こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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人間をも生み出した宇宙。 その創成の謎に、「インフレーション理論」で迫る!

宇宙創生を解明する「インフレーション理論」

東京大学大学院理学系教授 ビッグバン宇宙国際研究センター長

佐藤 勝彦 氏

さとう かつひこ

佐藤 勝彦

1945年香川県生れ。67年京都大学理学部卒業。73年同大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学助手を経て、79年−80年には、デンマーク・ニールス・ボーア研究所客員教授を務める。82年東京大学助教授、90年教授に。また95年、文部省が世界に誇る研究機関をつくることを目的とした「卓越した拠点形成プログラム」の一プロジェクトとして、同大学に初期宇宙研究センターが設立され、そのセンター長として活躍。その後、同プロジェクトが5年間の期限付きのため、その引き継ぎ研究機関として、99年にビッグバン宇宙国際研究センターが開設され、同時にセンター長に就任。89年に井上学術賞、90年には仁科記念賞を受賞。主な著書に『宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった』(91年、同文書院)など多数。

2000年9月号掲載


ビッグバン─火の玉ができた謎を解く!!

──「宇宙はどのようにしてできたのか?」「地球以外に生命体はいるのか?」など、宇宙への興味、関心はつきないものです。

先生は、その謎とされてきた宇宙創成に関する理論を提唱された方の一人として、大変に著名でいらっしゃいます。先生の打ち立てた理論により、宇宙創成の謎の解明がさらに進んだようですね。

佐藤 『インフレーション理論』のことですね。皆さん、宇宙の初期の姿を論じた『ビッグバン理論』という名前を耳にしたことがあると思います。実は、この理論で説明できなかった問題を、うまく説明したものが、インフレーション理論なのです。まず、ビッグバン理論について、簡単に説明しましょう。

ビッグバン理論は、1948年にジョージ・ガモフらが提唱したもので、初期の宇宙は超高温、超高密度の火の玉状態であったとされます。その火の玉が膨張して、今のように果てしない大きさの宇宙ができたという理論です。

──今でこそ、一般的な宇宙論の一つですが、提唱された当初は、見向きもされなかったようですね。

佐藤 そうなんです。このネーミングも、当時、他の科学者が火の玉宇宙起源論をからかって、「宇宙がビッグバン(大きなバーンという爆発)から始まったというのか?」といったことから名付けられたほどなんです。

その後、65年に、ベル電話研究所の技師が、『宇宙背景放射』という火の玉の余熱を電波という形で確認したことにより、ビッグバン理論が証明され認知されるようになったのです。

ただ、この理論で説明できていない部分がある−。

──火の玉がどうやってできたのかが謎ですね。

佐藤 そうです。それを説明したのがインフレーション理論なのです。

インフレーションというのは、宇宙創成の10のマイナス44乗秒後に始まって、10のマイナス33乗秒後に終了した、つまり、1秒の1兆分の1をさらに1兆分の1にして、またさらに10億分の1以下にした、とてつもなくわずかの時間に起きた宇宙の異常膨張のことをいいます。その膨張により火の玉になったのですが、このインフレーションという名は、物価水準が急上昇する経済用語「インフレーション」にちなんで付けられたものです。

具体的にどれくらい宇宙が膨張したのかというと、インフレーション前の大きさは、直径10のマイナス34乗cmですから、物質をこれ以上細分化できない究極の粒子といわれる素粒子よりもはるかに小さかった。それがインフレーション直後、いわゆるビッグバンの時には、直径1cm以上になっていたのです。


宇宙も人間も「無」から生れた!?

──しかし、まだ謎が残ります。インフレーションが起きるもとの宇宙というのは、何なのですか。

佐藤 理解しづらいと思いますが、実は最初の宇宙は無から生れたと考えられています。

──無は、物質も何もない状態−−どうしてそこから何かが生れてくるのでしょう。

佐藤 おっしゃる通りで、常識的には無というと何もない状態ですが、物理学的には「ゆらぎ」のある状態のことをいいます。詳しくいうと、物理的に可能な限りエネルギーを抜いた状態のことをいいます。実はエネルギーを抜くだけ抜ききっても、振動、いわゆる「ゆらぎ」が残るのです。この「ゆらぎ」は、素粒子の生成と消滅が繰り返されることにより起きていて、物理的には消すことができません。いい換えれば、無と有の間をゆらいでいる状態ということです。その状態から「トンネル効果(※1)」で、突然パッと宇宙が生れたと考えられています。これはビレンケンという学者が唱えた説で、無からの創成論は未だ完成しておらず、これからの研究が期待される分野です。

──その「最初の宇宙」から火の玉になるまでの急膨張が、インフレーションなのですね。

佐藤 そうです。この生れたての宇宙は、真空のエネルギーを持っており、このエネルギーは急膨張する性質があります。急激に宇宙が大きくなるということは、それだけ密度が低くなり、温度が急冷することになります。その時、水が氷点以下になっても一時的に凍らず、水のまま持ちこたえる現象、いわゆる過冷却と同じ状態に陥ります。その間、膨大なエネルギーが潜熱(※2)として蓄えられます。水でしたら凍る時にその潜熱が吐き出されるわけですが、インフレーションでは真空の相転移(※3)によって莫大な熱エネルギーが解放され、ごくわずかだった宇宙が直径1cm以上もの火の玉宇宙になったのです。

──無の「ゆらぎ」が宇宙の出発点だったとしたら、今あるようなさまざまな物質、さらに私達人間は、いつ、どうやってできたのでしょう。

佐藤 では、物質ができる過程を簡単に説明します。

すべての物質は、インフレーション時代につくられた莫大なエネルギーがもととなっています。ビッグバン以後、宇宙の膨張とともに素粒子ができ、それが陽子や中性子に、さらに原子へと、物質生成が進んでいきました。その間、それらの粒子が、光を通さないくらい非常に濃密な状態で宇宙をヤミクモに飛び回っていました。それが、しかるべきところに落ち着き、宇宙の見通しが良くなったのです。これを「宇宙の晴れ上がり」と呼び、だいたい宇宙創成後、30万年頃のことと考えられています。そして星ができ、銀河や銀河団が形成され、私達人間などの生物がつくられていったのです。

現在の宇宙は創成からだいたい140億年経っているとされていますが、未だに膨張し続けています。

※1トンネル効果:極めて薄いエネルギーの壁を、それより低いエネルギーを持った粒子が通り抜けてしまう現象。半導体はこの原理を利用してつくられている。(戻る)

※2潜熱:物質が液化したり凍結したりする時に、その物質の状態の変化により解放される熱エネルギー。(戻る)

※3相転移:固体、液体、気体のように物質の質的に異なった状態を相(固体相あるいは固相)といい、物質状態の移り変りを相転移という。(戻る)


宇宙創成論観測の時代に

──まだインフレーション理論が提唱されてから、それほどの年月が経っていないようですが、もうこの理論が観測により実証されているそうですね。

佐藤 論文を発表したのが81年ですから、まだ19年です。インフレーション理論が単に理論だけで終ることなく、観測により実証されるようになったことは、宇宙を研究している者として非常に幸せなことですね。

NASAの宇宙背景放射探査衛星COBE(コービー)が天球全体を観測したデータ。上が生データで、下がそれを細かく解析したもの。赤い部分と青い部分は、電波に“ムラ”があることを意味している(写真提供:NASA)
NASAの宇宙背景放射探査衛星COBE(コービー)が天球全体を観測したデータ。上が生データで、下がそれを細かく解析したもの。赤い部分と青い部分は、電波に“ムラ”があることを意味している(写真提供:NASA)

具体的には、NASAが打ち上げた宇宙背景放射を調べる探査衛星「COBE(コービー)」の観測が挙げられます。COBEは宇宙全体の宇宙背景放射を探査し、92年、その電波にごくわずかなムラがあることを発見したのです(写真)。

実はインフレーション理論では、銀河や銀河団が誕生するには、宇宙の初期にその種となるような温度のムラが必要であると予測していたんです。

──COBEの観測データは、銀河や銀河団の誕生の種の存在を確認したということなんですね。

佐藤 そうなんです。実は当初、ビッグバン理論同様、インフレーション理論を信じる人が多いとはいえませんでした。しかし、この観測結果により、多くの方に強く支持していただけるようになりました。

さらに今年の5月には、イタリアやアメリカ、イギリスなどの国際研究チームの観測により、インフレーション理論がさらに証明されたんです。

──理論の通り、事実が付いていくという感じですね。

今後、他に観測で期待されることは?

佐藤 COBEの観測データに見られるムラが成長して、銀河や銀河団になったわけですから、銀河の分布とそのデータが一致するはずです。そういうことから、銀河の分布図をつくろうという計画が進んでいます。それができれば、さらにインフレーション理論が証明されることになります。

また最も期待するのは、重力波の観測です。COBEの観測データは、宇宙の晴れ上がり以後、宇宙が創成してから30万年も経った後の電波です。それ以前というのは、密度の高い粒子に電波が阻まれて観測することができません。しかし重力波というのは、巨大な星が爆発を起こした時などに周囲の空間がゆがみ、それが波となって宇宙を伝わってくるもので、非常に透過率が良く、宇宙の晴れ上がり前の状態も観測できるのです。ですから、より遠くの重力波を観測することで、インフレーションの瞬間、また宇宙開闢(かいびゃく)の瞬間さえも見ることができるようになるのです。

──その観測は、もう間もなくというところですか?

佐藤 日本の国立天文台でTAMA(タマ)という装置が、またアメリカでもLIGO(ライゴ)という装置ができつつあります。ただ、観測可能な範囲はまだ距離的に近いところで、創成期の重力波観測というのは、今後に期待することになりますね。

──観測が進み、さまざまな確認ができるようになれば、「地球外生命」も期待するところですが…。

佐藤 確かに、この宇宙の中で私達だけが唯一の知的生命体なのか、他の宇宙にも同じような生命体がいるのか−非常に知りたいところです。しかし、今は誰も科学的に正確に答えることができません。今後、そういったことも物理学の一つの研究として期待される分野ですね。

ただ、宇宙の中で最も素晴らしい存在は、知的生命体だと思っています。それらをつくった宇宙のことまでも認識できているのですから…。

──確かに、おっしゃる通りです。自分達をつくり出した宇宙を、ここまで解き明かしつつもあるわけですからね。

今世紀の初め、まだ宇宙の成り立ちについては、神話などの世界にゆだねられていました。今、21世紀も間近に迫り、観測手段の発達もさることながら、理論の構築によって、宇宙の創成までもが科学の手中に収められました。その中での先生の功績は、本当に素晴らしいものです。まだまだ謎の尽きない分野ですが、今後のご活躍を期待しております。

本日はありがとうございました。



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