こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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東海地震が起きる直前の前兆現象をいち早くとらえようと 24時間体制で観測しています。

東海地震を予知する

東京大学名誉教授

溝上 恵 氏

みぞうえ めぐみ

溝上 恵

1936年、新潟県生れ。61年東京大学理学部地球物理学科卒業。66年同大学大学院理学系研究科博士課程終了後、同大学地震研究所助手、75年助教授、85年教授に。また同年、地震防災対策強化地域判定委員に就任し、96年より同判定会会長を務める。97年に東京大学を退官し、現在、同大学名誉教授。主な著書に『地震のなぞを追う』(86年、ポプラ社)、『大地震は近づいているか』(92年、筑摩書房)など。

1999年11月号掲載


種類が異なる、関東地震と兵庫県南部地震

──トルコ、そして台湾で大地震が起き、大変な被害が出ています。日本も他人事ではありません。

本日は、基礎的なことから地震について、勉強させていただきたいと思います。

まず、地震のメカニズムについてお教えください。

溝上 地球の表面は、十数キロメートルのプレートと呼ばれる、厚さ数十キロメートルの板状の岩盤が、タイル張りのように敷き詰められていて、それがめいめい違った方向に年間数十センチメートルずつ移動します。そのためプレートの間に圧縮したり引っ張り合ったりする力が働き、これがプレート境界周辺の岩盤を歪ませ、たまった歪みが限界に達すると、断層がずれ動いて岩盤を破壊します。基本的に地震とは、断層がずれ動くことに他なりません。

──では、地震にはどういう種類があるのでしょうか。

溝上 大きく分けると、隣り合うプレートの境界で起こる「プレート間地震」と、プレート内部で起こる「プレート内地震」とがあります。

日本列島の太平洋沿岸で起こる巨大地震の多くは、このプレート間地震の一種で、海溝付近で起きる「海溝型地震」と呼ばれるものです。これは日本列島を乗せた陸のプレートと太平洋の沖から押し寄せてくる海のプレートが関係しています。実は、海のプレートが一緒に陸のプレートも日本列島の下に引きずり込んでいるため、陸のプレートに歪みをつくっているのです。その歪みが限界に達すると、陸と海のプレート境界で急激な断層のずれが生じ、陸のプレートがバネのように急激に跳ね返って地震が起こる。関東地震(1923年の関東大震災)がこのタイプに当ります。

世界の震源分布図<br>1990−1994年の間に起きたマグニチュード5以上、地下100メートル内の浅い地震の震源を示している。(写真提供:気象庁)
世界の震源分布図
1990−1994年の間に起きたマグニチュード5以上、地下100メートル内の浅い地震の震源を示している。(写真提供:気象庁)

──では、1995年に神戸付近で起こった地震は、プレート内地震ということですね。

溝上 そうです。詳しくいうと、海のプレートが押し寄せてくる時の日本列島を圧縮する力によって、内陸の活断層(※1)がずれ動いて地震が発生するのです。これはプレート内地地震の一つで、「内陸地震」と呼びます。兵庫県南部地震(1995年の阪神・淡路大震災)は、典型的な内陸地震の一つに数えられます。

──メカニズムが違いますね。ということは地震の規模なども違うのでしょうね。

溝上 違いますね。海溝地震では、プレート境界に沿って長さ数百キロメートル、幅十数キロメートルという大規模な断層が数メートルもずれ動き、陸のプレートの先端部が海底で急激に跳ね返るため、沿岸地域では震度(※2)6強や震度7の激しい揺れとなり、さらには大津波がいくつもの県にわたって襲いかかる。まさに広域にわたる甚大な被害です。このタイプの地震は、震源域の場所にもよりますが、およそ100年から200年のサイクルで同じ場所で繰り返し発生するという特色を持っています。

一方、内陸地震の規模は概ねM(マグニチュード)(※3)7前後で、M8前後という巨大な海溝型地震に比べると、1/20ないし1/30程度にすぎません。しかし、足下のごく浅い場所で起きる地震なので、その真上に当る地域では激しい揺れの直撃を受け、震源域一帯では大きな被害につながるのです。また一つの同じ活断層で起こる地震の繰り返し期間は、数千年と長いのですが、日本列島の内陸部には現在知られているだけでも2000を超える活断層があります。それらが順繰りで地震を起こすので、決して安心することはできない地震でもあるのです。

この他に日本海沿岸で起こる地震があるのですが、まだ発生メカニズムについて分らないことが多く、今後の研究を待たなければなりません。

 

(※1)活断層:最近数十万年間に、繰り返し活動をした(地震を起こした)断層をいう。
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(※2)震度:地震の際の各地点の揺れの大きさを表す数値。
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(※3)マグニチュード:地震のエネルギー規模を表す単位で、Mが1大きくなると、エネルギーの大きさは約32倍になる。
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東海地震が起きたら規模はM8とも・・・

──先生は、東海地震を予知する地震防災対策強化地域判定会の会長を務めていらっしゃいます。一般市民から見て「地震予知」というのは大変な関心事で、「その確率は?」と思ってしまうところがあるんですが…。

溝上 確かに内陸地震は、1000−2000年に一回の間隔で起きるため時期的な予知は難しい。また、地震規模が小さいため前兆現象もとらえにくいんです。反対にプレート境界地震は、時期も前兆現象もつかみやすく、きちんと観測さえすれば予知できる可能性が十分あります。

東海地域等における地震常時監視網(1997年3月)<br>東海地域における大規模地震直前の前兆現象をとらえるため、各地の観測データをとる。(写真提供:気象庁)
東海地域等における地震常時監視網(1997年3月)
東海地域における大規模地震直前の前兆現象をとらえるため、各地の観測データをとる。
(写真提供:気象庁)

──一口に「予知」といっても、タイプによって違うんですね。東海地震はどうなんでしょうか。

溝上 東海地震はプレート境界がずれ動いて起きる地震なんですが、確実にいつ起きてもおかしくない時期に入っています。

歴史を遡ると、伊豆半島から四国までの東海、東南海、南海の辺りは、規則正しく100年ないし150年ごとに巨大地震が起きてきた場所なんです。1854年の安政の時代に、その地域で地震が起き、次は1945年頃だろうと言われていました。するとやはり44年暮れに東南海地震が、そして46年には南海地震が連動して起きた。ところが、本来ならば一緒に起きるはずの東海地域だけが、何らかの原因でとり残されてしまった。

──安政以来、エネルギーを貯めているわけですから、起きたら相当大きいんでしょうね。

溝上 M8クラスの地震が起きるといわれており、被害も相当出るでしょう。そこで「東海地域を監視しなければいけない」と20年前に法律が制定され、地震防災対策強化地域判定会が気象庁に設置されました。ここでは、東海地震が起きる直前の前兆現象をいち早くとらえようと、24時間体制で地殻の動きなどを観測しています。被害を最小限に抑えるために、「起きる」となったら警戒宣言を発令し、高速道路や電車など、各種交通の規制や住民の避難などをします。

気象庁では、地震活動・地殻活動・津波実況などのデータをリアルタイムで処理し、総合的に監視している(上)。(写真提供:気象庁)<br>各種データに以上が認められた場合に、判定会が開かれ、大規模な地震の前ぶれかどうか検討する(左)。(写真提供:気象庁)

気象庁では、地震活動・地殻活動・津波実況などのデータをリアルタイムで処理し、総合的に監視している(上)。(写真提供:気象庁)
各種データに異常が認められた場合に、判定会が開かれ、大規模な地震の前ぶれかどうか検討する(左)。(写真提供:気象庁)

──責任重大な任務ですね。

溝上 確かに。誤報だったら何千億円もの経済損失が出るとか言われています。しかし、東海地震はいつ起こっても不思議ではないことが分かっているのに、予知観測をやらないで、みすみ前兆を見過ごして、多くの人命の犠牲を出すわけにはいかないと思います。

この予知を例えていうのなら、雪山の雪崩予報です。雪崩は、崩れ出したらあっと言う間ですが、最初はいくつかの雪玉がコロコロ転げ落ちてくるだけ。その時点で逃げれば十分助かります。スイスなどの山岳地帯では、その初期現象、いわゆる前兆現象をとらえるため、常にパトロールし目を光らせているんです。まさに東海地震予知も同じで、一緒に引きずり込まれたプレートが跳ね返る、いわば地震が起きる前には、プレートがゆっくりと地上に戻り始めます。それを見逃さなければいいのです。

最近の数年間、御前崎では地殻の沈降が鈍化傾向にあり、ビクビクしていましたが、このところやや正常に回復しました。またいつ異常な変化が現れるか分りません。


兵庫県南部地震以来、「地盤」に関心を持つ人が

──事態がこのように深刻化しているにもかかわらず、私達は他人事のように思っている節があります。

溝上 確かに日本人は、「日本は危険な国だ」ということを忘れていますね。身近に大きな地震が起こると思い出したように地震に関心を持ちますが、ちょっと時間が経つとその関心は薄れる。

ただそういう中で、兵庫県南部地震以来、地震そのものではないんですが、「地盤」に対して関心を持つ人は多くなったように思います。確かに神戸では、地盤が弱いところと強いところで、被害に明らかな差が出たため、地盤というものが改めて認識されるようになったのです。講演などで各地へ行くと「今度家を建てるんだけど、どこがいい?」なんて地図を持ってくる人が結構いらっしゃるんです。

──東海地震ばかりでなく、日本に住む以上、地震からは逃れられません。でも、ある程度対策を講じることはできますね。

溝上 そうですね。事前にできることはたくさんあります。地盤が弱いところだって、地盤を固めるとか、建物の基礎を深くするなどで被害を軽減できます。

建物の耐震性も重要で、自分の家の耐震性はどれくらいか知り、弱かったら補強する。これは自分のためだけではなく、住宅の密集地であれば近隣の家々の安全にもつながるんです。

地震大国の一つである日本は、生活をしていく上でとても危険な国です。でも、知恵を絞ってさまざまな手を尽くせば、阪神・淡路大震災のような致命的な災害を大幅に軽減できることを知ってもらいたいですね。

──トルコ、台湾では多くの方が犠牲になられ、お気の毒でした。一日も早い復興を願うとともに、こうした事例を教訓に、我々もいざという時の備えを国任せではなく、個人個人でも心掛けていきたいですね。先生方専門家にも、より確度の高い予知をしていただけるよう期待しております。

本日はありがとうございました。


近況報告

※溝上 恵先生は、2010年1月4日にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)


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