こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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抗生物質の宝庫といわれる「放線菌」は、 驚きの新物質を生み出す可能性を秘めています。

身近な土壌に存在する「放線菌」

東京大学大学院農学生命科学研究科教授

大西 康夫 氏

おおにし やすお

大西 康夫

1968年大阪府生まれ。91年東京大学農学部卒業、93年東京大学大学院農学系研究科修士課程修了。95年日本学術振興会特別研究員-DC(96年からPD)。96年東京大学大学院農学生命科学研究科博士過程修了、博士(農学)の学位取得、97年同研究科助手、2002年同研究科助教授、07年同研究科准教授、10年同研究科教授に就任、現在に至る。第10回(平成25年度)日本学術振興会賞受賞。

2015年4月号掲載


抗生物質の半分以上を「放線菌」がつくっている

──先生は、土壌微生物である「放線菌」研究の第一人者だと伺っております。学界からも高い評価を受けており、優れた若手研究者を顕彰・支援する「日本学術振興会賞」を受賞されているそうですね。
放線菌とは、あまり聞かない名前ですが、結核の特効薬として知られている「ストレプトマイシン」は放線菌からつくられているとか?

大西 おっしゃる通りです。実は、世に知られている抗生物質の半分以上を放線菌がつくっているんですよ。そのため、放線菌は「抗生物質の宝庫」とも呼ばれています。

──半分以上も! 放線菌とはいったいどのような微生物なのですか?

大西 雑木林や公園など、われわれの身近にある土の中に存在する微生物です。生物学上では「原核生物」(大腸菌、納豆菌などの細菌)に分類されますが、遺伝子の数が多く、原核生物の中では最も進化した生き物といわれています。これまでに約2,800種の放線菌が発見されており、抗生物質の基となる化学物質を約8,000種もつくり出してきました。
また、形は菌糸状なんですが、栄養条件が悪くなると胞子を形成するという複雑な形態分化を行う菌であるため、基礎研究分野においても重要な研究対象とされています。

ストレプトマイシンをつくる放線菌「ストレプトミセス・グリセウス」。大西先生の醗酵学研究室で長年研究対象にしている〈写真提供:大西康夫氏〉

──そういう点では粘菌などとも似ているんですね。では、どのようにして抗生物質をつくっているのですか?


大西 土の中にいる放線菌は、周囲から栄養分を摂取して増殖しています。そのエリアに他の菌が介入してくると、当然ながら自分の栄養分が減ってしまうことになる。そこで、ある物質をつくり出し周囲に放出することで周りにいる菌を排除し(殺し)、自分の領地を確保しているというのが一般的な説です。

──その抗生物質が、われわれ人間社会では医薬として役立っているのですね。

大西 はい。放線菌に限らず、そうした物質は、その生物の生命活動に必須ではないということから、「二次代謝産物」と呼ばれていますが、人間は昔からこれらの二次代謝産物を薬や香料、染料などの生物資源として活用してきました。

スイッチをオンにすることで休眠遺伝子を呼び覚ます

──われわれに素晴らしい恩恵をもたらしてくれる抗生物質は、そのようにして放線菌が生み出しているんですね。先生の放線菌研究のテーマは?

大西 放線菌の形態分化の制御や、二次代謝産物の生産の仕組みを解明することが主テーマです。

──これまでのご研究で、どのようなことが明らかになっているのですか?

大西 形態分化や二次代謝産物生産のマスタースイッチとなる制御遺伝子を、1999年にわれわれの研究チームが同定しています。その遺伝子産物が形態分化や二次代謝産物の生産に関わる多数の遺伝子のスイッチをオンにすることも明らかにしました。

醗酵学研究室のメンバーは26名。主に、抗生物質など有用な二次代謝産物をつくり出す仕組みや放線菌の形態分化の分子メカニズムについて研究を行っている〈写真提供:大西康夫氏〉

 ──そのことからどういう進展が?


大西 実は、抗生物質をつくるための遺伝子の8割くらいは通常では働いていない「休眠遺伝子」と考えられています。そこで、どのタイミングでどういった遺伝子のスイッチを入れると抗生物質ができるのかを解明できれば、休眠遺伝子に働きかけ、抗生物質を人工的に大量生産することも夢ではありません。

──それはすごい!
抗生物質の開発は耐性菌出現とのいたちごっこだと聞いています。大変なご苦労があると思いますが、人類の将来のために大いに期待したいところです。

放線菌が生み出す夢の新物質「バイオプラスチック」

──今後、何か新しいテーマに取り組むご予定は?

大西 放線菌の遺伝子を利用し、生物資源からつくられる高性能バイオプラスチックの開発に挑戦したいと思っています。CO2の排出量を抑えることができる、環境にやさしい素材として注目を集めているのです。

放線菌「ストレプトミセス・グリセウス」の生活環〈資料提供:醗酵学研究室ホームページより〉

──これも早期の開発が待たれますね。実現の可能性は?


大西 はい。現在、ポリ乳酸がバイオプラスチックの代表格とされていますが、耐熱性や強度が求められる用途には使えません。しかし、われわれが放線菌から発見した「ベンゼン環合成酵素」を利用して、熱に強く強度も高いプラスチックの原料となる化合物を微生物につくらせたいと考えています。このようなバイオ由来のスーパーエンジニアリングプラスチックを、例えば、自動車の金属部分に置き換えて使えば、大幅な軽量化が実現でき、燃費の向上も見込めるのではないかと考えています。

1924年に農芸化学・化学第五講座として創設された醗酵学研究室は、わが国の「応用微生物学」の発展に大きな貢献を果たしてきた伝統ある研究室である。写真は大西教授が主宰する現在の研究室メンバー〈写真提供:醗酵学研究室ホームページより〉

──放線菌からバイオプラスチックができるなんて! 脱石油化と新素材創出にも寄与できて、まさに一石二鳥ですね。

大西 現在、国のプロジェクトの一環として取り組んでいますので、異分野も含めたさまざまな方々と連携し、実用化を目指したいと思っています。

──放線菌は、多くの可能性を秘めた微生物だということがよく分かりました。夢の新物質「バイオプラスチック」の実用化も心待ちにしております。
本日はありがとうございました。

 

 



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