こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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脳には、人の動きをまねる神経細胞 「ミラーニューロン」が存在します。

他人の行動を頭の中に“写す”神経細胞

近畿大学医学部生理学教室准教授

村田 哲 氏

むらた あきら

村田 哲

1960年東京都生まれ。86年信州大学医学部卒業、同大学医学部脳神経外科入局。88年日本大学大学院医学研究科、92年同大学院修了(学位博士<医学>取得)。95〜96年イタリアParma大学Research fellow、98年4〜9月、再度同大学へ派遣研究。2000年近畿大学医学部第一生理助教授、08年准教授、現在に至る。論文は『身体意識とミラーニューロン』『ミラーニューロンの明らかにしたもの:運動制御から認知機能へ』『ミラーニューロンは他者を写すだけなのか?』など多数。

2013年9月号掲載


複雑な脳の仕組みをつくる860億個の神経細胞

──先生は、神経科学の研究がご専門で、中でも「ミラーニューロン」という神経細胞の研究については、国内で第一人者だと伺っております。
それにしても、ニューロンという言葉はよく耳にしますが、ミラーニューロンとは聞き慣れない言葉です。
ニューロンというのは、脳内で網の目のようにつながっている神経細胞のことですよね?

 村田 そうです。単純に言えば「情報伝達のための素子」ですね。
その数は、ヒトの脳全体で860億個。一つのニューロンが別のニューロンとネットワークを形成することによって、情報の伝達を効率的に行うことができ、認知、感情、記憶、運動といった高度な情報処理が実現できるのです。

──確か、脳の中には、今おっしゃった認知、感情、記憶などの領域があって、それぞれの領域はニューロンがたくさん集まることで機能している、と考えればよろしいのでしたね?

村田 はい。領域ごとにおのおのの役割は異なりますが、領域同士の相互作用があって、指を動かしたり話したりするなどの「行動」につながります。
具体的に言うと、例えばボールを投げるためには、投げる相手は誰なのか、どれくらいの距離を投げるのかなど、周りの環境を認識して行動に移さなくてはいけません。それから意思決定をし、体をどう動かすかというプランニングに沿って運動する。この一連のプロセスがあって、ボールを投げるという行動になるのです。

──つまり、ボールを投げる行動は、脳の中の運動に関わる領域だけでなく、認知や判断など、他の領域との相互的な関わりによって起こっているということですね。

村田 おっしゃる通りです。動物の脳というのは全て、何らかの行動のために働いています。脳と体は、お互い密接に関係しているのです。


目で見た人の動きをまねる「物まね」神経

──では、ミラーニューロンとは一体どういうものなんですか?

村田 他者の行動を自分の脳内で「鏡(ミラー)」のように写し出す神経細胞のことです。
発見は、まったくの偶然でした。今から約20年前、イタリア・パルマ大学のリツォラッテイ教授が率いる研究グループが、サルの脳の運動前野(運動するために必要な領域)に電極を刺し、ある実験を行っていました。ここには手や指を動かす神経があるのですが、サルはまったく手を動かしていないのに、研究者が手で何かをつかむ姿を見て、サルの手を動かす神経が反応したのです。

──目で見た相手の動作を、自分の脳の中で再現していたというわけですか?

村田 そうなんです。「無意識のまね」によって、相手の行為の意味を理解しようとしたのです。
ミラーニューロンのそもそもの働きはそこにあって、相手の起こした行動を自分の頭の中でシミュレートすることなんですね。

ミラーニューロンの発見者の一人であるジャコモ・リツォラッテイ(Giacomo Rizzolatti)教授と村田氏(金閣寺にて)。2012年、ミラーニューロンの発見から20周年を迎え、京都にリツォラッティ教授を迎えてシンポジウムを開催した〈写真提供:村田 哲氏〉

──まさに「鏡」で写し出すような感じですね。

村田 はい。脳の中に写し出すだけでなく、受けた側にも同じ行動を起こさせるケースもあります。例えば、スポーツ番組に見入ってしまって、気が付くと選手と同じ動きをしていた・・・という経験をされたことはありませんか?

──そういえば、夢中になってつい同じ動きをしたことがあります(笑)。

村田 そのように、人間には無意識に動作をまねる性質があって、まねすることで動作の意図や意味が深く理解できるのです。
ミラーニューロンは、発見当時は「人の心を読む脳機能を発見した」と、神経科学以外の分野からも広く注目を集めました。アメリカのラマチャンドランという神経科学者などは、「ミラーニューロンの発見は、心理学・脳科学の分野において、DNAの発見に匹敵するものだ」とコメントしたほど、すごい発見だったんです。

──「物まね」するニューロンがあるとは驚きです。
しかし、どうしてこのような仕組みができたのでしょうか。


村田 私は「自己と他者」、つまり、自分と他人を区別する仕組みを解明することを研究テーマの一つとしていますが、ミラーニューロンの起源は「自分を自分と認識するシステム」ではないかと考えています。

 ──といいますと?

村田 自分の手を動かすとき、脳の中では「手を動かせ」という運動命令が出る。そして、動いている手の動きを目で確認すると「これは自分の体なんだ」という一体感が生まれます。このシステムは、他者の動きを見たときにも働いていて、無意識のうちに自分と他者の動きを一致させる性質を生んだのではないかと思うのです。

サルとヒトのミラーニューロンシステム。サルの脳(左)とヒトの脳(右)の左半球外側面を見たもの。サルの脳でミラーニューロンが記録された部位をピンク色で示している。ヒトの脳では、それに相当する領域をピンク色で示す。これらの領域がネットワークをつくって、システムを構築している〈Murata A.and Ishida H  In:Representation and Brain,Funahashi S edited,Springer(2007)より転載〉

──確かに、自分の体のことを認識していないと、相手の行動の意味も理解できませんね。

村田 はい。また、「どうやって自分と他人を区別するのか」というテーマは、コミュニケーションの核ともなります。自分も相手も同じベースを持ち、同じ形をしている。だから、コミュニケーションがうまく図れるんです。
例えば、地球外生命体がとんでもない形をしていたら、コミュニケーションを図るのはかなり難しいでしょうね。

──地球外生命体は、人間そっくりであってほしいものです(笑)。


確かな「物的証拠」で「状況証拠」を有効にする

──「生命」「宇宙」「脳」は現代科学の3大テーマなどといわれていますが、それにしても脳の仕組みは奥深いですね。

村田 そうですね。「果たして脳は脳を理解できるのか」なんて話もあるくらいですから。
私が研究しているのは、脳のほんの一部についてですが、サルのミラーニューロンについては、神経細胞の活動をリアルタイムで見ることができますので、ほぼ正確なデータがつかめているんですよ。
一方、人間の場合は、脳波や機能画像(脳内の各部の生理学的な機能を測定し、それを画像化すること)などの方法を用いることによって、サルと同じ場所にミラーニューロンがあると考えているわけですが、神経細胞に直接、電極を刺すわけにはいかないので、行動実験と合わせて間接的にミラーニューロンの働きを研究しています。しかし、人間の脳には言語や思想などのようにさらに複雑な要素があるため、研究はまだまだこれから、といったところです。

実験のセットアップ。サルは画面を見ながら手を伸ばして物をつかむ課題や動画を見る課題ができるように訓練されている。その課題中の脳の神経細胞の電気的な活動をオシロスコープ(写真左下)を使って観察し、コンピューター(写真右下)に取り込む〈写真提供:村田 哲氏〉

 

 

──なるほど。人間の場合は、「状況証拠」で犯人を追いつめていくようなものですね。サルの場合は、確実な「物的証拠」といった感じでしょうか。

村田 面白い例えですね(笑)。
ご存知のように、私の研究対象はサルですが、脳の中にはまだまだ未知の働きを持つニューロンがあるかもしれない。今後もそれを追い続けていきます。

──脳の仕組みは果てしなく複雑ですが、だからこそ、これからもいろいろな発見がありそうですね。新発見を楽しみにしています。
本日はありがとうございました。



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