季節は二十四節気で分るようになっていたということですね。

岡田 そうです。

旧暦の良いところは、「今日は満月だから15日」というように、月の形で今日が何日だと分るところでしょう。いってみれば月がカレンダーなのです。そして、二十四節気を知っていれば季節が分る。種蒔きや田植えに適した日が、ちゃんと分るのです。

新暦になった今でも、旧暦時代の風習が残っていますが、季節にぴったり合わせるためには旧暦の日取りに従った方がいいものも多々あります。

──といいますと?

岡田 例えば七夕がそうです。旧暦の七夕・7月7日は、現在の7月30日−8月28日頃に当り、ちょうど梅雨も明けて澄んだ夜空が広がる時期です。また、旧暦7日の夜は半月と決まっていますから、月明かりも少なく、夜11時頃に沈んでしまうので、星空がよく見える。

しかし、今の7月7日は、たいてい梅雨の真最中で、しかも満月の場合もあるので、星が見えないことの方が多いですよね。これでは七夕の意味がありません。

──旧暦7月7日であればこその七夕だったのに、新暦になって「7月7日が七夕です」と固定してしまったために、こうしたことが起こったのですね。

岡田 そうなんです。旧暦では、さまざまな慣習が、気候にぴったり合っているのです。

季節を知る目印としては、二十四節気をさらに細かく分けた七十二候というのもあるんですよ(表参照)。

──それも中国で作られたのですか?

岡田 元々はそうですが、当然日本と中国は気候が違いますから、72もの細かさに分けると、どうしても合わないものが出てきます。そこで、1685年に渋川春海という天文暦学者が日本の気候や風物に合わせてアレンジしたのです。

例えば「桜はじめて開く」なんて、いかにも日本的でしょう。

──そうですね。

そういえば七十二候以外にも、日本風にアレンジされたものがありますよね?

「縞揃女弁慶」(天保15年)。伊勢暦をを見る女性が描かれた浮世絵。<写真・資料提供:岡田芳朗氏>
「縞揃女弁慶」(天保15年)。伊勢暦をを見る女性が描かれた浮世絵。
<写真・資料提供:岡田芳朗氏>

岡田 「雑節」ですね。これは、気象の変化に迷信や風習が絡み合った、日常生活の中から生れた文化です。中でも八十八夜や二百十日、二百二十日なんかは、中国生れの二十四節気や七十二候ではどうもしっくり表現できない、日本独自の気候に基づいて作られたものです。

また、旧暦には日の吉凶を記した「暦註」もあります。おなじみの大安や仏滅といった「六曜」、一白水星とか二黒土星などの「九星」も暦註の1種です。

これらが実に楽しく組み合わさったのが、旧暦なんです。

──新暦へと改暦された今でも、二十四節気や六曜はしっかりと残っていますね。

それにしても、これだけの要素があると、カレンダーも大変ですね。当時のカレンダーはどうなっていたのですか?

岡田 それがうまくできているんですよ。

まず、太陽太陰暦では、1年は354日ですから、30日の月と29日の月を交互に配置していました。それぞれ「大の月」「小の月」といいます。そこに、二十四節気や暦中などを細かく入れ込んでいたので、さながら1冊の本のようです。

200年の歴史を持つ文字が読めない人のための暦「南部めくら暦」。1年間の主な暦註がコンパクトに描かれている。<写真・資料提供:岡田芳朗氏>
200年の歴史を持つ文字が読めない人のための暦「南部めくら暦」。1年間の主な暦註がコンパクトに描かれている。
<写真・資料提供:岡田芳朗氏>

また、1年間の主な暦註を1枚の紙にまとめた暦もありました。私たちがカレンダーを見る時は、例えば「今日は1月20日だから大寒だ」という見方ですが、「今年の大寒は1月20日だ」という見方をしていたのです。

ついでにいえば、正式な暦には載っていませんが、地域ごとの「自然暦」というのもありました。日本は地形が入り組んでいますから、隣同士の村でも微妙に気候が違うことがあります。そんな背景から、村落ごとの暦が生れたのです。

──中国で生れたものを生かしつつ、日本独自の風土をうまく取り入れてきた…。そういう意味では、暦は日本の風土が育んだ、素晴らしい文化だといえますね。


設立30年の「暦の会」。現在会員は150名!

牛若丸と弁慶が描かれた明治37年の略暦。<写真・資料提供:岡田芳朗氏>
牛若丸と弁慶が描かれた明治37年の略暦。
<写真・資料提供:岡田芳朗氏>

──それにしても、暦は知れば知るほど奥が深いですね。

岡田 そうでしょう。実は私も、もともとは古代史の研究をしていたのですが、いつの間にかすっかり暦にはまってしまって…(笑)。今ではこちらが専門です(笑)。

──「暦の会」という会まで作られたとか。

岡田 そうなんです。もう設立して30年近くになります。全国に約150人の会員がいるんですが、天文台職員や易者、歴史研究家、趣味でカレンダーを集めている人など、さまざまです。

──どういった活動を?

岡田 毎月1回例会を開いて、暦に関する発表をし合ったり、カレンダー協会の方を招いて来年のカレンダーの傾向を伺ったりしています。また、年に1、2回は天文台などを訪れて、体験学習もしています。

──それは楽しそうですね。

先生のお話を伺って、日本には暦という素晴らしい文化があると分り、暦を見るのが楽しみになりました。

本日は楽しいお話をありがとうございました。


近著紹介
明治改暦 時の文明開化(大修館書店)
近況報告

岡田芳朗先生が、新著『春夏秋冬 暦のことば』(大修館書店)を刊行されました。「酉の市」や「臘月」など、「暦のことば」にまつわるさまざまな話が掲載されています。慌しい毎日だからこそ、忘れられがちな伝統や感性が息づく暦のことばに触れてみてはいかがでしょうか。


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