こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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小笠原の生物にはガラパゴスと違った 独特のユニークさがあります。

ガラパゴスと小笠原の生態系

東京都立大学理学部教授

小野 幹雄 氏

おの みきお

小野 幹雄

1932年東京生れ。54年東京大学理学部生物学科を卒業。専攻は植物地理学、植物系統学。82年から東京都立大学教授となる。また、同大学小笠原研究委員会委員長を務める。理学博士。ガラパゴス、小笠原諸島の研究に限らず、南米の砂漠の中にある季節だけ忽然と現れるお花畑「ロマス」や、高山帯の植物の研究など、幅広いフィールドで、世界各地を飛び回る。また、今日、絶滅が危ぶまれる動植物の種に使われる「絶滅危惧種(英語名Endangered species)」という言葉を造語したのも小野氏。著書に『牧野新日本植物図鑑』(増補版監修、89年、北隆館)、『アメリカ大陸の自然史』(共著、92年、岩波書店)、『孤島の生物たち─ガラパゴスと小笠原─』(94年、岩波新書─写真)などがある。この他、『新英和大辞典』(研究社)、『広辞苑』(岩波書店)、『仏和大辞典』(白水社)の植物部門の担当も手がける。

1995年4月号掲載


海洋島にはカエルがいない

──先生が研究されているガラパゴスや小笠原の島々などはいわゆる「孤島」ですよね。そんな陸とは無縁の島に生物がいることを考えると、湧いたのか、飛んできたのか、人間が運ばない以上どうやったのか、とても疑問に思ったのですが・・・。

小野 大陸とつながっていた沖縄みたいなところは、島になった時点でいろいろなものが生息しています。反対にガラパゴスとか小笠原のような孤島、海洋島といいますが、そこでは始めから生物が存在しない、まさにゼロからの出発になります。

──ガラパゴスにしても小笠原にしても大陸からかなり離れていますよね。

小野 ええ、1,000キロあまりの距離がありますが、空を飛べる連中は割と難なくいけるわけです。

ですからまず鳥が植物の種子をついでに持っていくんです。水掻きに種子をつけたまま島に渡る、そこの湿地とかで足を洗ったりしますから植物の場合はそうやって散布される、という考え方があります。

──なるほど。では動物はどうなるのでしょう。ネズミが集団で海を渡る話を聞いたことがありますが。

小野 あれは、泳げるのはせいぜい数キロから10キロ程度のものですから、まず1,000キロ移動することは考えられません。他の陸上の哺乳動物も渡ることはありえないですね。つまりそれらがいるということは、かつて大陸とつながっていた証拠だと考えていいと思います。

──ではあの有名なガラパゴスのゾウガメはどうやって。

小野 南米には陸ガメが結構いますから、それが一番近い祖先でしょう。カメの場合はトカゲもそうですが、卵を産みますね。その卵が何かで渡った。その何かというのは一番考えられるのは流木でしょう。ガラパゴスの海岸を歩くと結構流れてきています。それらは洪水で流されて来るんですね。南米大陸ではしょっちゅう大洪水が起き、流された木がうまくペルー(フンボルト)海流に乗るとちょうどガラパゴスに漂着します。その流木に洞(うろ)が空いていてその中に産みつけられた卵があったと考えられます。石灰質の殻に覆われていれば塩水に対してもかなりの抵抗力を持っていますから。

しかし同じように卵を産む生物でも不可能なのはカエルです。カエルの卵は殻を被っておらず裸の状態でゼラチン質に覆われている。塩水がかかったらいっぺんにパンクしちゃいます。ですから海洋島にはカエルがいないんですよ。

──まさに偶然の確率で渡ってきたわけですね。

小野 そうですね。確率論から言うとほとんどゼロなんです。物理学者は100万分の1以下の確率はゼロだと言いますが、ただ生物の場合は最初100万分の1でもあとから増えますから、結果的には100万分の10にも100にもなっていきます。それに300万年に1回あればいいという程度の話ですから。


環境が変ると生物の種類も変る

──すると、あのような海洋島に移住できて、生きながらえるものは全世界の生物でもごく限られますね。

小野 はい。そのため非常にアンバランスな生態系になります。大陸には当然ある種類がそっくり欠けていたり、また住んでいる島の環境の違いによって、種類が違う生物もいるんです。

たとえばガラパゴスの固有種スカレシアというキク科の植物は、高木になるものや低木になるもの、葉の形がシュンギクのようになっているもの、のっぺりとしてヒマワリの葉のようになっているものなど、さまざまな種類があるんです。

──元は、先ほどのお話のように、どこからか渡ってきた一つの種なんでしょう。

小野 ええ。「適応放散」というのですが、二次的に近くの別の島や、同じ島内の違った場所に移住したりして分布を広げていく中で、それぞれの環境にもっともあった形に多様化していったんだろうと思われます。

──これは海洋島に限られた現象なんでしょうか。大陸の方がはるかに広いし、環境も海洋島より多様化していると思いますが。

小野 海洋島の生態系は300万年から500万年の間にたまたま移住に成功した種類で構成されていますから、先程言ったようにアンバランスな状態、たとえて言うなら櫛の歯が抜けたような状態で、まさに今も空きがたくさんある。空きというのはスペースではなくニッチ(*)です。島の成立が新しければ新しいほど、また大陸や大陸島との距離が遠いほど、ニッチはがら空きとなります。適応放散は、この空きを埋めるかたちで起きるのですから、未だに多様化している生物が多いのです。

その反面、大陸というのは何億年という長い進化の背景を持っています。ですから既に住めるところにはたいていのものが住んでいる、調和した生態系ができあがっているので、適応放散が起こりにくいんです。

──海洋島ではまるで進化の時間が凝縮されているみたいですね。

小野 凝縮と言うよりも、進化の歴史の一番最後の部分が極端に拡大して見えるんですよ。そういう意味もあって、このような島についていろんな国の生物学者が注目しているわけです。

(*)ニッチ(生態的地位)・・・生態系の中で個々の動物や植物の種類が占めている相互関係をいう (戻る)

都立大構内にある牧野標本館にて
都立大構内にある牧野標本館にて

夢はガラパゴスでのDNAの研究

──先生が主に研究されている小笠原は、「日本のガラパゴス」とも呼ばれていますよね。

小野 そうですね。小笠原の場所はガラパゴスと違いますから、島に入って来るものも、アジア起源の選ばれたものです。それにポリネシアからも来ます。ガラパゴスは圧倒的に中南米からですから、そういう意味で小笠原の生物には独特のユニークさがあるんです。しかし残念ながらとにかく島が小さく山が低い。

──何か影響があるんですか。

小野 島に入ってから適応放散できるような自然環境の多様さが揃っていない、僅かな環境の変化でも逃げ込める場所がないんです。ですからガラパゴスと比べると種類が少ないし、ゾウガメのようなスターもいません。

しかし、あの島は私が25年通い続けた仕事場でもありますから、やはり非常に愛着がありますね。

──それではこれからも小笠原をメインにご研究される。

小野 小笠原に限らずやはりもう少し舞台を広げたいな、と思っています。

例えばハワイやニューカレドニアというのは人間が壊してしまった島ですが、それでも比較的手の入っていない、例えばハワイ島とかがありますから、一つの研究の舞台になるでしょう。それからモーリシャスなんかもあまり調査されていない島です。そうやってもうちょっと事例を広げられたらおもしろいだろうと思っています。

──そうしていくうちに進化のメカニズムとかも探れる可能性があるんですか。かなり大きなテーマですが。

小野 最近ではDNAをかなり精密に調べることによって、進化の証拠を追いかけることができるようになりました。DNAのこの部分に突然変異が起っているから、こっちの方が先にこのようになったなど。これはかなり有力な物差しになるだろうと思います。それを島に当てはめられないか。小笠原は事例が少ないからできればガラパゴスあたりでできれば、というのが夢なんですが。でもこれは私だけでなく誰でも考えつくけれどできない。

──あの島はエクアドルが管理しているんですよね。

小野 ええ。あそこは観光客に対する規制が厳しくそれを研究者にも適用しているわけです。これは研究という名目で乱獲されたりすることを防ぐために当然です。だから生きているものを扱うのに非常に警戒します。

たとえその問題をクリアしても日本で研究するのは範囲が限られますから、現地に実験船みたいな形で機材を持ち込むしかない。

──そういう国際的な研究機関みたいなものはないんですか。

小野 ダーウィン研究所というのがあるのですが、何ぶん島での技術水準の上に成り立っている研究所なので、例えば良質で安定した電力が手に入るかなどということ自体がネックになるんです。

──材料も手段も見つかっているのに、最後の実行ができないとは。

小野 相当大きなプロジェクトになりますから。本気になれば日本でだってできないこともないんです。月に行くぐらいの決心があれば・・・(笑)。


多様化してきた生物を一つの種が減らしてしまう

──その一方では絶滅の危機にある生物もいる。その島にしかいない生物がなくなってしまうことを考えると、感傷的になってしまいますね。

小野 固有種というのは環境や外敵に弱いものもありますから。でも感傷的なことばかり言えない。というのはもともと地球の生物の歴史、進化の歴史は、生まれては消えてきていた。恐竜だってそうですし、人間だって例外ではありません。ですから、仮に、ある種がなくなってもそれは時代の流れ、進化の流れの中で当然のことですから、取り立ててそれを大事件にする根拠はあまりないわけです。

──ただ近代になってから、そういうことがかなり増えている。その原因の一つが人間である、ということも間違いなく一つの事実だと思います。ある特定の1種の問題だけでなく、自然保護という事柄の一つのシンボルとしても見られるのでは。

小野 特定の種類だけを見てしまうと全体を見失う恐れがあります。

この場合私どもが一番主張しなければならないと思っているのは、地球上には今これだけの種類がある。多分進化というのは1から始まって、どんどん増え続けて多様性ができてきている。その多様性を一つの種である人間の行動で、逆に減らす方向に持っていってしまっていいのか、まさにそこだろうと思います。これは将来加速度的に減っていく道を開いてしまうことですから、それを放置することはできないですね。

──人間も含めて、地球の生物の将来にとって非常に重大なことかもしれませんね。

本日はありがとうございました。


近況報告

※小野幹雄先生は、2014年秋にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)


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