こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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北海道・東北・九州・沖縄に酒豪が 中部・近畿に下戸が多いそのわけは…。

酒の強さは遺伝子で決まる

筑波大学社会医学系助教授

原田 勝二 氏

はらだ しょうじ

原田 勝二

1938年鹿児島県生67年、東京大学理学部生物学科卒業。72年、同大学大学院理学研究科博士課程修了。杏林大学助手を経て、76年筑波大学社会医学系助教授に。同年より78年まで西ドイツ・ハンブルグ大学にフンボルト上級研究員として留学し、80−81年には同大学客員教授を務める。

2000年5月号掲載


悪酔いの原因はアセトアルデヒドにある

──先生は酒に強い体質、弱い体質を決める遺伝子を発見された方として、世界的に著名でいらっしゃいます。本日は、アルコールと遺伝子の関係についていろいろお話を伺いたいと思います。

まず、酒に強い、弱いというのは、具体的にどういう遺伝子が関係しているのでしょうか。

原田 体内に取り込まれたアルコールは、まずアセトアルデヒドに分解され、次いで酢酸、最終的に水と二酸化炭素になって体外へ排出される仕組みになっています。30年ほど前までは、アルコールを分解するアルコール脱水素酵素(ADH)を構成する遺伝子が、酒に強いか弱いかを決めている、関係していると思われていました。しかし実は、これは関係なくその次の段階、アセトアルデヒドを分解するアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)にあるということが分ったんです。

詳しく言うと、アセトアルデヒドと言うのは「悪酔いの原因物質」と言われ、これが体内にたまると顔が赤くなったり、気分が悪くなったりします。これを数種類のALDHが酢酸に分解して無害化するんですが、その中の一種であるALDH2をつくる遺伝子の型の違いが大きく関係しているんです。

──酒に強い、弱いというのは、アセトアルデヒドを分解する能力が高いか低いかということなんですか。

原田 そういうことです。ALDH2をつくる遺伝子には、酒に強い、いわゆる分解能力が高いとされるN型(ALDH2*1)と、突然変異で分解能力が低下したD型(ALDH2*2)があります。誰でも両親からいずれか一つずつを受け継ぐので、人間にはNN型、ND型、DD型の三パターンあることになります。NN型はアセトアルデヒドの分解が速く、たくさん飲める酒豪タイプ、ND型はそこそこ飲めるタイプです。そしてDD型は、体質的にほとんどアルコールを受けつけない、まさに下戸タイプです。

──DD型はほとんど飲めないタイプなのでよく分りますが、NN型とND型は、量は別としてどちらも酒を飲めるタイプということですね。具体的にはどう違うのでしょうか。

原田 同じ量のアルコールを飲んだ後、体内から検出されるアセトアルデヒドの量が大きく違うのです。例えば、15分かけてウィスキーのダブルを飲んだ場合、30分後に計測すると、アセトアルデヒドの量がNN型の場合は5マイクロモル(注)以下であるのに対し、ND型が25マイクロモルと5倍もあるのです。

──ND型の人は時間をかけてゆっくり飲まないと、アセトアルデヒドの分解が追いつかないのですね。

原田 そうです。ND型は同じ量を飲んでも分解にかなり時間がかかり、その間、肝臓などの臓器がアセトアルデヒドの毒素に長時間さらされてしまいますので、飲み方に気を付けないといけません。

──自分が何型か調べるにはどうしたら良いのでしょう。

原田 病院などで遺伝子検査をすれば分りますが、ちょっと費用がかかります。でも、そこまでしなくても、お酒を飲んだ時の症状で、ある程度見分けが付くんですよ。例えば、顔面が紅潮してくるのはアセトアルデヒドが10−15マイクロモル以上になった時です。NN型ならば相当の量を飲まないと赤くなりませんが、ND型はコップ一杯程度のビールですぐに到達してしまうので、そこで見極めることができるでしょう。DD型に関しては、出現する症状がND型より強く、それ以上は飲めないので最も分りやすいと思います。

ちなみに私はコップ一杯程度のお酒を飲んだだけで赤くなりますが、我慢すればそれなりに飲めるんです。実際に遺伝子検査をしたところ、やはりND型でしたので、この見分け方は実証済みです(笑)。

──体質の問題ですから当り前なことですが、お酒を飲めない人には無理に勧めてはいけないですね。

(注)マイクロモル:濃度を表す単位。アセトアルデヒドが血液1リットルに44マイクログラム含まれている場合、1マイクロモルとなる。(戻る)


下戸遺伝子は弥生人ゆずり!?

──最近、このALDH2遺伝子の型の割合を、都道府県別に調べられたそうですが。

原田 はい、北海道から沖縄まで五千名以上の日本人を対象に調べたところ、図表1にあるように北海道、東北、九州、沖縄地方に酒豪遺伝子であるN型遺伝子の割合が多いことが分りました。特に秋田県が一番多く、次に鹿児島県と岩手県、逆に最も少ないのが三重県、次いで愛知県という結果になったのです。

図表1:都道府県別に見たN型遺伝子(ALDH2*1)の頻度<br>東北・南九州地方には飲めるタイプ(N型遺伝子)の割合が多く、反対に中部・近畿地方に飲めないタイプであるD型が多く広がっている
図表1:都道府県別に見たN型遺伝子(ALDH2*1)の頻度
東北・南九州地方には飲めるタイプ(N型遺伝子)の割合が多く、反対に中部・近畿地方に飲めないタイプであるD型が多く広がっている

──N型遺伝子のみを持つ人は日本の北と南に多いんですね。地域差がはっきりしているように思うんですが…。

原田 そうですね。でも、どうしてそうなったのかは、はっきりと分っていないんです。ただ、以前世界的に同様の調査をしたところ、図表2を見てもらうと分るように、コーカソイド人種(白人)やネグロイド人種(黒人)にはNN型の人しかおらず、D型の遺伝子を持っているのは日本人や中国人などのモンゴロイド人種だけということが分りました。このことが関係しているのではないかと考えています。

欧米のコーカソイド、アフリカのネグロイドにはほとんどD型は検出されなかったが、モンゴロイドである東洋の黄色人種、南北アメリカのインディアンでは検出されている
欧米のコーカソイド、アフリカのネグロイドにはほとんどD型は検出されなかったが、モンゴロイドである東洋の黄色人種、南北アメリカのインディアンでは検出されている

──と言うと、具体的には…。

原田 前にも言ったように、D型はN型遺伝子の突然変異でアセトアルデヒドを分解する能力が低下したものなんです。ですから、そもそも当初人類にはN型しかなかった。そこに突然変異が起こり、D型ができた。おそらく2−3万年前にモンゴロイド人種の中で起こったことだと思います。そして、その人達が時代を経て増えていったのです。

──日本も大昔はNN型の人しかいなかった。そこへD型を持った人達がやってきたということなんでしょうか。

原田 そうではないかと思います。現在の日本人は、縄文人と弥生人の特徴を兼ね備えていると言われています。それに当てはめて考えると、恐らく縄文人のほとんどはN型遺伝子のみを持っており、とても酒に強かった。そして、縄文時代末期から海を渡って近畿、中部に多く移り住んだとされる弥生人によって、酒に弱いD型遺伝子がもたらされた…。この歴史のために地域差がでたのではないかと思います。

──確かにそう考えると、図表1のような都道府県別の色分けも納得できますね。そういった意味では、コーカソイド人種であるハンガリー人やインド人にも、若干ではありますがD型遺伝子を持った人がいるというのは、歴史と照らし合せて考えると、かつてモンゴル帝国の支配がそこまで及んでいた証でもあるわけで、とても興味が湧いてきます。

原田 そうでしょう。ただ、今は昔と比べ国境を越えて人の交流が容易になっており、今後はD型遺伝子を持つ人が増えてくると思います。いつか、これらの図のようにはっきりとした模様を描けなくなるでしょうね。


アルコール依存症の遺伝的メカニズムを暴く

──ところで、先生はどうしてアルコールに関する遺伝子の研究に目を付けられたのでしょうか。

原田 もともとは、遺伝子と薬の効果について研究する薬理遺伝学の分野が専門でして、アルコールも薬物ということで、アルコールが体に及ぼす影響について研究を始めました。すでに基礎研究が終っており、今は社会問題であるアルコール依存症にテーマを絞って取り組んでいます。この問題は昨今、非常に深刻化しておりまして、特にアメリカなどでは軍事予算に匹敵するとも言われるほどの経済損失が発生しているんです。そこで、この問題について遺伝学的に解明を進めていこうと考えたわけです。

──ということは、アルコール依存症になりやすい体質があるということなんですね。

原田 はい。アルコール依存症は心理的要因や社会的要因など、いろんな要素があるため、かなり難しい研究テーマですが、まず言えることは、お酒をたくさん飲めるNN型の人がなりやすいということです。しかし、実際にはいくら飲んでも依存症にならない人もいるわけで、ほかの遺伝的要素もあると考えられます。今、世界の研究者がこぞって研究中ですが、私のところでもすでにその遺伝子の有力な候補がいくつか挙がっており、もうすぐ特定できそうな状況です。

──当面、この研究に全力を注いでいかれるのですね。

原田 はい。この遺伝子を特定し、アルコール関連障害の予防につなげることができれば、と考えています。さらには、依存症だけでなく、生活習慣病の遺伝的リスク因子を発見し、その病気を未然に防止できる体制をつくっていきたいと思っています。

──ヒトゲノムもどんどん解読されていますし、先生のおっしゃるような予防体制もそんな遠い話ではないかもしれませんね。ご研究の成果を期待しております。

本日は興味深いお話をありがとうございました。 



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