こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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女王蜂を中心に形成されるミツバチの社会。 役割分担が徹底しているのが特徴です。

ミツバチの行動を解明する

玉川大学農学部教授

佐々木 正己 氏

ささき まさみ

佐々木 正己

1948年東京生れ。70年玉川大学農学部卒業、72年東京農工大学大学院修士課程修了。75年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了後、玉川大学農学部助手、80年助教授、87年教授に。著書に『養蜂の科学』(94年、サイエンスハウス)、『ニホンミツバチ』(99年、海游舎)など。

1999年12月号掲載


「王台生れ」だけが女王蜂になる運命

──ミツバチは「分業社会」を形成する昆虫と聞きますが。

佐々木 そうなんです。ミツバチの社会は、見事な秩序を持っており、特に分担、分業を行なうというのは、ミツバチの特徴といえます。

詳しくいうと、1つのミツバチの社会は、1匹の女王蜂と多数の働き蜂(雌)、そして若干の雄蜂で構成されています。女王蜂は産卵を担当し、1日に1千個程度も産み落とします。ですから基本的に1つの巣には、女王蜂の子供しかいません。働き蜂は、読んで字のごとく働く蜂で、育児から、エサの運搬・管理、女王蜂の世話、巣づくりと、産卵以外の機能を全部引き受けます。

──そうすると、例えば育児係の働き蜂は、一生育児に徹するんですか?

佐々木 いいえ、日齢に沿って少しずつ変化していきます。というのはミツバチが何万匹も密集して生活している巣の中心部で幼虫が育てられているんですが、その幼虫が蛹(さなぎ)を経て羽化すると、まず周辺にある他の幼虫や女王蜂の世話など、手近な仕事を始めます。しかし、次々と新しい働き蜂が羽化してくるので、日が経つほど外側に押し出されていき、最後には蜜の採取などの外勤を行なうようになるんです。

ミツバチの巣の内部を観察するための巣箱(上)赤丸で囲んだ蜂が女王蜂。ほかの蜂に比べて体が大きい(下)
ミツバチの巣の内部を観察するための巣箱(上)
赤丸で囲んだ蜂が女王蜂。ほかの蜂に比べて体が大きい(下)

最後に雄蜂の役割というのは、繁殖だけ。4月から5月にかけて生れてきて、自分の巣外の空高くで繁殖活動を行ないます。そして繁殖期を過ぎると、巣外に追い出されてしまう運命なのです。

──ほとんど雌だけで成り立っている社会なんですね。

ところで、なぜ働き蜂は卵を産まないのでしょうか?

佐々木 これは、女王蜂が分泌する「女王物質」という物質に、産卵を抑制する働きがあり、働き蜂達はそれを随時、受け取っているからなんです。

──同じ雌なのに、女王蜂と働き蜂ではまったく違う生き物のようですね。

佐々木 そうですね。女王蜂の体重は働き蜂の約3倍、寿命は働きバチが通常期1ヶ月、冬場でも6ヶ月のところ、女王蜂はなんと約3年。でも面白いことに、こんなにも違う女王蜂と働き蜂ですが、実は受精卵の段階ではまったく一緒なんです。ただ、育てられ方の違いで、女王蜂と働き蜂とに分れるというわけです。

繁殖期になると、働き蜂によって、巣内に「王台」という新しい女王蜂を育てる育児室がつくられます。そこにたまたま産み付けられたことによって、その卵は女王蜂になる運命を負います。孵化(ふか)した後、3日間はいずれもローヤルゼリーのミルクで育てられますが、4日目以降女王蜂になる幼虫には引き続き多量のミルクが、働き蜂になる幼虫には花粉とハチ蜜が与えられ、別々の道へ進むのです。

──その新女王蜂が育ったら、1つの巣に2匹の女王蜂が存在することになりますね。

佐々木 一時はそうですが、すぐに旧女王蜂は巣内の約半数の働き蜂に連れられ、新女王蜂にこれまでいた巣を明け渡し出て行くのです。これは「分蜂(ぶんぽう)」と呼ばれる繁殖活動の1つで、群が大きくなると新女王をつくり、巣分れするのです。

分蜂が始まると、一気に何千、何万もの蜂がすごい勢いで巣から出て来るんですが、これは圧巻です。この後、一時的に太い木の幹などに集結し、すぐに地理に詳しい探索蜂達による新居地探しが始まります。そして、落着き先が決ると移動して、すぐに新しい巣づくりに取りかかります。

──旧女王蜂に着いて行く働き蜂と、残る蜂は、どうやって決るんですか。

佐々木 そのへんはよく分っていません。このほかにも、ミツバチの生態についてはまだ解明されていないことはたくさんあるのです。


ミツバチの巣はエアコン完備

──ミツバチは仲間に情報を伝える時、面白い方法を使っているそうですね。

佐々木 そうなんです。実は、情報伝達の多くはダンスで行なっており、まさに言語といって良いでしょう。

ダンスにもいろいろありますが、例えば、蜜の採取時の収穫ダンス。これは、良い蜜を見付けた場合、仲間にそのありかを知らせ、みんなを召集するためのダンスで、情報発信者である蜂は、「8の字」を描きながら巣内を踊り歩きます。この時、羽の上下振動で音を出し、同時に尻も振るのですが、この音の長さで蜜源までの距離、体の角度で方向を示します。また蜜源の質や量までもこのダンスで表現しているのです。

──「蜜がある」という情報に加え、それが「どこに、どれくらいあって、味はどうなっている」というような情報までも伝える力があるとは、驚きました。人間以外の動物では、あまり考えられないことですね。

佐々木 このほか、ミツバチはたまに全員で引越しをするんですが、その前にも一部の蜂がダンスを踊ります。この引越しを「逃去」、その時踊るダンスを「逃去ダンス」とわれわれはいっています。このダンスは収穫ダンスと同じようにお尻を振るのですが、「8の字」は描かず、踊る長さも蜂によってバラバラなんです。面白いことに、一度も巣外へ出たことのない蜂も、そのダンスを見たら「もうこの巣を去らなくちゃいけない」と分るようです。

──どうして逃去するんですか?

佐々木 巣の周辺に花粉、花蜜源が少なくなったため移動するという場合がほとんどですが、ほかにも周辺環境の変化により、巣が日光にさらされ暑さに耐えられなくなったとか、巣が手狭になったなど理由はいろいろあるようです。まさに逃去した後の巣は「もぬけの空」で、先日も大学構内で飼っていたミツバチに、逃去されてしまったんです(笑)。

玉川大学構内には、ミツバチの巣箱が設置してあり、多くのミツバチを飼っている
玉川大学構内には、ミツバチの巣箱が設置してあり、多くのミツバチを飼っている

──また一から巣をつくらなければいけないわけで、労力もたくさんかかり、リスクが大きいと思うんですが…。ミツバチは、結構思い切りがいいんですね。

佐々木 ミツバチは本当に住環境に気を配る昆虫です。ですから巣はいつも清潔ですし、温度も一定に保っているんですよ。

寒ければ、まず多くの蜂が集まって断熱層をつくり、それでもだめな場合、翅(はね)ははばたかせず、飛翔筋(ひしょうきん)だけを緊張させて発熱し、巣内を温めます。

一方、夏の暑い盛りには、皆で一定方向に向かって羽を動かし、換気をします。それでも足りない時は、水を運び込んで巣内で「打ち水」をし、そこに扇風する、いわゆる気化熱を利用し、温度を下げるのです。また、水そのものでなく、水を含んだ薄い蜜を使い、蜜の濃縮とを同時に行なって「一石二鳥」を図ることもあります。

──すごい機能です。まさにエアコン完備ですね。


スズメバチを熱殺するニホンミツバチ

──日本には、特有のミツバチがいるそうですが。

佐々木 はい、「ニホンミツバチ」というミツバチがいます。アジアに広く生息するトウヨウミツバチの1亜種で、森の古木に巣をつくり、木の花の蜜を主に集めるミツバチです。しかし、すぐに逃去したり、働き蜂が産卵してしまうため養蜂家泣かせでもあり、現在、養蜂業においては、飼いやすいセイヨウミツバチが主流になっていますね。

──もともと日本にいなかったセイヨウミツバチが輸入されたわけですね。魚類では、ブラックバスという日本にはいなかった魚が持ち込まれ、生態系を崩していますが、ミツバチにおいては同様の問題は起きていないんですか。

佐々木 自然界において、直接的な影響は少ないと思います。というのは、セイヨウミツバチは、ニホンミツバチと違い、病気に弱く、特に肉食のスズメバチに襲われたら有効な反撃手段を持たないため、野生化することなく、養蜂によって保護されているようなものだからです。反対にニホンミツバチは、病気にも強く、長い共存の歴史の中で、スズメバチが襲ってきたら団体で戦ってやっつけてしまうという知恵を身に付けたのです。

──体の大きさも格段に違いますし、何といってもスズメバチのあのアゴの鋭さ。「多勢に無勢」とはいえ、どうやって立ち向かうんですか?

佐々木 ニホンミツバチ数百匹が一斉にスズメバチをピンポン球のように取り囲み、体温を上げ、熱で殺します。スズメバチの致死温度が45度、自分たちは50度くらいまで耐えることができる、その温度差を利用した作戦なのです。

巣の入口に近付いてきたスズメバチを熱殺しようと、ニホンミツバチが取り囲んだ瞬間(上)<br>ピンポン球のようになったニホンミツバチを手にのせてみても、まったく刺さない(左上)。<br>サーモグラフィ画像を見てみると、中央(赤色)ほど熱くなっているのが分る(左下)
巣の入口に近付いてきたスズメバチを熱殺しようと、ニホンミツバチが取り囲んだ瞬間(上)
ピンポン球のようになったニホンミツバチを手にのせてみても、まったく刺さない(左上)。
サーモグラフィ画像を見てみると、中央(赤色)ほど熱くなっているのが分る(左下)

──いわゆる「ふとん蒸し」状態ですね。

お話を伺って、ミツバチというのは分業を行なうだけでなく、情報を伝える能力も持っていることを初めて知り、驚きました。学習などの能力についてはどうなんでしょうか。

佐々木 ちょうど今、ミツバチの記憶や学習について、いろいろ研究しているところなんですが、驚かされることがたくさん見付かっています。

──非常に興味がわいてきますね。また続きのお話を伺う機会が持てれば、と思います。

本日はありがとうございました。



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