こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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日本の大学病院で初めての『アンチエイジング』外来。 目的は、寝たきりを予防し、健康寿命を延すことです。

寝たきりを予防する「アンチエイジング」

京都大学医学部附属病院老年内科助教

近藤 祥司 氏

こんどう ひろし

近藤 祥司

1967年大阪市生れ。92年京都大学医学部卒業。医師免許取得。同大学医学部附属病院老年内科入局。93年より静岡県島田市民病院で循環器内科中心に内科研修。95年より、京都大学理学部生物物理・柳田充弘教授のもとで、細胞周期の研究に取り組む。2001年よりロンドン大学とイギリスガン研究所で細胞老化と解糖系代謝の研究に従事。05年帰国し、京都大学医学部附属病院老年内科に復帰。06年同病院内に日本初のアンチエイジング外来および同教室を開設。現在、同病院老年内科助教、日本抗加齢医学会評議員および日本基礎老化学会評議員。アンチエイジング医療実践とともに、解糖系代謝に基づいた老化研究を進めている。著書に『老化はなぜ進むのか』(講談社)。

2010年6月号掲載


老化とは「死にやすくなること」

──先生は老化に関する研究で大変ご著名であり、日本の大学病院では初となる、アンチエイジング(老化防止)の専門外来を2006年から始められたそうですね。

多くの方が、「老化したくない」とアンチエイジングに励んでいますが、一口に老化といっても、体の機能が衰える現象は人によってまちまちです。そもそも老化に定義というものはあるのでしょうか。

近藤 一番古い定義では、「死にやすくなること」とされています。つまり、加齢とともに内臓の機能が低下するなど、病気に掛かりやすくなり、結果、死にやすくなるということです。これは現象を示していますが、その原因を探るため、1960年代から老化研究が始まりました。

アンチエイジング外来では、骨粗鬆症と動脈硬化をターゲットに予防医学を実践している。骨粗鬆症と動脈硬化という別々の疾患を同時に診察して、死亡原因と寝たきり原因のギャップを埋める役割が期待されている〈資料提供:近藤祥司氏〉
アンチエイジング外来では、骨粗鬆症と動脈硬化をターゲットに予防医学を実践している。骨粗鬆症と動脈硬化という別々の疾患を同時に診察して、死亡原因と寝たきり原因のギャップを埋める役割が期待されている〈資料提供:近藤祥司氏〉

──先生はなぜ、アンチエイジングというものに取り組まれているのでしょうか。

近藤 医大生の頃は、神経に関する研究をやりたいと漠然と思っていました。しかし、その後、細胞周期、細胞老化へと研究対象が変っていき、次第に老化研究にのめり込むようになったんです。

老化研究こそ、これからの高齢者医療と生命科学の新しい接点になると思い、この分野に取り組んでいます。

──老化研究というと、具体的にはどういったことをされているのですか。


近藤 まずは老化の原因の究明と、それを防止するための対策です。

原因については昔から研究されていて、体の中に酸化ストレスが溜まると老化しやすいとか、遺伝子の異常によって引き起こされるなど、さまざまな仮説があります。最近では、続々と老化に関与する遺伝子が見付かって、研究は急速に進みつつあるんですよ。

──老化防止については、先生が先駆的な研究をされていると伺いましたが?

近藤 はい。活性酸素が細胞の働きを低下させるということはご存知だと思いますが、私は体内の活性酸素を減らして、老化を防止しようという研究をしています。
現在、活性酸素の除去を促す薬の開発にも取り組んでいますが、まだ有効なアンチエイジング薬の開発には至っていません。

 

「生きがい」を持つことが老化防止に

──ところで、なぜ人はいずれ死ぬのに、アンチエイジングが必要なのでしょうか。

近藤 確かに年をとって老いていくのは仕方がないことです。でも、最後まで寝たきりにならずに、生き生きと自分の好きなことをして暮らすことを、誰しもが望んでいます。つまり、寝たきりを予防する医療を、アンチエイジングと捉えているのです。

死亡原因の多くは内臓疾患である一方、寝たきり原因の多くは運動器疾患であるため、死亡原因に対する予防医学のみでは、今後寝たきりが増加する恐れがある<資料提供:近藤祥司氏>
死亡原因の多くは内臓疾患である一方、寝たきり原因の多くは運動器疾患であるため、死亡原因に対する予防医学のみでは、今後寝たきりが増加する恐れがある〈資料提供:近藤祥司氏〉

──なるほど。美容やシワ取りなど、一般的にいわれているアンチエイジングとは、意味が違うわけですね。

高齢者が元気でいるためには、生きがいが大事だと思うのですが、生きがいを持つことも、寝たきりを予防する方法の一つとして挙げられるのではないでしょうか。

近藤 おっしゃる通りです。趣味や仕事、家庭など、人によって異なるものの、生きがいを持つ人は、やはり病気になりにくいですね。百寿者といわれる100歳を超える方々を観察すると、皆さん生き生きとされています。

日本は、世界でも有数の長寿国ですが、平均寿命から寝たきり期間を差し引いた健康寿命をみると、6〜7年短くなります。つまり、平均6〜7年は寝たきりや入院の期間がある。この寝たきりの期間をなくして、健康寿命を延長すること、これが現実的なアンチエイジングの目標となっているわけです。

──単に寿命を延すのではなくて、できる限り寝たきりにならない健康寿命の延長が求められているわけですね。寝たきり予防のための医療としては、具体的にどのようなものがあるのですか。



近藤 寝たきりになる原因は、脳卒中と骨折・転倒が圧倒的に多い。ですから、血管年齢や骨年齢の測定によって、疾患の早期発見と治療に努めています。死亡原因と寝たきり原因の両方をターゲットとした予防医学が、これからは必要なんです。患者さんには、予防治療が重要だということを、繰り返し説明して啓蒙しています。また、アンチエイジングについて理解していただくために、無料で市民教室も開いているのですが、高齢者の方程関心が高く、何度も聞きにくる方がいるんですよ。

──私もいつまでも元気に暮らしていきたいと思うのですが、日頃から気を付けておくべきことは何でしょうか。



近藤 老化を抑制する方法として、腹八分目説というのがあります。これは、カロリーを制限すると、老化しにくくなるというものです。実際にマウスの実験でも、寿命が延びることが証明されていて、ここ数年の研究では、カロリー制限すると、長寿遺伝子が活性化されて長寿につながるということが明らかになってきました。

──昔からいわれてる通り、ほどほどが良いんですね。

 

老いを忌み嫌う必要は全くない

──製薬会社でも老化防止をうたった薬をいろいろと開発していますが、先生からご覧になって、いかがですか?

近藤 老化により不足したものを補うという発想の薬は、市販でもたくさん出ていますが、今のところ必ず効くというものはありません。

例えば、成長ホルモンや女性ホルモンは若返りの薬として流行りましたが、確かに体は活性化するものの、副作用があって危険なことが分りました。現在は、副作用のない薬の開発が進められています。

──近い将来に確実なアンチエイジング薬が実現する可能性は・・・。


近藤 まだまだ先になると思います。というのも、老化研究は、実験でマウスが老化するのに2年、サルなら20年も待たなければならないので証明が非常に難しい。それでも、最近は徐々にメカニズムが解明されてきているので、10年後くらいには実現できるかもしれませんね。

──楽しみにしております。

ところで、現代社会では、老いに直面することを避けたり、認めなかったり、まるで老いることが悪であるかのような風潮がありますが、加齢とともに、さまざまな経験を積んで、人間本来のゆとりを持つことができたり、良いこともありますよね。

近藤 はい。年をとって初めて得られる境地というものがあります。

若い時には気付きませんでしたが、精神の老化と肉体の老化、二つあった時に、肉体の老化を経験して初めて精神が新しい境地に達する。こうした経験は、年配の方にしか味わえない、若い方には絶対に到達できない極みだと思います。

寝たきり予防の重要さを啓蒙するため、アンチエイジング教室を無料で開催している<写真提供:近藤祥司氏
寝たきり予防の重要さを啓蒙するため、アンチエイジング教室を無料で開催している〈写真提供:近藤祥司氏〉

──さらに医療が進んだら、日本人はもっと寿命が延びるだろうといわれています。高齢化・長寿化によって、今後ますます老化研究に注目が集まりそうですね。

近藤 老化研究の他にも、さまざまな周辺分野の研究も進んでいるので、アンチエイジング外来の普及のためにも、これらと合流して、さらなる研究に取り組んでいきたいと思います。

──肉体は衰えても精神はいつまでも若くありたいものです。
本日はありがとうございました。

 


近著紹介
『老化はなぜ進むのか』(講談社)
『老化という生存戦略−進化におけるトレードオフ』(日本評論社)

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