こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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怪談や心霊現象の大半は 過労や夜ふかし・朝寝型の不規則な生活が原因ですね。

怪談・心霊現象を解明する

明治大学法学部心理学講師 川崎市麻生保健所所長

中村 希明 氏

なかむら まれあき

中村 希明

1932年福岡県生れ。慶応義塾大学大学院医学研究科を卒業。専攻は精神医学。国立久里浜病院、川崎市立精神保健センター所長を経て、現在明治大学法学部心理学講師、川崎市麻生保健所所長、川崎市立井田病院精神科部長を務める。またアルコール症治療専門医として知られている。医学博士。著書に、中村氏が収集した怪談の事例をもとに人間の心を分析した『怪談の科学―幽霊はなぜ現れる』(88年、講談社)、『怪談の科学PART2』(89年、講談社)、『アルコール症・治療読本』(82年、星和書店)他多数。最新著書に『酒飲みの心理学―楽しい酒、上手な酒の飲み方』(1992年、講談社)がある。

1992年11月号掲載


「金縛り」は入眠直後のレム期に起こる

──「心理学」とひと口に言っても非常に範囲が広いと思います。先生のご専門はどういう分野ですか。

中村 おっしゃる通り、心理学というのは、神経生理といわれる分野から精神分析の分野まで幅の広い学問です。私はもともと、脳波を記録する神経生理の方から入りまして、テンカンの診療などを行なっていました。その後180度転向して精神分析を学ぶようになりました。

──「神経生理」というのは自然科学的な分野で、心理学の中でもハードの部分と言えますね。

中村 そうですね。若い学生さんなんかは「心理学」というと人文科学の精神分析などをイメージしているようで、実際に科目をとってみてがっかりする。千葉大学の望月衛教授は皮肉混じりに「心理学という学問は知らない前には親しみを、知ってからは当惑を与える学問である」と言っていますが、まさに複雑・広範な学問であるわけです。

──ところで先生は、神経生理学的な見方から怪談や心霊現象等がある程度解明できる、証明できるとおっしゃっていますね。

中村 ええ。かなりのものが神経生理学的に説明できるようになってきています。

──今日はその辺のお話をお聞きしたいと思います。例えば「金縛りにあった」とよく聞きますが・・・。

中村 旅行なんかに行ってなかなか眠れない、うなされる、身体を動かそうとしても動けない、叫ぼうとしても声が出ない、というような状態のことですね。これはもうかなり細かくはっきり分ってきています。

──分りやすく説明していただけますか。

中村 まず、人間には睡眠のリズムを調整している「体内時計」というものがありまして、たとえ真っ暗なトンネルの中で生活していても、夜になればだいたい決った時間に眠気が来て朝方には覚醒するようになっています。つまり睡眠は、この体内時計の内部リズムと、昼夜の明暗がつくる外部リズムとの調整によって正確に維持されているわけです。

「レム期」という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、正常な状態での睡眠では、入眠してから90分以後にレム期が現れ、ノンレム期とレム期を何度か繰り返すわけです。また、明け方になるにつれレム期の持続時間は長くなります。

──「レム期」というのは、どういう状態を言うんでしょう。

中村 レム(REM)というのは「Rapid Eye Movement」の頭文字をとった言葉です。レム期には、言葉の通り「急激な眼球運動」が起こり、同時に筋緊張が落ち、心臓の鼓動が高まり、呼吸曲線が乱れるなどの複雑な自律神経系の変化が起こるんです。夢はこのレム期に見ているということが実験等で明確になっています。

普通、このレム期というのは、入眠して90分以上たたないと来ない、つまり寝入りばなには来ません。しかし、海外旅行や出張などで時差があったり、夜ふかし・朝寝型の生活をしていたり、また寝苦しい夏など、レムの出現しやすい朝方に就寝すると、いきなりレムが現れることがあります。これをS・O・REM(スリープ・オンセット・レム=入眠直後に現れるレム期)と言いまして、先ほど申しましたように、筋緊張は極端に落ちてコントロールはきかないのですが、意識の方はまだ完全に寝入ってませんから「金縛り」の状態になるわけです。


科学では解明できない乃木将軍の体験

──金縛りの時、幽霊を見たという人もいますが・・・。

中村 睡眠リズムの乱れに過労や不安、緊張、恐怖心等が加わって、幻覚を見るものと思われます。

──なるほど。分ってくるとほっとしますね。

中村 ところが、ちょっと例外もあるんです。これはあの有名な乃木将軍が体験した話ですが、彼がまだ二十代の頃金沢に出張をしたのだそうです。その時宿泊したのが、当時としては珍しい木造3階建ての旧家で、見晴らしがいいだろうと思い、老女中に3階に床をとるよう命じたのですが、なぜか2階にしかとらない。たぶんふとんを引っ張り上げるのが面倒臭いからやらないんだろうと思い、ある晩強く命じたら、女中はしぶしぶ3階に床をとったんですが、乃木将軍が寝ようと思うと何者かが部屋に入って来る気配がするんだそうです。女の人の声がして蚊帳の上から将軍の耳のあたりに顔を近づけようとするので、はね起きて見ると誰もいない。また寝つこうとすると同じ事が起こり、一晩中眠れなかった。次の晩もそうだった。そしてその次の晩になると、何も言わないのに女中が2階に床をとり「3階ではお休みになれないようですから2階にとりました」と見透かしたような顔をして言ったそうです。その時は、不思議なこともあるものだと思って、特にいわくを尋ねたりもしなかったのだけれど、ずっと後になって、例の3階の部屋が、先代の頃不義を働いた妾を柱にくくり付けて干ぼしにして殺した部屋であるとわかったそうです。

この話の場合、乃木将軍は事前にこの宿にまつわる話を全く知らなかったわけですから、度胸試しに「開かずの間」に泊まるような予期不安はなかったわけですし、また旅先の睡眠の乱れからS・O・REMを起こしたものと解釈しようとしても、2階では何でもないのに、なぜ3階だけで2晩続けて起こったのかが、説明できないんです。

──必ずしも科学だけで解明できない部分もあるということですね。


刺激の少ない運転が招く「高速道路催眠現象」 

──そうすると、よく車を運転していてトンネルで幽霊を見たとか聞きますが、ああいうのは何なんでしょう。

中村 「高速道路催眠現象(ハイウェイ・ヒプノーシス)」と言えると思います。これは、車という狭い空間に一人閉じ込められて行動が制限される環境で、行けども行けども変化のないハイウェイの景色が目の前に展開する、という視覚刺激の単調さが長時間繰り返されるような環境で起こるのです。ハンドル操作のまったくいらない、だだっ広いハイウェイを運転していると、その単調さ、刺激の少なさからドライバーは眠気を催してくる。そのまま運転を続けていると、人間の大脳は慣性化(慣れ)を起こして、入力する感覚刺激量の低下を招き、大脳を覚醒状態に保っておくことが次第に困難になってくる。次第に注意力が低下し、意識できる範囲が狭まる。方向や時間の感覚が失われて夢の中にいるような感じになり、頭の中にはしきりに空想がわき上がり、それが現実のイメージとなって鮮やかに見えてくる、といった特異な精神状態、一種の催眠状態に陥る。そして幻覚、すなわち幽霊を見るというわけです。これがさらに進むと、ドライバーはついに睡魔に負けて眠り込み大事故を起こすのです。

──幽霊が幻覚だとして、何で出てくるのはいつも若い女性なんでしょう。

中村 そこだけは分らないんですが、同じ見るなら年寄りより若い女性の方がいい、という願望かもしれませんね。(笑)


濃霧の幻覚の中でひき逃げをしてしまった医師

中村 この高速道路催眠現象では怖い話がありまして、20年くらい前にK氏という婦人科医が自身の体験をある医師会誌に投稿しているんです。ダッジの出物を100万円で買ったK氏は、ある朝早くその車で往診に出かけます。K氏の文によれば「ごたごたした町中を出て野原の真中をまっすぐに突き抜けているバイパスを走っていった。途中は対向車1台だけというすいた道で、この世はまるで私のためだけにあるような朝であった。しばらく行くと急に霧が立ちこめだし、みるみる濃くなって視界が10メートルくらいになってしまった。速度を落として走って行くとやがてその霧も晴れ、再びもとの清々しい朝に返った」というストーリーなんですが、実はK氏はこの間に農婦をはねている。

──本人は気付いてないんですか。

中村 そうなんです。しかし、目撃者もおり、車にも血痕、凹みなど証拠が残っていたわけで、結局は本人もひき逃げを認めざるを得なかったんです。

──これも高速道路催眠現象というわけですね。

中村 ええ。どういうことかと申しますと、まず、早朝まだ身体が完全な覚醒状態になっていない時に対向車もないまっすぐな道を走っていたため、感覚刺激量の低下から意識水準の低下が進んでいった。「霧が立ちこめだし、すぐ濃霧になってしまった」というのは、すでにこの時催眠状態に陥っていたのです。ちなみにその朝はこの地域では霧は発生していない。「速度を落として走っていたら、霧が晴れてきた」というくだりは、まさに眠りに入る寸前、道路にいた農婦をはねた衝撃で「再びもとの清々しい朝に返った」、すなわちK氏の意識が次第にはっきりとしたということにほかなりません。車が重量の重い外車だったこともあり、衝突のショックも比較的軽くて事故を認識できなかったんです。

──不幸な事故ですね。

先生はそういう事例も含めて怪談や心霊現象なんかをたくさん収集・研究していらっしゃると思うんですが、やはり疲れ、寝不足の人にそうした体験が多いんでしょうか。

中村 そうですね。やはり過労、不規則な生活、飲み過ぎなどが原因でしょうね。芸能人がわりと金縛りにあうのも当然なことで、夜ふかし、朝寝の不規則な生活、それに旅も多いですからね。12時頃までに寝れば、まあだいたい大丈夫ですよ。お酒もある程度は気分転換とか、頭休めになりますけど、度が過ぎれば精神的にも肉体的にも有害です。

──分りました。気をつけます(笑)。本日は楽しいお話をありがとうございました。


近況報告

※中村希明先生はご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)


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