こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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犯罪者プロファイリングは、 捜査だけでなく、防犯にも役立ちます。

地域防犯に応用される犯罪者プロファイリング

関西国際大学人間科学部教授

桐生 正幸 氏

きりゅう まさゆき

桐生 正幸

1960年山形県生れ。文教大学人間科学部人間科学科心理学専修退学、学位授与機構より「学士(文学)」、ポリグラフ検査の研究により「博士(学術)」を取得。山形県警察本部科学捜査研究所主任研究官を経て現職。同大防犯・防災研究所長。日本犯罪心理学会理事、日本応用心理学会理事、日本法科学技術学会評議委員。主・共著に『犯罪捜査場面における虚偽検出検査の研究』、『ウソ発見』、『犯罪に挑む心理学』、『幼い子どもを犯罪から守る!』(いずれも北大路書房)、『嘘と騙しの心理学』(有斐閣)、『応用心理学事典』(丸善)。役に立つ犯罪心理学実践に向け、ポリグラフ検査、犯罪者プロファイリング、子供の防犯など、広範囲な研究・調査を実施している。趣味は詩を作ることとおいしいラーメン探し。

2009年11月号掲載


テレビドラマの中だけの話ではない犯罪者プロファイリング


──近頃、「犯罪者プロファイリング」を題材にしたテレビドラマや映画が多いように思います。
先生は、山形県警の科学捜査研究所で実際のプロファイリング捜査に携わり、現在では犯罪心理学や防犯などの研究や調査を行なっていらっしゃいます。

今回は先生のご研究分野でもある「犯罪者プロファイリング」についてお話を伺いたいと思っておりますが、その前に、「犯罪者プロファイリング」の定義についてお教えいただけないでしょうか。

桐生 「プロファイリング(profiling)」とは、そもそも「プロフィールを作成すること」を意味します。つまり、犯罪者プロファイリングとは、犯罪現場に残された情報を分析することで、犯人特定につながる情報を提供し、捜査を支援するものです。警察庁の科学警察研究所では、「犯罪現場から得られた資料および被害者に関する情報等から、犯人の性別、年齢層、生活スタイル、心理学的特徴、犯罪前歴の有無、居住地域等、犯罪捜査に役立つ情報を提供すること」と定義しています。

──プロファイリングはいつ頃から活用されているのですか?

桐生 プロファイリングは、1970年代にFBI(米国連邦捜査局)によって初めて組織的な研究が行なわれました。人々を震撼させる快楽殺人等が発生していたことがきっかけです。FBIは連続殺人犯や大量殺人犯に面接を実施してデータを収集、犯行動機などに基づいて類型化を行なったほか、連続犯罪者の動向を捕捉するために「凶悪犯罪者逮捕プログラム」などを開発し、全米における凶悪犯罪事件をリンクして分析できるようにしたようです。

米国ワシントン州のポリスアカデミーで〈画像提供:桐生正幸氏〉
米国ワシントン州のポリスアカデミーで〈画像提供:桐生正幸氏〉

──犯行現場の痕跡から犯人像を描き出す手法を編み出したのですね。


桐生 はい。
英国でも「鉄道強姦魔事件」をきっかけに、1980年代から犯罪者プロファイリングが活用されています。英国の場合は犯行の場面や地域、犯人の職業など、過去の犯罪を統計学的に処理し、犯人の行動や次の犯行地点の予測などに応用しているようです。

ちなみに英国では「捜査心理学」という新しい学問領域が築かれ、目撃者に対する面接や被疑者に関する取調べ手法、犯罪者の地理的行動などさまざまな研究が実施されています。

──日本ではいつ頃から?


 

桐生 組織的な研究に取り組むきっかけとなったのは、1988年から89年に掛けて首都圏で発生した連続幼女誘拐殺人事件です。

──ああ、あの残虐な事件ですね。女児が誘拐され、「今田勇子」名で犯行声明が新聞社に送り付けられたり、被害者の遺骨が無惨にも遺族に送り付けられたりした・・・。

ただ、当時マスメディアを介して、さまざまな犯人像が伝えられましたが、結局どれも当っていなかったように思います。

桐生 はい。なにしろ、それまでは統計的なデータがありませんでしたので。

そのため警察庁科学警察研究所が公式に犯罪者プロファイリングの研究を開始しました。殺人や連続放火、年少者誘拐、わいせつ、人質立てこもりなどの基礎的研究を行なったのです。

以降、都道府県警察の科学捜査研究所でも、窃盗や放火、性犯罪、ストーキング、強盗などの類型研究や、犯人の住居がありそうな地域を推測するといった地理的プロファイリングの研究、犯行予測の研究等が実施され、現場においても活用されているんですよ。

──なるほど。すでにさまざまな場面で実践されているんですね。
ただ、一般的な報道等ではあまり「プロファイリングでこう解決した」とはいわれていないようですが・・・。

桐生 ええ。私は犯罪者プロファイリングはあくまでも捜査の一支援であると考えています。

メディア等の影響で、従来の捜査手法に代わり、犯人個人を特定する捜査手法だと誤解されていることも多いようですが、あくまでも犯罪者プロファイリングは「可能性の高い犯人像と犯人の生活拠点」を提示するにとどまるものではないでしょうか。

 

事件データ分析で、連続放火事件を早期解決

──差し支えなければ、どのように犯罪者プロファイリングが活用されているか、お話いただけないでしょうか。


 

桐生 はい。私は山形県警科学捜査研究所に在籍していた際、過去の放火事件をもとに「放火」の犯人像について分類・分析しました。

その結果、連続放火では、前歴を持つ無職の男性が不満の発散のために火を付けるといった犯人像が想定されるが、同一場所への連続放火の場合は、「女性」や「恨み」による犯行も想定すべきと導き出したことで、ある事件の早期解決につながりました。

統計的手法を用いて分析した放火犯の分類と特徴を示す図。桐生正幸氏は、放火犯を多変量解析を行ない、「間接的−建造物タイプ」「非就寝時間−建造物タイプ」「直接的−建造物タイプ」「直接的−非建造物タイプ」の4タイプの検出に成功した
統計的手法を用いて分析した放火犯の分類と特徴を示す図。桐生正幸氏は、放火犯を多変量解析を行ない、「間接的−建造物タイプ」「非就寝時間−建造物タイプ」「直接的−建造物タイプ」「直接的−非建造物タイプ」の4タイプの検出に成功した

その事件の犯人は女性だったのですが、それまで「連続放火」の捜査現場では、男性を中心に容疑者の洗い出しが行なわれていたのです。

──捜査員の経験や勘に頼っていた犯罪捜査が、犯罪者プロファイリングによって、科学的、客観的に行なうことができるようになったということですね。

 

犯罪者プロファイリングを、地域防犯に活かす

──ところで先生は、どのようなきっかけでこの道に入られたのですか?


 

桐生 もともと大学で心理学を専攻していたのですが、心理学の仕事となると、実際のところ、公務員くらいしかないんです。

それで、児童相談所かどこかに就職できたら、なんて思って試験を受けていたのですが、選考が進んでいくうちにだんだん警察の制服を着た人が多くなって・・・、募集要項をよく見直してみたら警察本部だったんです(笑)。

でも、やってみると大変おもしろい。社会一般的に「現場は宝の山」なんてよくいわれていますが、犯罪捜査においてもそれが当てはまるんです。現場で得たものを研究し、研究を現場に返す。現場が本当に大好きでした。

とはいえ、人生は一度きり。別の仕事もしてみたいと、ちょうどお話をいただいたこともあって、今は大学で研究をしています。

──そうだったのですか。とはいえ、大学では現場の情報は得られませんね。

関西国際大学の学生と作成した防犯絵本『にゃん にゃん にゃんたとコウノトリ』。関西国際大学ホームページ(http://www.kuins.ac.jp/
関西国際大学の学生と作成した防犯絵本『にゃん にゃん にゃんたとコウノトリ』。関西国際大学ホームページ(http://www.kuins.ac.jp/
kuinsHP/extension/gendaigp/pdf/h18_
bousaiehon.pdf)でも見ることができる〈画像提供:桐生正幸氏〉

桐生 ええ。ただ、努力次第では、地方自治体のデータをお借りするなど、間接的だけれども、周辺のデータを集めて研究を進めることもできるんですよね。

──例えば?

桐生 現在、保護者の携帯メールなどに「不審者情報」などを送信するといった取組みがありますが、ただ「不審者がどこどこに発生しました」と情報を流すだけではなく、犯罪者プロファイリングを応用して、次はどういった地点が危険なのか、どのような対策をとればいいのかなど、情報を意味付けられるプログラミングの開発・研究も、今後やりたいと考えているんです。

 

住民による防犯のフィールドワーク風景〈画像提供:桐生正幸氏〉
住民による防犯のフィールドワーク風景〈画像提供:桐生正幸氏〉

──子どもを犯罪から守る「こども110番」などの活動などともリンクできそうですね。

桐生 そうですよね。

子どもはたとえ防犯ブザーを持っていて、「知らない人に声を掛けられても無視しなさい」といわれそれを守っていたとしても、悪意のある大人が本気で子どもを陥れようとしたら、どうやっても自分で身を守ることができません。

桐生正幸氏が作成した『地域防犯活動プログラムの手引き』

桐生正幸氏が作成した『地域防犯活動プログラムの手引き』

やはり地域の大人が子どもをきちんと守っていかなくてはいけないし、子どもにとっても地域の大人が自分達を守ってくれているという安心感、ひいては人間への信頼感を持ってもらいたいのです。

米国シアトル市内に貼り出されている地域防犯のポスター。地域住民の目があることを示している〈画像提供:桐生正幸氏〉
米国シアトル市内に貼り出されている地域防犯のポスター。地域住民の目があることを示している〈画像提供:桐生正幸氏〉

──確かに。

物騒な世の中になり、「安全」「安心」への関心が高まる中、先生にはますますご活躍いただきたいと思います。

本日は、どうもありがとうございました。



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