こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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有害なダニは1割もいません。 ほとんどのダニは非常に役に立っているんです。

チーズをつくるダニもいる−役に立つダニの話

横浜国立大学環境科学研究センター長 全日本ダニ学会会長

青木 淳一 氏

あおき じゅんいち

青木 淳一

1935年京都市生れ。58年東京大学農学部卒業。63年同大学大学院生物系研究科博士課程修了。64年ハワイのビショップ博物館研究員、65年国立科学博物館動物研究部研究官、75年横浜国立大学助教授、77年教授を経て現在に至る。農学博士。ダニの研究を始めてからこれまで約300種類の新種を発見し、そのすべての「名付け親」となる。定年退官後には日本列島のダニ分布図をつくるのが楽しみだとか。主な著書に『自然の診断役土ダニ』(83年、NHKブックス)、『日本列島ダニ探し−きみのそばにダニがいる』(89年、ポプラ社)、『日本産土壌動物検索図説』(絶版、最新版として『日本土壌動物−分類のための図解検索』が出版されている)、『ダニにまつわる話』(96年、筑摩書房)がある。

1998年1月号掲載


日本人の生活環境の変化で悪役ダニも変った

──今日は「ダニ」のお話ということで、先生のご著書を始め図鑑などいろいろと読んでみたのですが、世の中が思っている程悪い生き物でもないんだな、と思ったんです。そこで今日はその悪いイメージを解く意味でも、いろいろお伺いしたいと思っています。

ただ「ダニ」と聞くと血を吸うとか、痒くなるというようなイメージがあるのですが。

青木 そうですね。でも実際有害なのは1割もいないんですよ。日本で今見つかっているダニ類は1,750種くらいですが、このうちしばしば人を刺して血を吸ったりするのは20種くらいですね。

──ほんの一部の悪者の行動で全体が悪いイメージになってしまうわけですね。

最初にその少数派の悪いダニについて伺いますが、身近にいる悪いダニというとどんな種類があるんでしょう

青木 昔はマダニ(※1)とイエダニ(※2)でしたが、都市化が進み日本人の生活環境が変ったため、悪いとされるダニも変りました。今その代表というとコナダニ、ツメダニ、チリダニです。よく勘違いされやすいのですが、新聞や雑誌等でいう「イエダニ」は、これら「家の中にいるダニ」のことを言っているんです。

このうちチリダニは喘息を持っている人には害がありますが、それ以外の人には全く無害です。コナダニは食料品につきますから、やや有害ですね。といっても食料品の質を落とすくらいで、生きたまま口の中に入れても体がおかしくなるといった害はない。それからツメダニはコナダニを食べるので、コナダニのいるところにはどこからともなくやってきます。といってもコナダニ100に対して数匹程度ですが、すばやく走り回ってたちまち捕まえて食べてくれる。ただ、時として人間の皮膚を噛んでしまうのです。

──誰にでも実害がありそうなのはツメダニのようですね。

青木 ダニのせいで痒くなるというのはツメダニであることが多いですね。

でも、体が痒くなる原因は実は結構たくさんあるんですよ。冷房による寒冷じんましんや、接触性皮膚炎、ホルモンの関係による皮膚病、カやノミなどいろいろあるんですが、なんか体が痒くて虫が見えないとダニだと決め込んでしまう人が多いんです。

私の所にもダニのせいで体が痒いという人がたくさん来るんですが、そういう人に電気掃除機で吸ったゴミを持ってこさせるんです。そうすると本当にダニが原因かすぐ分るんですが、9割が気のせいか思い込み。そういうとすごく怒るんですけどね。

 

(※1)牛馬や犬の血を吸う大型の吸血ダニ。時には人を襲うこともある。
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(※2)人家の天井裏のクマネズミに寄生する吸血ダニ。ネズミが死ぬと、人の血を吸うこともある。
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土をつくるために重要な役割を持つササラダニ類

──今度は良いダニについてお伺いしたいのですが・・・。

青木 そうですね、では非常に役立つダニ達を紹介しましょう。このダニがいなくなるとちょっと困るな、というダニです。

まず、私が主に研究しているササラダニ類というのがいます。ササラというのはご存知でしょうが、竹の先をケバケバにして茶碗なんかを洗ったりするもので、このダニ類にはそのササラに似た器官が体の両側に一対あるので「ササラダニ」という名前がついたんです。

現在、日本で名前がつけられた種が550種類いまして、森の中の落ち葉の下に密かに住んでいます。そんなダニがいるなんてほとんど誰も気が付かないでしょうが。

──ダニの大きさなんて1mmもないわけですからまず分からないでしょうね。

青木 ササラダニ類は0.5mmくらいで本当に小さいんですが、立派なペンチみたいな口がありまして、落ち葉や枯れ枝をバリバリ食べてくれるんです。

粉々になれば分解の速度が早まるでしょう。

そのササラダニ達はホントによく食べまして、体の3分の1くらいの大きな糞をするわけです。そこにバクテリアやカビなどが寄ってきて分解する。

このようにササラダニとバクテリアとカビが共同して、落ち葉などを土に戻す作業をしているわけです。冬眠もしませんから、一年中、落ち葉をコツコツ噛み砕いてるんですよ。

──そうすると、ミミズと同じように、生態系の中で物質循環をさせる重要な歯車の一つということになるわけですね。こいつがいないとバランスが崩れてしまう。

青木 今世界中のササラダニ類をいっぺんに全部殺したら、分解の速度は遅れるでしょう。そうすると植物の成長も遅れることになるわけです。

──ということはわれわれにも影響してくる。大変な仕事をしているわけですね。ところで土の中にはどのくらいの数がいるんですか。

青木 そうですね。論文では1平方メートルあたり5万とか書くんですが、それだとピンとこないでしょうから、足の裏の面積で換算してみましょう。森を歩く時に皆さんの足が踏んでいる面積、例えば足のサイズが26cmだったら200平方メートルくらい。そうすると一歩で大体1,000匹くらいいるんです。ですから今度森の中を歩く時は、「ああ、1,000匹踏んだ、1,000匹踏んだ」と思って歩いてください(笑)。


チーズをつくるダニもいる!

青木 他にもまだいますよ。例えば、障子やふすま、掛け軸の表装などに使われる「古糊(ふるのり)」という澱粉質の糊をつくるのに、先程お話ししたコナダニが必要なんです。

──食料品につくダニですよね。それが何の役に立つんですか。

青木 これがなかなか面白いんですよ。この糊の材料をかめに溜めて、縁の下の静かな暗い所に置いておくと、カビが生えてくる。半年もすると青カビのかさぶたというか、「菌蓋(きんがい)」という蓋ができます。この時期になるとコナダニが大発生して、青カビを食べてくれるわけです。そうすると、やがてカビは死んで黒くなり、この蓋は柔らかくなります。それをへらで取り除き、さらに2年半以上熟成させると上等な古糊ができるというわけです。それに一度その工程が済んでしまうと、もう菌蓋はできなくなるそうです。

──意外なところでダニが活躍しているんですね。

青木 そうですね。これはダニ学会の大会の時にこの糊をつくっている人が来て発表してくれて、みんなでびっくりしたんです。ダニの研究者であるわれわれも知らなかったことだったんですよ。

それからチーズをつくるのにも役立っています。ドイツのアルテンブルクという小都市でつくられている「アルテンブルガーチーズ」というものです。これは壷の中にダニをいっぱい増殖させておいて、ヤギの乳からつくった直径3cm、長さ8cmくらいの棒状の固いチーズを壷の中に立てるように入れ、うす暗い場所に数週間程おくわけです。するとそのチーズにダニがべっとりと、1平方メートルあたり2,000匹くらいまで付くそうです。やがてなめらかだった表面がダニの糞やら脱殻層に覆われ多数の穴や亀裂ができるんですが、そうなってくると、そのチーズが独特の香りと味を持つようになるんです。

食べる時は軽く表面をはらって食べるんですが、当然生きたダニも一緒に食べてしまう。

──踊り食いみたいですね(笑)。決まった種類のダニじゃないとだめなんですか。

青木 チーズダニというコナダニの一種なんですが、これじゃないとダメなんだそうです。

私はチーズが大好きだから、そのチーズを是非食べたくて、今ドイツの学者にそのチーズを送ってくれるように頼んでるんですが、そういう生き物がついているものを送るのは検疫に引っ掛かっちゃってダメみたいですね。

あとは生物農薬なんて言ってますが、植物に寄生するハダニを駆除するためにカブリダニを使っています。このダニはダニしか食べないので人間にも他の生物にも影響がない。

──ダニも使いよう、というわけですね。

青木 そういうことです。ほとんどのダニはわれわれにとっても非常に役に立っている。ですから、ぜひダニをまとめて嫌わないでいただきたい思うんです。


環境診断にダニが使われ始めた

──ダニは環境によって住む場所が違うということですが。

青木 ええ、その性質が今役に立っています。ちょっと両手に一すくいくらい腐葉土を採って調べてみると、普通30種類くらいダニがいるんです。その中には環境の変化に弱いダニもいれば、相当環境が悪化しても生き残る強いダニもいます。

ところが人間がどんどん自然を開発してしまったり、年のど真ん中の植え込みみたいな所になると、5、6種類くらいに減ってしまう。限られた一番強いダニしか残ってないんです。

ですから、その土の中にどんな種類がどのくらいいるかを調べれば、その環境がどのくらい自然に近いのか、どのくらい悪いのか、判定できるわけです。一見立派な林でも実は非常に自然性の低い林もありますから、ダニに判断してもらうのが一番なんですよ。

それに鳥や植物だと人間が可愛がったり、採ったりするでしょう。ダニだとそんなことはないですし、どこにでもいて、調査は天候にも季節にも左右されない。非常にいい指標なんですよ。

──まさに生きている環境指標ですね。

ところで先生のようにダニを研究する人は増えているんですか。

青木 だいぶ増えまして、ダニ学会の会員も200名くらいになりました。お医者さんや家庭の主婦もいるし、いろんな人が集まってきて大変楽しい学会です。

私が研究を始めた時は自分でも役に立たないんじゃないかと思っていたし、周りからも随分ばかにされましたが、こうやって環境指標などにも使えることが分かって「やっておいて良かったな」と思えるようになりました。

──こうしたダニ類を大切にすることが私達の環境を良くすることにもなるとも言えますね。

今日いろいろとお話を伺うまではダニの生態なんて気にも留めていなかったんですが、われわれ人間に、直接的にも間接的にもいろんな関係があることがよく分かりました。

楽しいお話をありがとうございました。



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