こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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天文学は計算科学であり、形態形成の科学でもあるんです。

銀河の進化にせまる

放送大学教授

杉本 大一郎 氏

すぎもと だいいちろう

杉本 大一郎

937年京都府生れ。59年京都大学理学部物理学科卒業、64年同大学大学院理学研究課原子核理学専攻博士課程修了。67−69年、米国科学アカデミー、NASA研究員、83年西ドイツ・ゲッチンゲン大学F・ガウス名称教授。84年より東京大学教養学部教授、96年組織変えにより同大学大学院総合文化研究科教授に。今年3月に定年退官し現在に至る。
理学博士。主な著書に『宇宙地球科学』(共著、75年、東京大学出版会)、『宇宙の終焉』(78年、講談社)、『エントロピー入門』(85年、中央公論社)、『手作りスーパーコンピュータへの挑戦』(93年、講談社)、『専用計算機によるシミュレーション』(94年、編集、朝倉書店)などがある。
放送大学では「天体と宇宙の進化I、II」の主任講師を務めている。なお、同名の印刷教材(放送大学教育振興会)がある。

1997年6月号掲載


宇宙進化のシナリオは10年以上前にほぼ完成済み

──現在の宇宙論や天文学は、私がまだ学生だった頃からくらべると、だいぶ進んだ感があります。例えば、宇宙の進化については今どのくらいまで解明されているんでしょうか。

杉本 宇宙の進化のシナリオの大筋は10年以上前にほぼ完成しています。これは単に可視光、いわゆる望遠鏡による観測だけでなく、電磁波、赤外線、X線、ガンマ線などの観測技術の発達も大いに貢献しました。

──では、宇宙の起源である「ビッグバン」は本当にあったんですね。

杉本 ええ。「ビッグバン」に関しては私どもの中でも疑うものはほとんどいません。先程言った観測技術によって一応は立証されていますからね。

ただ、今現在解明されているのは宇宙が始まってから10-44秒(※)よりも後のところだけなんです。

宇宙の本当の一番始めのところがどうなっていたかというのは、実は直接的証拠もなく、今の手持ちの物理学では議論できない。解明するには相対性理論と量子力学が一緒になった統一理論がいるわけですが、素粒子理論家達が一生懸命やろうとしているけれども、ものすごく難しくてできていない。

──でも科学ですから議論も大事ですが、証拠を見つけなければと考えると大変難しいことなんでしょうね。

杉本 そうなんです。問題はその証拠があるかということです。

例えば宇宙が始まって100秒位経ったところでヘリウムができたんです。その頃のことは計算もできるし、それが合っているという証拠もあるわけです。

しかし、宇宙のホントの始まりについては、観測的証拠がないので適当なことを言ってもバレないとか、いろいろなことを言えるとか、理論はいくらでもつくることができるという面があります。「絶対にこれだ」と言うことがまだできないのです。


星の最後の輝き「超新星」

──最初からだいぶ難しい話になってしまいました。ここでちょっともう少し身近な星の一生についてお伺いしたいと思います。昔「何億光年輝く星にも寿命があると教えてくれたのはあなたでした」という山口百恵さんの歌がありまして、なるほどそうだな、と思ったことがあるんです。

杉本 それでは恒星の中でも一番身近な太陽を例にしてみましょうか。太陽の中心部では原子核反応が起っています。これによって水素がヘリウムに変り、その時に出るエネルギーによって太陽は光っているわけですよね。それで何年もつのかという計算をすると、だいたい100億年ぐらいです。今太陽は生れてから50億年ぐらいです。100億年の寿命と言ってもわれわれのスケールから見れば無限大ですよね。

ただ、すべての星が100億年と寿命が決っているわけではありません。

星には重い星も軽い星もあります。太陽は星の中でもむしろ軽い方です。太陽より重いとエネルギーの消耗が早まり、何千万年で寿命を終るものもあります。

──10年ほど前、マゼラン星雲というわれわれの銀河のすぐお隣の銀河で超新星が爆発したと新聞でも取り上げられたことがあったので、これを読んでいる方々にもご記憶があるかと思いますが、あれが星の最後の姿ということですか。

杉本 そういうことですね。重くて自分の引力でつぶれるわけです。

星が進化するとその外層は膨張しますが、星の中心には小さく凝縮したヘリウムの「芯」ができます。そして芯が収縮してその圧力と温度を上げ続けることで、ヘリウムは炭素のような重い元素となり、この反応が星を輝き続けさせるエネルギーを生み出すわけです。そのうちに圧力や温度がさらに上がり、炭素はもっと重い元素に変っていく。その時の星の芯はいくつもの元素の層が重なったタマネギのような構造になっています。

でもこれがいつまでも続くわけじゃない。芯の中心部に鉄が合成されると、それ以上に核融合してもエネルギーは出ないんです。そうするとあとは自分の重さでずっと縮んでいくばかりとなる。これを「重力崩壊」と言います。超新星はこうしてつぶれ落ちる芯から出るエネルギーが逆に星の外層を吹き飛ばすことで爆発するのです。


太陽も地球も同じ物質から誕生

──その後はブラックホールになったりする・・・。

杉本 非常に重い星の場合は、自分自身の重力があまりにも強いためどこまでもつぶれて、最後にはただ一点になる。密度はいわば無限大なんです。この点を囲んだ数キロメートルの領域では重力があまりにも強く光さえもそこから外界へ出てこられなくなる。これがブラックホールです。

それに対し質量のそれほど重くない星は中性子星になります。中性子星では、半径10Km位の中に太陽と同じくらいの質量がぎっしり詰まっている。密度も高くて1cm3当り10億トンもあるんです。

太陽のように質量の比較的軽い星は、白色矮星になります。これは星の「芯」がむき出しになった状態のようなものです。それは次第に冷えていってついには見えなくなってしまいます。

──超新星になって爆発したらその星にあった水素だとかヘリウムや鉄などの元素が宇宙空間に飛び散っていきますね。

杉本 ガスになったり、あるものはダスト、宇宙塵になったり。

こうして酸素や炭素も散らばるでしょう。それがまた別のところで冷えて固まってまた新しい世代の星が生れるわけです。

太陽ももちろんそうやって生れたわけです。ですから「前の世代」の星から受け継いだ重い元素が2%ぐらいあらかじめあったんですね。

地球も太陽系の他の惑星もそうやってできた。それぞれの形状は違いますけど、もとはといえばみんな同じ物質からできたんです。

──まさに同じ「血」をひいた「家族」ですね。超新星の爆発で単純な元素だけでなく、私たちの周りにある多様な元素ができた。そのおかげで私たち生命も生れたんですね。


手づくりのスーパーコンピュータで星の集団の進化を計算

──ところで、先生の研究室では世界で最も速いコンピューターをつくられましたが、それはどんな研究のためにつくられたのでしょうか。

杉本 個々の星の進化というより、星がたくさん集まった星団の進化の研究です。星団の中心部では星同士が互いの引力で引き合って、星の密度がものすごく高くなる。そこでは星と星が互いの引力で衝突するくらいです。

星の集団にもいろいろあって、私たちのいる銀河や皆さんも知っているアンドロメダ星雲、先程話が出たマゼラン星雲など、宇宙にはそのような銀河が1,000億個あります。そういった銀河が比較的密集している銀河団では、銀河同士が衝突しその形を変えながら進化していると考えられています。それらの様子をシミュレーションするために超高速計算機をつくったんです。

このような計算は、市販されているスーパーコンピュータを使ったのでは計算が遅すぎて追い付かない。そこで、自分たちでつくるしかなかったわけです。テラ・フロップス・マシンといいますが、テラというのは10の12乗のことですから、1秒間に1兆回の演算ができます。

──開発費だけでもすごい費用じゃないですか。

杉本 割と安いほうです。1億6千万円ほどでつくったんですよ。

技術的な話になってしまいますが、例えばスーパーコンピューターだったらある特定の計算をやらせている時は、一部分しか機能が使われず、99%は遊んでいるわけです。だからお金も電気代もそれだけ無駄な部分に費やしてしまう。それじゃもったいないでしょう。それに予算にも限度がある。私どものコンピューターは「そのためだけ」に計算するようにLSIから何から何まで特別に設計した専用計算機なので、全部が常時働いていますから無駄がないわけです。

──今一番先生が力を入れている研究はどういうものなんですか。

杉本 重力多体問題といって、引力で相互作用しているシステムで構造がつくられていくプロセス。例えば、銀河がぶつかったり、星団が縮んでいったり、また、星団と星団がそのうちに合体して一つになったらどんなことが起こるのか、そんな研究です。

もう一つはやはりコンピューターのことです。テラ・フロップス・マシンをつくって研究が進んだのですが、その間にエレクトロニクスも進んだ。今度はペタ・フロップス・マシンをつくったらどうか、と考えたんです。ペタというのはテラの1,000倍ですから1秒間に1,000兆回の演算ができる。

普通の人は私とは違って、計算機は汎用であるべしと言います。しかし汎用のペタ・フロップス・マシンをつくると製作費もさることながら、大電力を食うので発熱量もすごい。そのための発電所も必要になってくるでしょうね。

ですから、将来的なことを考えると、必ずしも汎用機でやるというのではなくて「インホモジニアス・マルチ・コンピュータ」といって、いろいろな種類の専用的な計算機をネットワークつなぎ、それぞれに得意なところをやらせる、ということになるでしょう。社会の産業構造もそのような分業と総合になっていますね。

何だか専門的な話になってしまって申し訳ありません。もちろん彗星や星雲の話もおもしろいのですが、天文学は計算科学であり、形態形成の科学でもあるわけです。星の進化もその一つとして捉え考えるようにしてきました。天の文学としての天文学らしくないと思われるかもしれませんが。

──私たちが「宇宙」や「星」のことを考えるとどうしても神秘的とかロマンティックなことを考えがちですが、今日のお話で、何か違うものが見えてきました。いろいろな捉え方、考え方があってそれらが影響しあって、いろんな謎が解明されていくんですね。

本日はどうもありがとうございました。


近況報告

対談の中で話題となった超高速計算機のプロジェクトは、東京大学牧野淳一郎助教授によって現在も継続中。
目下の目標は数百テラ・フロップス(サブ・ペタ・フロップス)だそうです。


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