こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
MENU閉じる

コケの研究50年。身近にありながら まだまだ分らないことが多いんです。

奥深い“コケ”の世界を探る

(財)服部植物研究所所長

岩月 善之助 氏

いわつき ぜんのすけ

岩月 善之助

1929年愛知県生れ。51年名古屋大学岡崎高等師範学校理科第3部卒業、52年同学校研究科修了。54年よりコケを専門に研究する(財)服部植物研究所研究員、58年テネシー大学大学院修士課程修了、(財)服部植物研究所所長を経て、84年広島大学助教授、93年同大学理学部生物学科教授を退任。現在は(財)服部植物研究所理事・所長兼岡崎分室長。コケの分類と生態を研究。植物分類学を専門としており、特に海外に比べて遅れていた日本のコケの分類学研究に尽力、多くの論文を発表。また、絶滅危機のコケ類の保護活動など、国内外の学会で活躍し、図鑑などを著して知識の普及にも努める。2010年2月には「松下幸之助花の万博記念賞」を受賞。現在も、愛知県岡崎市にある自宅兼岡崎分室で、コケの調査・研究を行なっている。

2011年8月号掲載


学生時代に日本に未記録のコケを発見。コケ研究の道へ


──先生は、コケ植物の分類研究の第一人者と伺っております。これまで数多くの論文を発表されてきたほか、絶滅危機のコケ類の調査や保護にも尽力されていらっしゃいます。
2010年には㈶松下幸之助記念財団より、第18回「松下幸之助花の万博記念賞」(※1)を受賞されたそうですね。おめでとうございます。
岩月 ありがとうございます。コケの研究を始めて50年になりますが、とても光栄に思っています。
──コケというと、日本人は古来より、シダ・コケを庭に植えて観賞するという習慣がありますが、これは日本独自のものだとか…。日本人にとって身近で親しみやすいコケですが、その割には、草花に比べてあまり知られていないような気がします。
先生がコケの分類研究を始められたのには、何か理由があるのでしょうか?
岩月 学生の頃、日本で未記録のコケを発見したことがきっかけです。
私は終戦から間もない頃、高等師範学校に入ったのですが、指導教官が、コケを専門に研究される方でした。世界的に話題となった新種「ナンジャモンジャゴケ」(※2)の発見者として有名な、後の名古屋大学・高木典雄先生です。

(写真左・右)ロシアの学者とともにシベリアでコケの調査を行なった。写真のボートは調査の途中で転覆するなど時には危険なことも<写真提供:岩月善之助氏>

──なるほど。その体験がきっかけで、コケの研究にのめり込むようになったのですね。


岩月 はい。植物の中でもきれいな花があるものは、研究し尽くされていて、新しいものはなかなか出てきません。しかしコケについては、当時も今もですが、まだ分っていないものが多いので、新種発見のチャンスもあると、興味が湧いたのです。そんな矢先、高木先生に宮崎県にある㈶服部植物研究所を紹介され、コケの専門家への道を歩むことになりました。

ヒマラヤとアリューシャン列島に分布する「ヒマラヤナンジャモンジャゴケ」を採集している様子。1972年に東京大学の調査隊の一員として、ネパールで生育状況の調査を行ない、その後、海抜4,500m位まで生育していることが分った<写真提供:岩月善之助氏>

世界で唯一のコケの研究所で25年間研究三昧


──(財)服部植物研究所とは、コケ専門の研究所なのですか?
岩月 そうです。世界で唯一、コケ植物を専門に研究する機関で、昭和21年に設立されました。当時(初代)の所長はコケの専門家である服部新佐先生で、東京大学を卒業し、コケの研究で学位を取得された先駆的な方です。

㈶服部植物研究所には、コケ関係の図書、研究論文などのほか、国内・海外合せて約46万6,000点以上の標本が収蔵されている<写真提供:岩月善之助氏>
(財)服部植物研究所には、コケ関係の図書、研究論文などのほか、国内・海外合せて約46万6,000点以上の標本が収蔵されている<写真提供:岩月善之助氏>

研究所は、終戦直後、服部先生のお父さまの資金によって設立されたのです。
私はそこに25年程在籍し、研究三昧の毎日でした。その間、服部先生の勧めでコケの研究で有名なテネシー大学へ留学し、マスターも取得しました。
──なるほど、そういう経緯があったのですね。

 

世界にはたくさんの珍しいコケが


──ところで、コケの分類というのは、どういう作業をされるのですか?


岩月 山に行き、珍しいものを見付けては採集して、世界中から収集した標本と見比べて、形態を一つひとつ解析していきます。根気のいる作業ですが、楽しんでやっています。フィールドワークでは、面白そうなものがあると、しゃがんでゆっくりと観察しています。よく顕花植物(花の咲く植物)の研究者達と一緒に山に行くのですが、歩く速度が全然違うんです。また、コケは小さいので立ち止まって一つひとつじっくりと調べていると、結構時間が掛かる。彼らが先に行き、引き返してきても、まだ同じ場所で調査していることもあるんですよ。

日本では、シダ・コケを庭に植えて観賞するという独自の文化がある。写真は、京都でも有名な寺院の一つとして知られる「西芳寺」の庭園。「ホソバオキナゴケ」が多く、緑のじゅうたんを敷きつめたような美しさから「苔寺」とも呼ばれている<写真提供:岩月善之助氏>

──大変な作業なんですね。でも、新種を見付けた時などは、とても嬉しいものでしょう?
岩月 そうですね。やはり珍しいものが見付かると生きがいを感じます。また、海外のコケを見るのも面白いです。膝でかき分ける位のコケがボルネオなどにありますし、木の幹に付く大きなコケなど、日本では見られないコケもたくさんあります。
そういったものを分類し、所属や種名を決定するのも研究の一つです。
──アマゾンの奥地など、世界にはまだ調査の済んでいないところがあるそうですが。
岩月 ええ。ある学者によれば、地球上には現在40万種以上の植物が生育していて、そのうち、顕花植物が、約24万種あるといわれています。残りは、花を持たず、種子をつくらず、胞子などで繁殖する隠花植物で、シダやコケ、水の中に生える藻類、菌類、地衣類(藻類と菌類が共生する)など多くのグループがあります。これらの研究は顕花植物のようには進んでいないので、まだ分らないことがたくさんあります。

人家近くに多い「ジャゴケ」。円形の部分に無性芽が入っていて、無性生殖をする<写真提供:岩月善之助氏>
人家近くに多い「ジャゴケ」。円形の部分に無性芽が入っていて、無性生殖をする<写真提供:岩月善之助氏>

 

コケを見るのは芸術を鑑賞することと同じ


──先生にとってのコケの魅力とは何ですか?
岩月 音楽を聴いたり、芸術を鑑賞するのと同じように、コケを見ているだけで私にとっては楽しいのです。
現在、自宅(愛知県)が㈶服部植物研究所の岡崎分室になっていて、たくさんの資料や標本などを保管しています。そこで、自分で採集したコケについて調べる時間がとても幸せですね。


周りから見ると何であんなことをしているんだろうと思われるかもしれませんが、長年好きで続けてきたのです。
──お話を伺っていると、楽しみながらご研究を続けていらっしゃる先生の姿が想像でき、羨ましい限りです。まだまだこれからの研究が楽しみですね。今後もご活躍を期待しております。
本日はありがとうございました。

(写真左、右)正体不明のコケとして、世界のコケ研究者を騒がせた「ナンジャモンジャゴケ」
<写真提供:岩月善之助氏>



※1 「松下幸之助花の万博記念賞」とは、㈶松下幸之助花の万博記念財団が、「自然と人間の共生」という花の万博の基本理念の実現に貢献する、優れた学術研究や実践活動を顕彰するもの。日本国内に存在する個人、またはグループを対象に贈られる。

※2 「ナンジャモンジャゴケ」とは、日本やヒマラヤ、ボルネオ、北米西北部に隔離分布する植物。1952年、当時名古屋大学教授だった高木典雄氏が北アルプスの餓鬼岳で採集。所属が不明で得体の分らない植物という意味で名前が付けられた。



サイト内検索

  

不動産総合情報サイト「アットホーム」 『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル 動画コンテンツ