こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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高速道路では、車間距離「40m」が渋滞のボーダーライン。 「急がば回れ」を科学的に証明した「渋滞学」とは!?

車間距離「40m」が渋滞のボーダーライン

東京大学大学院工学系研究科教授

西成 活裕 氏

にしなり かつひろ

西成 活裕

1967年東京都生れ。95年東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程終了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科、ドイツのケルン大学理論物理学研究所を経て、2005年より東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に移り、09年より現職。数理物理学のほか、車、人、インターネットなどの流れに生じる「渋滞学」や、ビジネスマンや主婦の生活にある無駄を改善する「無駄学」を専門とし、世界最高権威の米物理学専門誌『フィジカルレビューレターズ』などに論文を多数掲載している。著書に『渋滞学』(新潮選書)、『とんでもなく役に立つ数学』(朝日出版社)、『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』(あさ出版)など。現在、多くのテレビ、ラジオ、新聞などのメディアで活躍中。

2011年11月号掲載


「流れ」あるところに「滞り」あり。その原因解明と解消が大きな『夢』

──先生のご著書『渋滞学』を興味深く拝読させていただきました。
「渋滞学」は、先生が確立・提唱された新しい学問だと伺っております が、数学や物理学だけではなく、生物学、心理学、社会学、情報学など、さまざまな分野にまたがる幅広いご研究であることが分り、大変驚きました。また、そ の成果は通信や交通網、経済問題や都市工学など、あらゆる場面で応用できると知り、二度驚かされた気分です。
さて、少々唐突ですが、その「渋滞学」をあえて一言で説明するとしたら、どのようになりますか?
西成 「人間や人間の取り巻くものが起こす、流れの滞りの解明と解消」といったところでしょうか。
──といいますと?


西成 「万物は渋滞する」というのが私の持論でして、車も、人間の身体も、会社の組織も、世の中のものにはすべて『流れ』があります。そして、流れがある ところには澱みや詰まりがある。そうした滞りの原因を解明し、解消したいというのが私の『夢』なんです。そのために、いろいろな分野の専門家の方々を巻き 込んで議論を交わしながら、日々研究に勤しんでいるところです。
ちなみに、私は大学時代、数学・物理を専攻していたのですが、研究の裾野を広げたいと思い、心理学や社会学などを聴講し、文系の学問もほぼ網羅しました。そうした知識が基礎にあったからこそ、渋滞学という学際的研究にたどり着けたのかもしれないと思っています。
──なるほど。理系の知識を主軸に、多分野の知識を、社会現象のさまざまな『流れ』の解明に役立てているということですね。
ところで、「渋滞」と聞いてわれわれの頭に真っ先に浮かんでくるのは、高速道路の渋滞です。高速道路で渋滞になる原因の第1位は「自然渋滞」だと伺っていますが、では、自然渋滞はなぜ起こるのでしょう。


西成 自然渋滞はなぜ起きるのか・・・。実は私もそれが知りたくて、今から15年程前に研究を始めたのですが、はっきりと分ったことが二つあります。
一つは、道路の上り坂の部分で渋滞が起こりやすいということです。上り坂といっても緩やかで、例えば100m進むと3m高くなる程度のものです。こうした坂では、ドライバーは坂道であることに気が付かないため、アクセルはそのままで走ろうとして、知らず知らずのうちに減速してしまいます。また、上り坂の手前が下り坂になっていると車間距離が詰まって、さらに状況は悪くなる。こうした場所のことを「サグ」と呼んでいるのですが、渋滞の名所はほぼ、サグ状態になっています。
──渋滞情報などでよく聞く、東名高速道路の「大和トンネル」付近や、中央自動車道の「小仏トンネル」付近などがそうですか?
西成 そうです。もう一つ分ったのは、「車間距離」の問題です。
高速道路の渋滞は、ある一定時間に通過できる車の量(流量)によって決まるということはお分りですね。
──分ります。車間距離を詰めるか、スピードを上げるかすれば、よく流れるということになるかと…。
西成 ところが、車間距離が狭くなるとスピードは落ちてしまいます。前の車のちょっとした揺れが後ろの車に増幅して伝わり、十数台後ろの車を止めてしまう程の渋滞を巻き起こしてしまうのです。
ちなみに、車間距離約40mというのが「渋滞」になるかならないかのボーダーラインであることが、数々行なった実験から判明しています。

(写真上)中央自動車道の小仏トンネル付近で、警察庁やJAFとともに渋滞を緩和するための社会実験を行なった時の様子。8台の車がペースメーカーになり、渋滞を緩和することができた。(写真下)上記実験の際に使った車間距離測定装置〈写真提供:西成活裕氏、JAFMATE〉

──とはいえ、急いでいるとつい間を詰めたくなるのが人間の心理ではないでしょうか。例えば、アリのように化学反応的に列を成すのではなく、人間は意思を持って動く生き物ですから。
西成 おっしゃる通りです。
しかし、車間距離を詰めれば詰めるほど交通量は低下するため、逆に損なのです。変に間を詰めて無理をすると、後で無理がたたって取り返しのつかないことになります。それよりも、ゆとりや余裕を持って運転した方が、トータルでは早く目的地に到着できるのです。
──「急がば回れ」の諺通りですね。
渋滞解消のためには、なるべく道をフラットにしてサグをなくすなど設計上の対策が欠かせません。しかし、一番大切なのは各自の『意識の問題』ということになるのでしょうね。


『譲り合い』の精神を子どもの頃から浸透させる

 ──ところで、高速道路のほか、人の集まる催し物や、非常時や災害時に起こる「人の流れ」の渋滞も、大きな問題の一つですね。
西成 はい。超満員の電車のドアが開いた時、皆が一斉に出ようとして出入口が一瞬にして詰まり、誰も出られなくなってしまったという経験をしたことがありませんか? お互いの肩がドアを囲むようにアーチ状になって、それ以上前に進めない。さらに、外から乗り込む人もいて、車内は大パニック状態という・・・。
──「我先に」という気持ちが働き、大混乱になってしまうんですね。
西成 皆が皆、速く、速くと競争ばかりしていては、結局は誰もが損をしてしまいます。こうならないために必要なのは、『譲り合い』の精神です。
──よく分ります。
しかし現在は、自分の得ばかりを求めるあまり、『譲り合い』の心をなくした人が増えている気がします。そうしたマナーは、昔は子どものうちから親や近所に住む大人達に教えられたものですが、今は核家族化が進み、家庭における教育力が乏しくなっていますね。

(写真上)スクランブル交差点などで、違う方向に歩く群集が交差する様子を観測するために、高校生に協力してもらい実験を行なった。(写真下)群集が曲がり角で対面した時に発生する混雑について実験している様子〈写真提供:西成活裕氏〉

西成 だからこそ、代わりに誰かが機会を設けて教育を手助けしていくこと、それも、子どものうちから徹底して行なうことが必要だと思うんです。
その一助となれればと考え、現在、全国の小学生から高校生までに渋滞や混乱を避ける方法やマナーとともに、社会で共有すべき常識などを講義して回っています。
特に「利他」精神。これは、集団の中では、個人が少しだけ利他の心で行動すれば結局は皆が得をすることができるという考え方です。逆にいうと、皆が利己的に行動すれば益が減ってしまうのです。
「利他」の精神は、より良い社会生活を営むために重要であることはいうまでもありません。もとより、『譲り合い』の精神は渋滞緩和のためにも不可欠な要素です。


行政や立法にも「渋滞学」の考えを活かす

──現在の経済や政策も、ともすると渋滞が生じているように思いますが・・・。
西成 そうですね。人の混雑解消には建築の専門家を、車には交通工学の専門家をという今の政策では、人の渋滞が解決したら今度は車・・・といった具合に、問題は後から後から発生してしまいます。だから、なかなかうまくいかないのではないでしょうか。
そこで将来的に、物事を多面的、俯瞰的に捉えることのできる専門家集団を作ろうと、ひそかに目論んでいるところです。それを通じて、さまざまな法律や制度を検証し、行政や立法にも「渋滞学」の考えを取り入れていければと考えています。
現在は、まずはゼミの学生を一生懸命育てているところです。
──素晴らしいお考えですね。渋滞のない住みやすい社会になるよう、ぜひ実現させてください。期待しています。
本日はありがとうございました。

 


近著紹介
『渋滞学』(新潮選書)

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