こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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最初の生命が持っていた遺伝子を解明できれば 人工生命の誕生も夢ではありません。

DNAデータバンクで原始生命にせまる

国立遺伝学研究所生命情報研究センター長・教授

五條堀 孝 氏

ごじょうぼり たかし

五條堀 孝

1951年福岡市生れ。九州大学理学部生物学科卒業。同大学院博士課程修了。 理学博士。テキサス大学ヒューストン校勤務の後、83年より国立遺伝学研究所進化遺伝研究部門助手、 88年助教授等を経て、現職に。91年には、アミノ酸配列で分類した遺伝子データベースを制作。 現在は、エイズウイルス等の病原性ウイルスの進化から生命の根源遺伝子を探索するという研究に 取り組んでいる。専攻は分子進化学、集団遺伝学。日本分子生物学会・日本遺伝学会・アメリカ 遺伝学会会員。87年、日本遺伝学会奨励賞受賞。95年、第3回木原記念財団学術賞受賞。主な著 書に「分子進化遺伝学」(90年、培風館)、「人間は生命を創れるか−−進化学の歩みと未来」 (95年、丸善ライブラリー−写真下−)がある。ドライブが趣味。なお、平成21年秋の褒章で、紫綬褒章を受賞

1996年4月号掲載


「進化論」は哲学的なもの。実証できるのかが「進化学」

──DNA研究の急速な進歩で、進化学が飛躍的に発展しているそうですが、私どもがかつて学んだダーウィンの進化論等と比べると、どう変わってきているのでしょうか。

五條堀 まず、「進化論」と「進化学」は基本的に違うものです。

「進化論」というのはご存知のように、ダーウィンに象徴されるようないくつかの進化に関する仮説です。もちろん、ダーウィン自身は多くの事実を基にして論理を組み立てていますので、単なる仮説というわけにはいかないんですが、しかし、これまでの「進化論」と言われるものの多くは「進化論者、見てきたような嘘をつき」という諺にもあるように(笑)、それが真実かどうか、ある意味では分からないものでした。一見画期的でも、論争だけを目的としたようなものもあったんです。ですから、むしろ「結論のない哲学」といったようなおもしろさで捉えられていた面があると思います。

一方、「進化学」と言えるのは、同じ理論体系であっても、ある程度実験で証明できたり、何らかの形で検証できたりする、いわゆる実証可能であることが前提になってきます。例えば、古生物学と言われる分野で、出てきた化石や地層等の物的証拠をもとに当時の生物の生態等を考えるというのは立派な進化学だと思うんです。DNA研究等もそういう実証科学という立場で存在しているわけです。

──単純に「進化論」を裏付けるのが「進化学」かと思っていましたが、基本的な取組み方が「哲学」と「科学」くらい大きく違うんですね。


遺伝子のDNA配列で生物の系統が分かる

──そうすると、DNA研究によってヒトとサルが約500万年前に分かれたということが分かってきたというのは、具体的にどう実証できたんですか。

五條堀 その説明のためにはまず、DNAと遺伝子について簡単に解説しましょう。まず、DNAとは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基が、ある順序で連続的に並んでいる長い糸のようなものです。これが二重らせん構造になっており、鎖のような形と考えれば、分かりやすいかと思います。ヒトの場合、DNAは約30億個の塩基対からできていまして、遺伝子というのは、この長いDN Aの中にポツンポツンと存在する領域というか一部分なのです。一つの領域(遺伝子)は2,000−3,000個の塩基から成り立っており、ヒトの場合、だいたい5万−10万個の遺伝子を持っています。よく、遺伝子イコールDNAというように言われることもありますが、DNAそのものは化学物質に過ぎません。しかし遺伝子というのは、それぞれがある生物的な機能を持ったDNA上の一つの単位だと考えられます。

それで、あるDNAの遺伝子を解析しますと、チンパンジーとヒトはA、T、G、Cの文字列(塩基の配列)が非常によく似ているんです。さらにゴリラやオランウータン等とも、少し違うけれどよく似ている。そこで、文字列の違いを指標にして系統樹を書いていきますと、同じ祖先からまず最初にオランウータンが分かれて、そのあとゴリラが分かれています。そして最後にヒトとチンパンジーが分かれたということが追跡できたわけです。

──「ジュラシック・パーク」という映画がありましたが、あんなふうに大昔の化石等からDNAを抽出して調べることもできるんですか。

五條堀 あれはよくできた映画でしたね。現実にも琥珀に閉じ込められたゾウムシという虫からDNAを抽出することができ、それが1億2000年前のものだったことが確定しています。

また、アメリカのNIH(ナショナル・インスティテュート・オブ・ヘルス=国立衛生研究所)では、6000年前くらいまで生息していたと言われるスミロドン(サーベルタイガー)の化石からDNAを採り出すことに成功し、そのDNA配列まで決定してしまいました。それによって、現存するネコ科の動物との系統樹を作成したところ、チーターやトラ、ライオン等の祖先に当たるところでスミロドンが分岐しているということが見事に実証され、これまでの進化の考え方とまったく一致した結果が得られました。


エイズウイルスの進化から、生物の進化が予測可能に

──今まで漠然としていたDNA研究というものが、少し分かりかけたような気がしますが、さて、先生ご自身は今、どんなテーマのご研究をされているんでしょうか。

五條堀 二つのテーマを中心に研究しています。

一つは、エイズウイルス等に代表される「病原性ウイルスの進化」の研究です。今、世界各地にいるエイズ患者、および感染者の方々のエイズウイルスから塩基配列データを集積しています。この配列データから系統樹を作成して、どこからウイルスが感染してきたかを検証していこうという目的がまずあります。実はこの研究で、チンパンジーのエイズウイルスとヒトのエイズウイルスが分かれたのはわずか30−40年前ということが分かってきました。その頃まで両者の間に種間感染があったことは間違いないと思われます。

──つい最近ですね。

五條堀 また、エイズウイルスの系統樹をたどる一方で、体内進化の研究もしています。どういうことかと言いますと、まず、エイズの患者や感染者の方々から定期的にウイルスを抽出してそれぞれ塩基配列を決定するわけです。それを系統樹にしていきますと、患者の身体の中で感染したウイルスがどういうふうに変異していくか、また、AZTという増殖阻害剤を入れた時、どのウイルスが死滅して、どのウイルスが生き延びていくか等が分かってくるんです。それらはほぼリアルタイムでコンピュータ画面に表示することができます。エイズウイルスは人間の100万倍のスピードで増殖・進化していますから、1年間調査を続ければ、人間にすれば100万年分、10年なら1000万年分の進化の様子が見えてくるのではないかと考えるわけです。

さらに、そういう進化の過程の中で、どういうふうに突然変異が起こるかも実際に検証できますので、将来は、天気予報のように、何%の確率でこのウイルスのこの遺伝子がこういう方向に変異するという予測をすることができるようになると思います。

──その肝心のエイズについては、このような研究をもとに、克服できる見通しはないんでしょうか。

五條堀 当然、近い将来、エイズウイルスの変異する方向を予測しながら先回りしてワクチンをつくることができるようになると思います。


地球上のすべての生命体の遺伝子データを集積中

──もう一つの研究テーマは…。

五條堀 これは壮大なプロジェクトです。生命の歴史は40億年と言われていますが、最初の生命はどんな遺伝子を持って誕生したのだろうか、それが知りたい、ということなんです。

今、アメリカ、ヨーロッパ、日本の3国共同でDNAデータバンクというのをつくっています。地球上に存在するすべての生命体の遺伝子のDNA配列データを蓄積するのが目的です。インターネットを利用して世界中の科学者や研究者から、解析できたデータを登録してもらっています。

これは大変膨大なデータになりますが、まず、これをDNAが似ている同士に分類したいと考えています。現在5,000種類くらいに分類していますが、これをさらにいろんな手法で分類し尽くしていって、これ以上分類できなくなった時、それらの遺伝子はまったく異なった祖先から受け継いだものと言うことができるでしょう。その最後に残った遺伝子のセットこそが、生命の起源当時に存在した原始生命の遺伝子グループ、つまり「根源遺伝子」と考えているわけです。

──最終的にいくつくらいのグループに分類されるのでしょうか。

五條堀 推定では、100くらいにはできるのではないかと考えています。

──それが本当に生命の起源なのかは、どうやって実証を?

五條堀 この遺伝子セットを人工合成します。そしてある種のバイオシステム系に入れて、自己増殖可能かどうかを探っていく…。

──「人工生命」の誕生ですね。そしてその進化の過程を再現していけば、また人間ができてくる…。

五條堀 いやそんなにうまくいくかどうか分かりません。しかしひょっとすると、進化の過程を利用しながら、目的の生物をつくり出すことができるようになるかもしれません。これはすでに「進化工学」と言われる学問領域が出てきています。

──そうなると、生命というものに対しての考え方がまったく変わっていきますね。

五條堀 その時われわれはどう反応するか。生命をどう規定するか。まだ研究はその段階までいっていませんが、いずれは倫理的なことも含めてそういう問題を真剣に考えなくてはならない時期がくると思います。

──期待と不安がありますが、こういう研究があくまでも社会に貢献する方向で進んでいっていただけることを願っています。本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
五條堀氏の著書『人間は生命を創れるか』(丸善ライブラリー)
近況報告

五條堀 孝先生が、「ゲノム情報を用いた分子進化研究のパイオニア的開拓」の業績により、平成21年秋の科学技術に関する紫綬褒章を受賞されました。


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