こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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顎関節症は、運動不足や姿勢・ストレスなどからくる 「生活習慣病」なんです。

生活習慣が引き起こす顎関節症

日本歯科大学付属病院 顎関節症診療センター・センター長

丸茂 義二 氏

まるも よしつぐ

丸茂 義二

まるも よしつぐ 1954年、群馬県生れ。80年日本歯科大学卒業、同大学大学院歯学研究科補綴学専攻。日本歯科大学補綴学教室第二講座助手、日本歯科大学付属歯科専門学校講師、日本歯科大学補綴学教室講師、東邦歯科医療専門学校講師を経て、2001年より現職。初代センター長となる。歯学博士。研究テーマは、「咬合が全身に及ぼす関係」「全身が咬合に及ぼす関係」「顎関節症の治療」「歯周疾患の成り立ちと治療」「機能的総義歯の制作」。日本補綴歯科学会、顎関節学会、アジア顎機能障害者学会、米国咬合学会、米国補綴学会など所属学会多数。

2003年7月号掲載


20代女性だけでなく、中学生・男性の割合も増加

──最近、若い人の間で顎(あご)の異常を訴える『顎(がく)関節症』が増えているという話を聞きます。これまでは歯並びや噛み合せが原因とされてきたそうですが、先生はそこからさらに進んで、生活習慣にも原因があるといわれており、学会等でも大変反響を呼んでいると伺っております。本日は、その辺のお話についていろいろとお伺いしたいと思っておりますが、まずは、顎関節症とはそもそもどういう病気なのか、そこからお伺いしたいと思います。

丸茂 具体的には顎が痛い、口を開けると音がする、口が開かない、この3つの症状を指します。
おっしゃる通り、従来は歯並びや噛み合せの悪さがその原因とされており、歯や顎の骨の形を整える治療がされてきました。しかし、実は原因はそれだけではなくて、骨格や筋肉のバランスの悪さ、神経の麻痺、それにストレスなどの精神面も影響しているのです。そしてその根本的な原因が、間違った生活習慣にあるのです。

●姿勢の良い子
●姿勢の良い子
●姿勢の悪い子   姿勢の良い子と悪い子の口腔内。姿勢の悪い子の歯列は不正で、顎運動も問題がある(写真提供:丸茂義二氏)
●姿勢の悪い子 姿勢の良い子と悪い子の口腔内。姿勢の悪い子の歯列は不正で、顎運動も問題がある
(写真提供:丸茂義二氏)

──具体的にはどんな生活習慣がいけないのですか?

丸茂 運動不足や運動過剰、姿勢の悪さ、咀嚼の癖などいろいろです。高い枕で寝る、足を組む、寝ながらテレビを見るといった生活態度もそうした中に含まれます。さらには、嫌な仕事を我慢してやっているといったストレスなどもあります。

──つまり、人間の自然の姿から外れた行動や癖ということですね。でも、そういうことは、なかなか本人は気が付かないものです。

丸茂 ええ。私達のところへ診療に来て初めて皆さん気が付かれるんです。
例えば、ある患者さんの場合、見るからに引きこもりがちの雰囲気があり、顎の動きを調べても運動不足からくる症状を感じました。そこで、早速病院の中をあちこち歩いてもらったら、戻ってきた時には口が随分と開いたんです。40代の主婦の方だったのですが、話を聞いてみると、結婚して家に閉じこもり気味の生活をしていたようです。
それから毎日外を歩いてもらうようにしたら、外見にも気を使うようになって、次にお見えになった時は見違えるようになっていました。もちろん、顎の動きもほとんど正常に戻っていましたよ。

──歩いたことで運動にもなり、精神的にも癒されるという効果があったのですね。他にはどういうケースが多いのですか?

丸茂 よくあるのは、ハイヒールを履いた女性の事例です。ヒールの高い靴を履くと背中が反った姿勢になり、背中の筋肉が緊張してしまうのが原因です。ヒールを履く習慣を無くしただけで治った人はたくさんいますよ。

──なるほど。ところで、最初にお話したように、私の周りにも顎関節症と診断された人が何人かいるのですが、本当に患者さんは増えているんですか?

丸茂 確かに数は増えていますが、その全てが本当に顎関節症かというと難しいところです。というのは、歯医者さんの知識や経験不足から、歯の不具合を何でも顎関節症のせいにして、噛み合せの矯正道具(スプリント)を使ったりするケースがあるからです。

──それは間違った診療なんですね。でも、そういったケースを差し引いても、患者の数は増えているようですが、具体的にはどういう層に増えているのですか?

丸茂 20代の女性が圧倒的に多いですね。これは昔から同じです。ただ最近では、中学生や50代の患者さんも増えています。中学生の場合は部活動による運動のし過ぎ、50代はストレスや入れ歯が合ないというのが主な原因です。

左が顎関節症の初診者年齢分布図。人口分布と比較しても、20代の割合が多いのが分かる
人口分布と比較しても、20代の割合が多いのが分かる

また、男女比でいうと以前は女性が8割強を占めていたのですが、最近は男性の患者さんが増えてきています。これは男性の筋力が落ちてきているということもありますし、若い男性の生活スタイルが女性化しているというのも原因ではないかと思います。

──顎関節症は単に顎だけの問題ではない、背景が複雑な病気なんですね。


発想のベースには東洋医学の影響が

──それにしても、なぜ先生は顎関節症が生活習慣からくるものだと気付かれたのですか?こういっては何ですが、先程おっしゃったように、歯医者さんとしては、顎の調子が悪ければ何はともあれ噛み合せの治療を行なうのが普通かと思うのですが…。

丸茂 長く診療を続けていると、歯並びや噛み合せを整えても治らない患者さんにたくさん出会います。事実、歯科的治療で治る患者さんは45%で、残りの55%の人は治らないという統計もあるのですが、そういう患者さん達を診ているうちに、特にこれといった治療をしていない人が自然に治ったり、「枕を変えたら調子が良くなった」「運動をするようになったら治った」などというケースに、たくさん出会ったのです。
そこで、顎関節症には歯並びや噛み合せ以外にも生活習慣が大きく関係しているのではないかと考えるようになり、患者さんの生活状態を詳しく聞き取り、いろんなデータを分析した結果、分ってきたというわけです。

──コロンブスの卵ではないですが、「気が付く」ということは大変難しいことですよね。そういった着眼は、医学だけではなく私達の分野でも大変参考になるのですが、さしつかえなければ、ぜひ先生の発想や思考についてお聞かせくださいませんか。

丸茂 そんなたいそうなことではありませんよ。私としては、ごく自然な流れなんです。でも、しいていえば、私の育った環境のおかげかもしれませんね。

──といいますと?

丸茂 私の両親は内科の医者で、家に医学関係の本がたくさんありました。中には東洋医学の本も置いてあって、小さい頃からそれらを読むのが好きだったんです。今思えば、歯科教育を受ける前に、医学全般の教育を自然と受けていたんですね。おかげで物事の周囲や全体を見るという考え方が身に付きました。特に東洋医学の考え方が、とても大きな影響を持っていますね。

──東洋医学の考え方とはどういうものですか?

丸茂 例えば、甘いものを食べたら虫歯になるように、「こういう生活をすればこういう病気になる」といった、統計と分析、そして経験を元にしたものです。
病気の発生を式で考えると、分母は体(宿主)の抵抗性、分子は病原の有害性で表すことができるのですが、病気になった時に分子をやっつけるのが西洋医学で、分母を鍛えようというのが東洋医学です。

──顎関節症の治療でいうと、分子がスプリントなどの歯科的治療、分母が生活習慣の改善ということですね。

丸茂 その通りです。

東洋医学と西洋医学、この2つの概念があったおかげで、自然とこういう発想になったように思います。

──「木を見て森を見ず」ではなく、木を見て、根を見て、土を見て、そして森全体を見渡す目が大事だということですね。

丸茂 そういうことですね。ちなみに、顎関節症は放っておいたら自然治癒力で約70%治るという統計もあるのですが、この数字から見ても、宿主を鍛えた方が効率が良いといえます。

──では、顎関節症の治療においては分母が大事で、分子はそれほど大切ではないということですか?

丸茂 いえいえ、そうではありません。歯科的治療と生活習慣の改善、この両方が揃うことが大事なのです。


これからも歯と生活習慣との関わりを研究

──これまでのお話で、生活習慣が歯や顎に及ぼす影響はとてもよく分りました。歯科教育にとっても大変重要な分野だと思いますが、先生は診療の合間を縫って、講演や講義にと、全国を飛び回っていらっしゃるようですね。

丸茂 学会での発表や研修医の教育に参加したりと、日々啓蒙活動に励んでいます。

スプリントなどの歯科的治療における、間違った治療例。スプリントで顎関節症が治る割合は45%という(写真提供:丸茂義二氏)
スプリントなどの歯科的治療における、間違った治療例。スプリントで顎関節症が治る割合は45%という
(写真提供:丸茂義二氏)

──今後も顎関節症の専門家として、ますますのご活躍を期待していますが、今後のご研究のテーマは?

丸茂 実は、もうそろそろ顎関節症の専門家は卒業したいなと思っているんです。

──といいますと?

丸茂 噛み合せの専門家として、歯のかぶせ物(クラウン)の理想型を追求していきたいと思っています。
本当にいいクラウンは、入れたとたんに「なんて気持ちがいいんだろう」となるはずなんですが、ほとんどの患者さんは「どうですか?」と聞くと「大丈夫です」と答えます。「大丈夫です」というのは、もうこれ以上いじられたくない、このくらいだったら我慢できるだろう、という気持ちの裏返しなんですよね。

──よくお分りで(笑)。

丸茂 私は「大丈夫」ではなく、「すごく気持ちが良くて、物もたくさん食べられる、味も美味しく感じる」と、ここまでいわせるくらい満足いくものを追求していきたいなと思っています。
でも、いくら良い物を作ろうとしても、患者さんの体が悪ければやっぱりダメなんです。そういう意味では、これからも歯と生活習慣との関わりを研究していくことになりますね。

──なるほど。本日は大変勉強になりました。これを機会に、私も生活習慣を見直そうと思います。どうもありがとうございました。



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