こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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どんなに科学や社会が進歩しても「限界」はある。 最後は「不条理」としかいいようがない!?

「限界」を知ることの面白さ

國學院大學文学部外国語文化学科教授

高橋 昌一郎 氏

たかはし しょういちろう

高橋 昌一郎

1959年大分県生れ。83年ウェスタンミシガン大学数学科・哲学科卒業。85年ミシガン大学大学院哲学研究科修士課程修了。86年東京大学研究生、88年テンプル大学専任講師、92年城西国際大学助教授。96年國學院大学助教授、2001年同大学教授、現在に至る。論理学、科学哲学、ディベート論、コミュニケーション論、限界論、クルト・ゲーデルなどについての著書・論文多数。主な著書は『東大生の論理−「理性」をめぐる教室』(ちくま新書)、『ゲーデルの哲学』『理性の限界』『知性の限界』(講談社現代新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『科学哲学のすすめ』(丸善)、『環境と人間』(共著、岩波書店)、『パラドックス!』(共著、日本評論社)など。

2011年5月号掲載


論理的ディベートで「限界」の核心に迫る!

──先生のご著書『理性の限界』『知性の限界』を、大変興味深く拝読させていただきました。

先生のご専門は論理学と伺っていましたので、実際に読むまでは「難しいんじゃないかな・・・」と思っていたのですが。いやはや、とんでもありません。大変面白く、そして時に難しく(笑)、とても楽しく読み進むことができた1冊でした。

また、さまざまな登場人物が「パネルディスカッション形式」で議論しながら、人類が到達した「限界」の核心に迫っていく、という構成も、大変ユニークで斬新だったと思います。


高橋 ありがとうございます。

私が最大の目標にしたのは、読者の方々に「知的刺激」を味わっていただくこと。それと併せて、あくまで「楽しみながら考えてもらう」ことを優先したつもりです。従って、シンポジウムの参加者も、各分野の専門家だけではなく、会社員や運動選手といった普通の人も登場させました。

もちろん、とかく専門書に頻出しがちな専門用語は極力使わず、例えば、ちょっと難しい言葉が出てきたときには、会社員に「分りません!」と突っ込みを入れさせ、それに対して専門家が「では、分りやすくご説明しましょう」といって解説するような形式になっています。

──確かに、難解で聞き慣れない用語が少なく、非常に分りやすかったです。それに、時々「カント主義者」や「ロマン主義者」などが極論を示して話が飛躍するせいで、ハッとさせられることもあり、興味が薄れることがありませんでした。

高橋 彼らの発言の中には、かなり飛躍したところや厳密性に欠ける部分も含まれていましたが、難しいテーマに興味を持っていただくために、あえて登場させたのです。

 

 

 

「限界」を知った上で閃く発想の面白さ


──ところで、そもそも先生はなぜ「限界」というテーマに興味を持たれたのでしょうか。


高橋 小学校の頃、同級生が懸命に100mを競走しているのに、私はどちらかというと、人間が最も効率的に走ったとしても超えられない限界があるのではないか・・・、などと考えていましてね。ちょっと変った子供だったわけです(笑)。それが高じて、あらゆる分野での限界論を追究したくなったのかもしれません。

──小学生で、もうそんな考えをお持ちだったとは驚きです。そこから、先生の「限界」への挑戦が始まったわけですね。

高橋 はい。

これまでいろいろと研究を進めてきましたが、どんなに科学や社会が進歩してもそこには自ずと「限界」が存在しており、すべてを解き明かすことなど不可能ではないかと、まさに「限界」を感じている次第です(笑)。

ただ、現段階での「限界」は知っておきたいと思っていまして。それを踏まえた上で、その「限界」は本当に真実なのか、何とかして打ち崩す方法はないのか、と考えることが面白いんです。そうやっていろいろな側面から物事を見ていると、今まで考えもしなかった突拍子もない発想を思いつくことがあって、それが新たな発見につながることもあります。その辺りが、「限界」の研究で一番面白いところですね。

【陸上競技のタイムにおける限界値】計算上では、100m走でヒトが9秒の壁を破ることはない。800mでは1分30秒、1,500mでは3分の壁を破ることは絶対に不可能。マラソンでも、現在の世界記録から18分以上は短縮できないとされている<資料提供:高橋昌一郎氏>
【陸上競技のタイムにおける限界値】計算上では、100m走でヒトが9秒の壁を破ることはない。800mでは1分30秒、1,500mでは3分の壁を破ることは絶対に不可能。マラソンでも、現在の世界記録から18分以上は短縮できないとされている<資料提供:高橋昌一郎氏>

──そういえば、ご著書の中で、オリンピック競技の「究極の限界値」について議論される面白い場面がありましたね。

高橋 ええ。まず、陸上競技でヒトが到達できる計算上の「究極の限界値」を示します。この「限界値」に対し、Aが「世界記録を伸ばすことだけを目的として、あらゆる筋肉増強剤の使用が許されたら?」と疑問を呈し、Bが「ヒトの身体能力の限界は、最終的に遺伝子によって定められているので、限界値を超えることはない」と論破。するとCが、別の角度から「スタートのピストル音に反応する時間によっては、限界値は書き換えられる可能性がある」と畳み込み、議論が続いていくわけです。

──つまり、いくら論理的に限界を導き出しても、それが「絶対」である保証はないということですね。

高橋 おっしゃる通りです。

ではもう一つ、論理的に解決・説明できないという事例をご紹介しましょう。 


私が東京大学駒場キャンパスの「論理学」の講義で、「理性」をめぐるディスカッションを行なったときの話です。

クラスの約200名の学生にコメントシートを配り、名前と「1,000円」か「1万円」のどちらかを書くように指示したんです。もし「1万円」と書いたシートがクラスの20%以内だったら、「1,000円」と書いた人には1,000円を、「1万円」と書いた人には1万円をプレゼントしようではないか。でも、「1万円」が20%を超えていたら、誰にもお金はプレゼントしない、と。

──当然、「1,000円」と書くと思うのですが・・・。それで、結果はどうなったんですか?

高橋 何と、30%以上の学生が「1万円」と書いたんです。「論理的」だといわれている東大生といえども、全員が得をする「集団的合理性」と、個人の得を優先した「個人的合理性」が衝突してジレンマに陥り、こうした結果を招いてしまったんですね。

東京大学での「記号論理学」授業風景<写真提供:高橋昌一郎氏>
東京大学での「記号論理学」授業風景<写真提供:高橋昌一郎氏>
國學院大學の高橋ゼミは、外国語文化学科のため女子学生が多い<写真提供:高橋昌一郎氏>
國學院大學の高橋ゼミは、外国語文化学科のため女子学生が多い<写真提供:高橋昌一郎氏>

──なるほど・・・。人間の心理というのは、論理的に説明できないことが多いということですね。そうなると、もはや理性というより人間性が試されているような気がします。

限界を踏まえ困難に立ち向かう、それが人間の強さ


──ところで先生、人間には理性、知性が備わっていますが、それ以前に本能的に感じる「感性」がありますよね。「感性」にも、限界はあるのでしょうか。

高橋 感性というのは、理性や知性以上に、どうにも説明できない部分が多いと思います。

人間は高い知能を持ち、衣食住すべての面においてその知能を遺憾なく発揮し、豊かな生活レベルを維持してきました。ところが、相変わらず戦争はなくならないし、不合理なこともたくさんやってしまう・・・。頭では「いけない」としっかり分っていても、反対のことをしてしまうことがあるんです。

──確かに。分っていても、どうしようもないことというのは、日常の中で多々起こりますね。

高橋 はい。例えば、理性的に「ダメ」と思っていても、本能が「好き」と感じることってあるでしょう? 予測不可能というか、これはもうどんなに論理的に考えても答えが見付からないものです。結局、最後には「不条理」としかいいようがないのかもしれません。

──その意味で、今回の東北地方太平洋沖地震は、予知、リカバリーなど多くの点で「限界」を感じています。

高橋 はい。私も、震災が発生してからいろいろなことを考えています。自然の脅威、人間の存在意義、どうしようもないことへの歯がゆさを、あらためて実感しています。

ただ、先ほどもお話しした通り、あらゆるものに「限界」があるのなら、その事実を踏まえた上で、いろいろな側面から多角的に物事を捉え、次のステップに進むための何かを見付けていくための努力が必要なのではないでしょうか。

──おっしゃる通りです。

あらためて、東北地方太平洋沖地震により被災されている皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

今回の大震災は、多くの人々の心に深い傷痕を残しました。しかし、われわれ人間には、どんなに「不条理」な出来事や困難にも立ち向かっていく強さがあると、強く信じたいと思います。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『東大生の論理−「理性」をめぐる教室』(ちくま新書)

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