こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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時代の変化とともに急増する新たな心の病。 精神科外来を通して、見えてくる現代社会とは…。

現代社会と心の病

防衛医科大学校精神科教授

野村 総一郎 氏

のむら そういちろう

野村 総一郎

1949年、広島県生れ。74年、慶應義塾大学医学部卒業。米国留学などを経て、88年、藤田学園保健衛生大学精神科助教授、93年、立川共済病院神経科部長、同年同病院内にMPUシステムを整備。97年より現職に。医学博士。主な著書に『うつ病の動物モデル』(84年、海鳴社)、『うつ病を知る−軽症化の時代に』(93年、日本アクセル・シュプリンガー出版)、『もう「うつ」にはなりたくない』(96年、星和書店)、『「心の悩み」の精神医学』(98年、PHP研究所)、共著に『ウツの気分とつきあう方法』(94年、河出書房新社)など多数。

2002年3月号掲載


精神医学の大幅な進歩に伴い多軸的診断の方向へ

──深刻化する青少年犯罪の問題や、マスコミなどでも取り上げられている「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」、「ひきこもり」など、最近、心の病が非常に話題を集めています。先生のご著書『「心の悩み」の精神医学』を読ませていただいたのですが、まるで現代を別の切り口から見ているような感を覚えました。

その一方で、私がこれまで抱いていた精神の病や医学のイメージとは、随分と様子が変ってきているような気がしますが…。

野村 近年、精神医学は大幅に進歩し、世間で思われているよりも、精神科医がずっと役に立つ存在になってきたんですよ(笑)。かつては医学界内からも、「精神医学は学問としては面白いけれど、治療ということになるとちょっと…」などといわれていましたからね。

──いえいえ、私は昔から社会に貢献している医学だと認識しておりました(笑)。

変った、というのは、具体的にはどのように?

野村 一言でいえば、学問的な進歩と医療システムの整備がうまく噛み合った結果、とでもいいましょうか…。

まず、神経医学や脳科学の大幅な進歩により、脳内物質のコントロールが可能になり、薬も変りました。また、診断技術、計測技術の発達や、ITの発達も随分と精神医学の進歩に影響を及ぼしているんですよ。

──心の治療発展の陰に、科学ありというわけですか。

野村 ところが一方で、面談などを重視する日本の伝統的心理療法が現在、欧米などでも再評価され始めたんですよ。

──進歩しながらも、反面、過去の治療法が見直されている…?

野村 これまでは心理学的見地か、それとも精神医学か、どちらかに偏ることが多かったのです。しかし現在では、これらを2本立てでやっていこうという考えが広まりつつあります。多軸的に患者に向き合うことで、精神医学の治療力も随分高まっているんですよ。

──さまざまな治療法が共存できるとは!ここが他の医学とは違うところですね。

精神の病に対する人の意識なども変りつつあるんでしょうか。

野村 もちろんです。1995年に精神保健福祉法が施行され、精神障害者をケアするシステム整備が急速に進んだこともあって、以前に比べると、随分人権意識が高まってきました。


心の病にかからず現代社会を生き抜く秘訣とは?

──ところで、心の病のパターンも以前とは随分変ってきているように思うのですが…。

野村 顕著な例でいえば、「うつ病」が増えて、「対人恐怖症」や「赤面症」などの症状が減っています。

──増える病気がある一方で、減っている病気がある…。その理由は?

野村 現代は現代なりに、昔は昔なりに、社会情勢や世相とともに人々の悩みも違ってきますからね。かつて「社会」は、絶対的存在でした。だから、「社会に適合したい、だけどできないかもしれない、どうしよう」と悩む人が多かった。そういった悩みが対人恐怖症の要因となったわけです。

それに対し、現代は原理原則が喪失しており、いったい何を基準にすれば良いのかさえ見えてこない時代です。私が実感しているところでは、「過渡期の時代の混乱」とでもいいましょうか…。となれば、人の悩みも昔とは変ってきますよ。

──確かに現代は、規範も何もあったものではない、自由や個性を重んじる世の中ですからね。

【うつ病】1日中気分がふさぎ込み、何をやってもつまらない、喜びを感じないため、通常の生活を送ることが困難となる。このような状態が毎日、2週間以上続く場合を「うつ病」という。食欲減退、睡眠障害、イライラするなどの副症状が多く当てはまるほど疑いの度合いは深まる。苦しんでいる様子は、周囲の目からも明らかだが、穂隠忍は気が付いておらず、右図
【うつ病】1日中気分がふさぎ込み、何をやってもつまらない、喜びを感じないため、通常の生活を送ることが困難となる。このような状態が毎日、2週間以上続く場合を「うつ病」という。食欲減退、睡眠障害、イライラするなどの副症状が多く当てはまるほど疑いの度合いは深まる。苦しんでいる様子は、周囲の目からも明らかだが、本人は気が付いておらず、右図のようにだんだんと「うつ」がエスカレートしていく(もう「うつ」にはなりたくない鍵』より)。

野村 自由で選択肢の多い社会も、裏を返せば、みんな自信をなくし、自分の生き方に迷いが生じているというわけです。

しかし、そうはいっても、心の病は時代とともに形を変えているだけで、なくなることはない、というのも事実です。うつ病、摂食障害、ひきこもりなんていう症状が、年齢や社会的立場に関係なく急増しているのが現代です。

──なるほど。いつの時代にも心の悩み、病は付いてまわるものなのですね。

特に、現代の「心の病」の要因として注目されるのは?

野村 最近は、何かと国際化が叫ばれていますよね。これなどは、相当ストレスに感じている方が多いのです。協調性や奥ゆかしさなどを美とする日本的秩序の中で生きてきた人間が、自分の意見をはっきりいいなさい!なんて、西欧的な意識をいきなり求められたら、かなりのギャップに苦しむと思いませんか?

──確かに、国際化や機構改革というと、まず従来の良さを否定するところから始まります。中高年にうつ病が増えているというのは、このあたりにも大きな要因がありそうですね。

【パニック障害】特定の行動をきっかけに、動悸や呼吸困難、吐き気などの発作を1か月以上何回も繰り返す。身体の病気の兆候はなく、その症状は、人間が不安になった時に起こる生理現象そのものといえる。心理的な葛藤を自身で意識していない、生真面目な性格の人に見られやすい。
【パニック障害】特定の行動をきっかけに、動悸や呼吸困難、吐き気などの発作を1か月以上何回も繰り返す。身体の病気の兆候はなく、その症状は、人間が不安になった時に起こる生理現象そのものといえる。心理的な葛藤を自身で意識していない、生真面目な性格の人に見られやすい。

野村 それから、これは多くの症状にいえることですが、心の悩みが生じた時に、克服しようとがんばり過ぎてしまったり、物事を深刻に受け止め過ぎてしまう人などは注意していただきたいですね。真面目な人ほど、深刻化する傾向がありますから。

──がんばるのも、程々にしなければなりませんね。

野村 ですがその一方で、「我慢する」「耐える」ことも心の悩みを克服するためには必要なんです。とにかく現代は、総体的に豊かで平和ですからね。それに伴って、つらいことに耐える力が落ちてしまっているようです。これも、心の悩みを増長させる要因です。

──忍耐、我慢は、必要だけれど、やり過ぎないように…ということですね。

ところで、最近よくマスコミなどでも取り上げられるようになったPTSDなどは、日常起こりえないショックにより心に後遺症が残ってしまう病気ですよね。これは、現代と昔では変ってきているのでしょうか。

野村 PTSDが認知されるようになったのは、アメリカではベトナム戦争後、日本では阪神・淡路大震災後と、他の病に比べると最近のことです。

──昔はなかったのですか? 戦国時代や太平洋戦争当時などの方が、多いような気がするのですが…。

野村 おっしゃる通り、大変興味深いところですね。

確かに昔の人々も、災害や衝撃的な場面を目の当りにすることはありました。しかし、実のところ太平洋戦争当時のそうした症例を集めてみたら、想像していたよりも全然少なかったのです。

【PTSD】死ぬかもしれないような危険に遭遇、または目撃後に、似たような状況においてパニック発作、記憶のよみがえりなどが起き、睡眠障害、無気力、外出恐怖症などの症状に発展する。CISは、救援者の、PTSDといわれており、大規模災害や悲惨な事件現場で活動した消防隊員や救援隊員が、被災者や被害者と同様の心理的衝撃を受け、睡眠障害や集中力低下などのストレス反応を起こす。NYテロや新宿歌舞伎町火災などの際に話題となった。
【PTSD】死ぬかもしれないような危険に遭遇、または目撃後に、似たような状況においてパニック発作、記憶のよみがえりなどが起き、睡眠障害、無気力、外出恐怖症などの症状に発展する。CISは、救援者の、PTSDといわれており、大規模災害や悲惨な事件現場で活動した消防隊員や救援隊員が、被災者や被害者と同様の心理的衝撃を受け、睡眠障害や集中力低下などのストレス反応を起こす。NYテロや新宿歌舞伎町火災などの際に話題となった。

──それは意外ですね。

野村 PTSDでは、衝撃、ショックばかりに目が行きがちですが、実は日常というものの違いだと私は推測しています。先程もお話ししましたが、現代の日本はとても平和です。例えば同じ日本でも、戦国時代に生きた人と私達とでは、危機に対する意識は全然違うと思いませんか?

──なるほど。なんだか現代そのものが、心の病の温床のように思えてきました。

野村 そんなこと、おっしゃらないでください(笑)。

──ところで、現代を生きる我々が、心の病にかからないための予防策などはあるのでしょうか?

野村 最近は、ちょっと憂うつになると、すぐに専門家を訪れる方が多いんです。もちろん我々としては嬉しい風潮ですが、一方で、もう少し自分で悩みを引き受けることも大事ではないかと思う部分もあります。

例えば昔は、地域の人々とのコミュニケーションなんかも今より活発でしたから、そこで解消されてきた悩みも結構あるんですよ。


切り離すことができない心と身体

──ところで、先生が始められた「心の悩み外来」は、名称も親しみやすく、精神医学への垣根を感じさせません。このように先生は、精神医学発展のために画期的な取組みをされていらっしゃいます。中でも、東京都郊外の病院に整備された「MPU」というシステムは、日本初の取組みだとか?

野村 すでに、アメリカでは随分整備されているもので、医学的な見地から心身ともに入院患者をケアするというシステムです。

──例えば、一つのところで内科と精神科の治療を受けられるとか?

野村 そうです。総合臨床医とでもいったら良いのでしょうか。例えば、癌と診断されてからうつ病になってしまったりとか、摂食障害の治療中に他の病気にかかってしまったりなど、身体と心のつながりは密接です。その意味でも、身体管理、心の管理は完全に分けることができないのです。

──「それは○○科でないと分らないなぁ」なんてことがなくなるのですね(笑)。患者さんにとっては、随分安心感が増すのではないでしょうか。早急に全国で整備が進むといいですね。

野村 近く、茨城で2番目となる病院が開業すると聞いています。またその他にも、あちこちで整備されつつあるようです。総合臨床医の育成も急がねばなりません。

──ますますお忙しくなりそうですね。その他、今後の抱負などお聞かせいただけますか?

野村 今、防衛医大に勤務しておりますが、自衛隊員のPTSDやCISなどのストレス障害に対し、予防も含めて、治療法やシステム整備を急がなくてはならない、というのが一番の課題です。

それから研究者としては、うつ病の病体の解明、治療法をもっと確固としたものにしたいですね。

──昔に比べ、ストレスが多様化している現代。精神医学に求められるニーズは、ますます増えてくると思います。我々としても努力をする一方で、先生方が進めてくださる研究やシステムの整備、構築に期待を強くしております。ご苦労が多いとは思いますが、ますますのご尽力をお願いします。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『「心の悩み」の精神医学』(PHP研究所)

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