こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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ウィルスや細菌等を退治するための免疫反応が 場違いなところで過剰に起こるのがアレルギーなんです。

アレルギーのメカニズム

東京医科歯科大学医学部教授

矢田 純一 氏

やた じゅんいち

矢田 純一

1934東京生まれ。59年東京大学医学部卒業。専攻は臨床免疫学、小児科学。著書に「免疫−−からだを護る不思議なしくみ」(87年、東京化学同人)、「初学者のための免疫学問答」(92年、中外医学社)、「リンパ球の免疫生物学」(93年、同)、「アレルギー」(94年、岩波新書−写真)がある。

1995年7月号掲載


身体に有害でないのに追い出されるスギ花粉

──先生は、免疫やアレルギーについての研究がご専門ですが、アレルギーと聞くと、私は「花粉症」なんかがまず頭に浮かびます。他にはどんなものがありますか。

矢田 身近な例では、魚を食べたり蕎麦を食べたりしてじんま疹が出るとか、漆を触ってかぶれる、蚊に刺されて皮膚が赤く腫れる、牛乳を飲むと下痢をする、猫に近づくと喘息が起きる、というようなものがあります。ペニシリンショックも有名です。

──そもそもアレルギーとは何なんでしょうか。

矢田 アレルギーは「免疫反応が結果として身体に危害を与えてしまった状態」と定義されています。

──免疫反応とはどういう仕組みなんですか。

矢田 簡単に言うと、身体に何か異物(抗原)が侵入してきた時、それに対抗する物質(抗体)ができたり細胞が働いたりして、その異物を退治しようとすることです。そして次に同じものが入ってきた時には、すでに作られている抗体等が直ちに働いてすぐにそれを排除し、病気が起こる前にそれを防げるようになるんです。

──麻疹(はしか)なんかに一度かかると、もう二度とかからなくなるというようなことを「免疫ができた」なんて言いますね。

矢田 ええ、もともと免疫というのは、そういうふうに悪いウイルスや細菌が身体に入ってきた時にそれを退治するのが目的でできているわけです。しかし入ってきたものが身体に害を与えるものなのか、害のないものなのかまでは知恵が回らないんですね(笑)。例えばスギ花粉が鼻の粘膜にくっついただけで、くしゃみをして吹き飛ばそう、鼻水を出して洗い流そう、鼻づまりを起こして奥へ入ってこないようにしようという免疫の働きが起きます。確かにそういう反応は花粉の追い出しに有効かもしれませんが、しかし、花粉が鼻の粘膜に付いたからって、特別害があるわけではないでしょう?放っておいてもいつか自然に排出されてしまうんです。何も大慌てで過剰な反応を起こすことはないんです。そのように、もともとは身体を護ろうという善意に端を発した行為が、場違いで、しかも過剰なものであるため、身体にむしろ危害を及ぼすようになってしまう、つまり、本来は侵入者から身体を護るべき免疫が、侵入者との反応でかえって身体に害を与えるような結果もたらしてしまう。これがアレルギーなんです。

──敵味方の区別なく、とにかく退治してしまおうとするんですね。それで自分も痛手を負ってしまう。


過剰な防衛体制が症状を重くしていく

──ところで、花粉症にしても、ペニシリンショックや蕎麦アレルギーにしても、最初からアレルギーになるわけではなくて、何度目かに突然症状が出たり、また、回を重ねるごとに症状が悪化していくということがありますが・・・。

矢田 先程申しましたように、一回目に外敵が入ってきた時には、まだそれに対する準備状態が整っていなくて、そこで初めて抗体等を作って防衛体勢を整えるわけです。ですから、最初の時はあまり大したことは起こらない。しかし、2度目に同じ外敵が侵入してくると、前回準備された部隊がすぐ動員されるようになっているので大きな反応が生じます。外敵の侵入が繰り返されると、だんだんその準備が過剰になっていくんです。それで、2度目より3度目の方がアレルギーがひどくなるということになるんです。

──それって、人間関係をにも当てはまりますね(笑)。

不思議なのは、アレルギーになる人とならない人がいるということ、それと、同じ人でも、あるものに対してはアレルギー症状が出るのに別のものには出ない、ということがありますね。

矢田 それはアレルギーという病気の特徴と言えると思います。つまり、花粉症になる人とならない人がいるとか、蕎麦を食べるとじんま疹の出る人が魚や牛乳は平気、というように、特定のものにだけアレルギー症状が出るといった具合ですね。

その理由は、ある抗原に対抗する抗体というのは決まっているためです。麻疹に対してできた免疫は、水疱瘡(みずぼうそう)には効かないというのもそういうわけです。だからあるものに対する免疫反応がアレルギーを起こしたとしても、他のものにアレルギーを起こすとは限らないのです。そして、あるものでアレルギーが起こる人というのは、その特定の抗原に対する抗体をつくりやすい体質を持っているのです。


体内にはレディメイドの抗体が1億個

──抗原に対する抗体が決まっているとおっしゃいましたが、抗体というのは、異物が体内に入ってきた時に作られるものではないんですか。

矢田 実は、われわれの体内にはもともとレディメイドで一億くらいの抗体をつくる準備がされていて、たいていの抗原には対応できるようになっているんです。抗原が入ってきてから、それに合わせて抗体をつくっていたのでは時間がかかりすぎますし、数限りない種類の抗原に対して、ひとつずつそれに対応する抗体を作るというのは大変なことです。というのも、抗原と抗体の関係というのは鍵と鍵穴の関係にたとえられるくらい非常に厳密でして、言ってみればマンツーマンの関係だからです。ですからオーダーメイドは不可能で、体内に抗原が入ってきますと、レディメイドの機械ですぐさまそれに対する抗体を大量生産するのです。そして2度目からは生産機械の数も増えているので、抗体がもっとたくさん生産されて、一挙に対応できるようになるというシステムです。

──われわれの身体って、本当に不思議ですね。

アレルギーは現代病だとも言われますが、やはり昔の人より多いんでしょうか。

矢田 昔の人はあまり病院に行かなかったので、正確な数字は分かりませんが、いろいろな面からみて、増えているらしいとは思います。現代人の2−3割は何らかのアレルギーを持っているだろうと言われています。原因として数々のことが考えられますが、代表的なのはまず、食生活の変化、特に欧米化です。アレルギーを起こす原因になる抗原のことをはアレルゲンと言いますが、牛乳、卵、肉類、大豆等はアレルゲンになりやすい食品なんです。食品添加物等の影響も見逃せないですね。

住宅構造の変化も一因です。マンション生活をする人が多くなりましたが、日本のように高温多湿の環境の中、気密性の高い部屋で、しかもカーペットや絨毯を敷いて暮らすという生活は、ダニにとって大変快適な状況です。そのダニをやほこりが有力なアレルゲンになるのです。スギ花粉については、戦後の植林政策による影響が大きいですね。


予防の基本は、アレルゲンを身体に入れないこと

──アレルギーにならないための予防法というのはあるんでしょうか。

矢田 基本的には、アレルゲンが身体に入ってこないようにすることです。単純に言えば、スギ花粉アレルギーの人はスギ花粉を身体に入れない、特定の食物でじんま疹が出る人はそれを食べない、ということになります。ですからアレルギー症状の出ている人は、早めにその原因を見つけて、それを防ぐ努力をするということです。

──まずアレルゲンを見つけることですね。

矢田 季節と関係なくくしゃみや鼻水の発作が出たり、喘息を起こしたりしている人は、家のほこりやダニ、あるいはペットの毛やフケが原因になっている場合があります。家にいる時はなんともないのに職場に行くと症状が出るという人がいますが、これは職場で扱っているものがアレルゲンになっている可能性があります。こういう状況分析だけでは不確実な場合は、皮膚検査、血液検査、さらには実際にアレルゲンを体内に入れての誘発テスト等の方法もあります。

ただ、アレルゲンの侵入とは全く関係なくアレルギーと同じ症状を起こす人もいるんです。

例えば、排気ガスの刺激で喘息の発作を起こす、冷たい空気に触れただけで鼻水が出、くしゃみを繰り返す、お風呂に入るとじんま疹が出る、さらにはいやな上役と顔を合わせると喘息の発作が起きてしまうという人までいます(笑)。もっと言えば、アレルギー症状を起こしている人が、そのうち他の原因でも同じ症状が出やすくなってしまうということがあります。こういったケースは、免疫反応という考え方だけでは説明できません。

──治療法については研究が進んでいるんでしょうか。

矢田 免疫学の進歩によって、アレルギーについてもかなりいろいろなことが分かってきていますが、単にアレルゲンの侵入と発病という関係では説明できない部分もあり、治療法に関してはまだ十分とはいきません。また、大気汚染、食品添加物、精神的ストレスのもとになる社会環境をどうするか等、医学だけでは解決できない問題も多く関与していますから、まだまだ難しい分野ですね。

──行政、企業をはじめ、社会全体が取り組まなくてはならない問題ですね。勉強になりました。ありがとうございました。


近況報告

2000年4月より実践女子大学に転属(学部および学科は生活科学部食生活学科)。


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