こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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地球全表面の約67%を占める深海。 そこには数10万種以上の多様な生物が住んでいます。

深海底の奇妙な生き物

東京大学海洋研究所教授

太田 秀 氏

おおた すぐる

太田 秀

1944年新潟県生れ。 69年東京大学理学部生物学科卒業、71年同大学大学院理学系研究科動物学課程修了。東京大学海洋研究所助手を経て、現職に。著書に『海のはなし』(共著・84年、技報堂出版)、『海と地球環境』(共著・91年、東大出版会)、『海洋のしくみ』(共著・97年、日本実業出版社)など。

2000年6月号掲載


10,900mの海底にも生物がいる!!

──先生は深海生物の研究で、世界的な発見をされるなど著名でいらっしゃいます。本日はご専門の深海生物について、いろいろとお話を伺いたいと思います。

まず、深海とはどういうところですか。

太田 一般的には、水深が150−200mより深いところを「深海」と定義します。そこは太陽の光が届かない、まさに暗黒の世界で、水温は平均2−3度と低く、地上と比べものにならないほど高圧の場所です。

また、みなさんご存じだと思いますが、地球の表面の約70%を海が占めています。実はその海の約95%が深海でして、平均水深は3500mにもなるんです。

──暗くて、冷たくて、高圧…そんな世界に生物がいるのは考えづらいですね。

太田 その通りで、19世紀半ばまでは生物が存在しないと信じられていました。19世紀後半にイギリスのかの有名な艦船チャレンジャー号の調査によって、深海に多様な生物がいることが分ったんです。最近では、数10万種以上の生物が発見され、さらには世界最深 10900mのマリアナ海溝でもエビの仲間が採取されています。

──10000mの深海にも生物がいるとは驚きです。


なぜ暗黒の世界で目を持つ生物が?

──そんな環境で彼らはどういう生活をしているんでしょうか。特に食生活は…。

太田 深海は有機物が少ないのですが、そんな中でも多様な生物が生活しています。

深海生物の食生活には大きく分けて3つのタイプがあります。まず海底の泥の中に含まれる有機物を食べる慎ましやかなタイプ、そして相手かまわず他生物を捕食したり、上から落ちてくる有機物、例えば生物の死骸などを食べるたくましいタイプ。3つ目は、地上では考えられない物質を栄養源にしているタイプです。

──具体的にはそれぞれどんな生物ですか。

太田 慎ましやかなタイプには、二枚貝やナマコなどがいます。特にセンジュナマコなどは、海底の有機物が含まれる砂や泥をなめ回しながら、ゆっくり移動して生きているんです。

これと対照的なのが、たくましい捕食型の生物。深海はとてつもなく広く、生物もまばらに住んでいるため、彼らは生物を見つけたら相手かまわず襲う。しかも、百発百中で仕留める名ハンターです。捕食型にはいろんな生物がいますが、深海魚には自分の体より大きい獲物を呑み込んでしまうものも多いんですよ。

(写真上)世界中の海底に住む体長15cmのキャラウシナマコ。写真は水深6,000mの海底で撮影されたもの
(写真上)世界中の海底に住む体長15cmのキャラウシナマコ。写真は水深6,000mの海底で撮影されたもの
(写真中)水深1,500−3,000m付近に生息する深海魚・ミツトゲアシロ。
(写真下)水深3,000m付近に生息する深海魚・シンカイエソ

──すごいですね。暗黒の中でどうやってエサを探すのですか。

太田 多くの深海魚は目を持っていても、実際にはほとんど使われていません。現在、まさにその研究をしているところなんですが、おそらく彼らは他の生物が動くことによりできる微妙な水流の変化や臭い、音で、エサや他の生物の存在を感知しているのではないかと思います。深海にも水の動きがあり、それを私は「風」と呼んでいますが、確かに生物達は風下からやってくるんです。大きな肉の塊を海底に置いて実験してみた結果からも分りました。でも、エサが少ないところで探すのは非常にエネルギーのいることで、風下から風上に移動することは必ずしも楽ではない。

──むしろ風に乗った方が効率がいいでしょうね。

太田 そうなんです。ですから彼らは、風上の方へ頭を向けて後ろに押されていくとか、風を横切ることで多方向からの臭いや音をとらえるといようなこともやっているのです。

──なるほど、賢いですね。しかし、目を使う必要がないのに目のある生物がいるのは不思議ですね。

太田 どうも、子供の頃は海面近くで生活しているようなんです。深海は非常にエサの乏しいところで、育ち盛りの子供にとっては劣悪な環境です。だから親は卵を栄養の豊富な海面に放ち、そこで生れて育った子供らは成長すると深海に降りてくるのではないか…。

──なるほど。それなら子供の頃は目を使っているわけだ。


猛毒・硫化水素を栄養源にする生物がいる

──ところで、「地上では考えられない物質を栄養源にするタイプ」の生物とは…。

太田 海底には地殻が新生するところ、いわゆる火山が起こるところがあり、そこには熱水湧出孔があって温泉水が湧いています。その付近にはハオリムシ(チューブワーム)やシロウリガイがぎっしりと重なるように大群で生息しています(写真参照)。彼らはそこに湧き出る温泉水の中に含まれる硫化水素を栄養源に生きているんです。

(写真上)相模湾海底で束をなして群れるハオリムシ。<br>(写真下)沖縄の海底の熱水湧出孔に住みつくシロウリガイ。体長15cmと大きく、重なり合うように密集して生活している。
(写真上)相模湾海底で束をなして群れるハオリムシ。
(写真下)沖縄の海底の熱水湧出孔に住みつくシロウリガイ。体長15cmと大きく、重なり合うように密集して生活している。

──硫化水素というと猛毒ですよね。

太田 そうです。実は彼らはその硫化水素をエネルギーと変えるバクテリアを体内に共生させており、有機物の一部をいわば家賃として受け取るという形で栄養を得ているのです。

ただ彼らの繁栄は短い。なぜなら、地殻の変動と運命をともにしなければならないからです。火山活動はだいたい20−30年で終ってしまいますから…。

──熱水は絶えてしまい、彼らの栄養源もなくなってしまうわけですよね。そのままでは絶滅ということに…。

太田 いえいえ、地球は絶えず活動を続けているので、たいていは2、30m先に次の湧出孔ができ、ハオリムシやシロウリガイは、そこへ自分の子供を放すことで繁殖を続けているのです。だから彼らは、火山のあるところならば世界中にどこにでもいます。

──以前、相模湾でも発見されたという報道を見た記憶があるんですが…。

太田 実は、 86年に水深1150mの相模湾海底で、同様の生物の大群を発見しました。しかしながら、そこは熱水ではなく、プレートが沈み込んで冷水が湧き出しているところだったんです。これは世界的にも大きな発見となりました。

──やはり冷水にも硫化水素が含まれていて、彼らはそれを栄養源にしているんですか。

太田 いいえ、冷水には硫化水素は入っていません。こちらの方はちょっと複雑なんです。まず泥の中に、海底の変形で絞り出されるメタンガスを利用して生きてるバクテリアがいます。さらに、このメタンバクテリアがつくり出すエネルギーをもらって硫化水素をつくる別のバクテリアが、泥の表面直下にいる。そして、そこに群生するハオリムシやシロウリガイは、その硫化水素を有機物に変えるさらに別のバクテリアを体内に共生させて生きているというわけです。

──結果としては熱水湧出孔と同じで、いわゆる「毒」を「命の糧」として利用しているんですね。


深海生物の多様な姿を手製のカメラで撮影

──深海は未知の世界で、先生のご研究は非常に楽しそうですね。そもそもなんでこの分野に…?

太田 私の研究の動機は 2つありまして、1つは先ほど話したような珍しい生物を見てみたいという欲求。もう一方は生物の生き様を見たい、生物の生態を見てみたいというものです。どちらかというと後者の生態学に重きを置いています。というのは、子供の頃から身近にいる生物が、どういう暮しをしているのかに強い興味を持っていたんです。生物は非常に多様性があり、あらゆる他の生物と関係し合って生きているじゃないですか。その様を見たいんです。その中でもなぜ深海かというのは、私が新潟県の佐渡島に生れ、海とともに育ってきたことが深く関係しているのかもしれませんね。

──しかし、海底にはそうそう簡単に行けるわけではない。大変な研究ですよね。

太田 そうですね。人間が行くのは困難ですから、カメラを深海に送り込み、だいたい海底 2,000平方mをカバーするように 2,000枚くらい写真を撮って調査します。ちなみに、そのカメラは私自身でつくったんです。他にもいろいろな計測器や潜水艇の設計などにも参画しているんですよ。

──ダビンチではないですが、いろんなことをなさるんですね。今後の研究も深海の生態を見ることを中心に進めていかれるのですか。

太田 そうですね。生物そのものを見て、その生き方などを調べ、多くの人に伝えていきたいと思っています。とかく学問は最前線の方に関心が行きます。例えば、今なら遺伝子研究といった分野にね。それはそれで重要なテーマですが、あまりに先端技術ばかりを追い求めると、素朴に地球を見て地球を考えるという古典的なサイエンスが途絶えてしまう。やはり地球という多様な生物が住む星で、人間を含むあらゆる生物が運命共同体として生きていくためには、最前線の学問だけではだめなんです。ですから私は、深海というフィールドにこだわりつつ、このような研究、学問を死守して次世代へ伝えていきたいと思います。

──私達人間はいろんな生物と関わり合って生きていますが、ともすると人間本位になりがちです。特に、われわれが普通では目にすることのできない深海の生物などは、身近にいないからということで関心も低くなりがちですが、地球全体の生態系を考えていく上では、決しておろそかにはできない部分だと思うんです。技術的には限界があって、ご研究はいろいろ困難もおありかと思いますが、どうか生命の謎を解き明かす意味でも、また古典的なサイエンスの精神を引き継いでいく意味でも、ますます先生には頑張っていただきたいと思います。

本日はありがとうございました。



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