こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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私は世界でただ一人の「サイエンス・ナビゲーター」。 数学の面白さ、感動を、多くの人に伝えたい!

「数学大国日本」の未来を救う

東京工業大学世界文明センターフェロー

桜井 進 氏

さくらい すすむ

桜井 進

1968年山形県生れ。東京工業大学理学部数学科、同大大学院社会理工学研究科価値システム専攻卒業。在学中から塾講師として教壇に立ちながら、身近なものや数学者の人間ドラマを通して、数学の楽しさや美しさを伝える「サイエンスエンターテイメント」活動を展開。2000年より全国各地で数学のロマンをナビゲートしている。著書に、『雪月花の数学』(祥伝社)、『感動する!数学』(海竜社)、『天才たちが愛した美しい数式』『和算式計算ドリル』(ともにPHP研究所)、『江戸の数学教科書』(集英社)、『インド式計算暗算ドリル』(宝島社)、『数学のリアル』(東京書籍)、『数学で美人になる』(マガジンハウス)、『2112年9月3日、ドラえもんは本当に誕生する!』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。

2010年12月号掲載


こんなに面白い学問なのに、なぜ、数学は嫌われる?


──先生のご著書『感動する! 数学』『雪月花の数学』などを読ませていただきました。正直、難しい個所もありましたが、全体的には大変面白くて、興味深く拝読いたしました。

ところで、先生は現在「サイエンス・ナビゲーター」として活動されていますが、初めて聞く変った肩書きですね。

桜井 これは私が考えた呼称です。「サイエンス」(科学)と付けましたが、実は中身は数学。「数学」というと逃げてしまう人が多いからです。「数学という切り口で科学にアプローチしていく」という意味で捉えていただければよろしいかと思います。

──先生の他にも「サイエンス・ナビゲーター」はいらっしゃるのですか?

桜井 いえ、世界で私ひとりだと思います(笑)。

──で、具体的にはどのような活動をされているのですか?

桜井 1997年頃から、全国各地で講演活動をしています。講演といっても、ただ話をするのではなく、映像や音響を使って小学生からお年寄りまで誰でも楽しめて体験できるよう演出しているんです。「数学エンターテイメントショー」とでもいいましょうか・・・。

──なぜそのような活動を?

桜井 「数学」というのは本当はとても面白い学問なんですが、先程もいいましたように、世の中には数学嫌いな人が多い。私は学生時代、塾の講師をしていた時にそれを痛切に感じました。その原因は何かというと、学校での数学の教え方に問題があるんです。いきなり方程式等を教えられ、ただ計算を覚えればいいというやり方ですよね。特に、受験のための数学というのが、若い人達を数学嫌いにさせる原因になっている。正確には、数学を続けようとは思わなくなるということです。

そこで、もっと数学が楽しくなり、続けられるような教え方をしたいと考えるようになったのです。

──なるほど、私自身の経験もあり、よく分ります。


桜井 そもそも数学とは、文字通り「数の学問」ですが、私達にとってとても身近なものなんです。家や職場、普段乗っている電車の中にも数字がいたるところにありますし、皆さんが使っているコンピュータだって数学の論理で成り立っているのはご存じの通りです。実は数学は私達の生活の中にしっかりと浸透していて、とても役に立っているのです。

──確かに数学はとても身近で、私達にとってなくてはならないものですね。

音楽や芸術などと違い、数学は国境を越えて普遍

桜井 しかも、皆さん気付いていないかもしれませんが、実は私達は生来「数」というものが好きなんです。小さい子どもを見てください。数を覚えるようになると、ごく自然に周りのものの数を数えたり、同じものを足したりしていませんか。子どもの時はなんの抵抗もなく、むしろ面白がっています。「数を感じている」ともいえます。

──そういえば、どこの国でも数のオモチャがあったり、カード遊びがあったりしますね。

桜井 人間には生れながらに「視覚」「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」の「五感」というのがありますが、私は「数覚」というのもあるのではないかと思っている程です。それなのに、成長するに連れて数学が嫌いになっていくというのは、本当に残念です。

もっというと、数学は、音楽や芸術などと違い、国や民族、人種、宗教等により価値が変るということはない。例えば、2500年前にできたピタゴラスの定理(直角三角形の三辺の長さa、b、cの間に成り立つa2+b2=c2)は絶対的な真理であり、時を経ても朽ち果てることはないでしょう?

──ああ、確かに。数学だけは国境を越えて普遍ですね。素晴らしいなあ。

ところで、ちょっと話がそれますが、それ程に社会の役に立っている割には、数学で特許を取っているものってないですよね。

桜井 数学というのは、自然の定理を発見する学問であり、発見された定理は人類共有の財産です。つまり発見であり発明ではないので特許を与えることができないのです。

もっとも、そもそも数学者というのは、「真理」を発見・追求することを無上の喜びとするのであり、金儲けとかに捉われない、誇り高い気持ちを持っているともいえると思います。

──なるほど。先生のおっしゃる数学の面白さ、感動の原点が分ってきたような気がします。

桜井 ありがとうございます。

だから、少しでも多くの人達に数学を好きになってもらえるようにしたい。まずは、数を「感じ」てもらって、そこから「考える」ようになってもらいたい。それが私の「サイエンス・ナビゲーター」としての活動の目的です。

昔の数学者の苦労話に感動で涙を流す聴講者も

──先生のご講演では、具体的にどんなことを教えておられるのですか?

 


桜井 私のショーでは、例えば、どういう学者が、どういう時代に、どういう状況の中でこの公式を発見したのか、どんな苦労があったのかなど、映像を見せながら語ります。涙を流しながら聞いてくださる方もいます。

人間が美と調和を感じる最も美しい比率「黄金比」はご存知ですよね。

──例の「1対1・61・・・」という長方形の比率ですね。

■西洋の美を象徴する黄金比【5:8=1:1.6】

ミロのヴィーナスとアングルの泉の黄金比
パルテノン神殿の黄金比
ミロのヴィーナス(上左)やアングルの『泉』(上右)、パルテノン神殿等、いたるところに使われている<写真提供:桜井 進氏>

桜井 はい。その比率は誰が見ても美しいと感じる万国共通の美のバランスなんですが、それが「ミロのヴィーナス」や「パルテノン神殿」、エジプトのピラミッドにも使われている。身近なところでは名刺などにもこの比率が使われているというような話もそうした物語に織り込んで語っていくと、皆さんものすごく関心を持って聞いてくれます。

ついでにいうと、「白銀比」といって、日本の建築物などに代表されるな安定比(1対√2)の話もします。

──A判とかB判とかのコピー用紙などにも使われているあの比率ですね。

■機能的で安定感のある白銀比[1:√2]

白銀比
A判の用紙に代表される比率で、半分に折り続けていっても常に同じ比率が続く

桜井 そうです。半分に折り続けていっても常に横と縦の比が1対√2という永遠の相似を繰り返すというものです。これも興味深いでしょう?

また、無限に続く円周率(π)の小数点以下の数字の中には、どこかに必ずあなたの生年月日、クレジット番号、保険証番号、電話番号が入っているという話もします。

■無限に続く円周率(π)の数字

無限に続く円周率
現在は100万ケタまで解明されたが、小数点以下の数字のどこかに必ず、あなたの生年月日が・・・

──え、それは本当ですか?


桜井 簡単にいうと、数の並びが無限ですから、当然組合せも無限にある。だからどこかに存在するんです。

また、日本古来の和算では、なんと江戸時代、西洋をしのぐ数学を説いていたという話などをすると、「数学って面白いなあ」、「数学が好きになった!」、「数学がやりたくてしょうがない」などといってくださる方もいます。

──素晴らしい活動ですね。今のお話をお聞きしただけで、私もこれまでより数学に興味がわいてきた感じがします。先生の目指している感動する数学というのは、そういうことなんですね。私も今度聴講にうかがいたくなりました。

もともと数学好きな日本人。次世代を育てることが私の役割と・・・

──今後はどのような活動を?

桜井 これまでは高校生から始まって、各地の小学生、さらには小学校の先生等の大人にも講演をしてきましたが、つくづく思うのは、数学は少しでも小さい頃からやった方がいいということです。頭が柔らかいうちの方が素晴らしい能力を伸ばすことができますから、これからは、数字を覚えたばかりの幼稚園児くらいの子ども達に、数学の面白さを教えていきたいと思っています。

──それはぜひ、お願いしたいです。

桜井 もともと日本人は、数学好きな国民です。優秀な数学者も数多くいるし、数字や数学を利用したものづくりでは世界一です。また、数学を教える先生も大変多い。「数学大国」といえると思います。

しかし、先生方の教え方に問題があります。このままの教育では、日本の数学の将来は危ういでしょう。だから、次の世代を作っていくことが、私に与えられた重要な役割だと思っています。

──数学好きな若者が増えていけば、数学大国の復興にもつながるでしょう。ますますのご活躍を期待しています。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『雪月花』の数学(祥伝社)

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