こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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人間が「宇宙は一体だ」と自覚できるかどうかが 地球文明の分かれ目になると思います。

超大型加速器で素粒子を調べる

東京都立大学理学部教授

広瀬 立成 氏

ひろせ たちしげ

広瀬 立成

1938年愛知県生まれ。67年東京工業大学大学院博士課程修了。東京大学原始核研究所を経て、71年東京都立大学に移り、現職。理学博士。ハイデルベルク大学やセルンとの共同研究を通じて、素粒子物理学の実験研究に従事している。著書に『モノポール』『反物質の世界』(講談社)、『現代物理への招待』(培風館)、『自然のたまねぎ構造―宇宙・物質・生命の階層』など多数。

1991年3月号掲載


ミクロの世界を探るには高エネルギーが必要

—— 私たちは宇宙という極大な世界、逆にミクロの極微の世界、そして生命の3つを別個のものとして、それぞれをとても重要な問題と考えています。ところが、先生のご著書を読ませていただきますと、それらはそもそも一つの同じものから出てきたということで、非常に驚いたのですが−−。そのことを理解するために、まず初めに、先生のご専門とされる「高エネルギー物理学」とはどんな学問なのかお伺いしたいのですが・・・。

広瀬 私たち人間は自然の産物で、自然から生まれてきた存在ですから、自然とまったく遊離して人間社会を考えることはできません。そもそも、私たちの現実の世界ができたこと自体が、いくつもの連続と不連続の壁を乗り越えて、小さな世界からやってきているわけです。ですから、ギリシャ時代以来、人類の長い歴史の中の一つの夢であり、自然科額の中でも最先端の課題というのは、物質の究極的な姿とは何かということなのです。十七、八世紀頃から、それは分子だとか原子だとか、いろいろ言われてきたわけですが、実は原子の真ん中に原子核というものがあり、その中に陽子や中性子などの素粒子がすきまなく詰まっている。では素粒子こそ物質の究極的な要素かというと、その素粒子の中にも、クォークという非常に微少な存在が確認されています。「高エネルギー物理学」の課題は、このような分子、原子、原子核、素粒子、そしてクォークの世界からさらにもう一歩進み、生命の誕生や、宇宙の成り立ちをも含めた、より根源的な自然の階層を明らかにしていこうというものです。

—— よりミクロな世界を探るために、なぜ「高エネルギー」が必要なのですか。

広瀬 日常、私たちが「ものを見る」という場合、太陽の光が対象に当って、そこで反射して、目に入る−−という、3段階のステップをとっているわけです。素粒子のような小さなものを観測する場合も原理は同じです。こちらから何か光に相当するものをぶつけて、そこで相互作用を起こさせ、はね返らせ、それを検出器で観測します。そして、その出て来方を観測して、「ここにはこんな小さなものがある」「固いものがある」、またここで何が起こっているかという情報を得るわけです。ところが、素粒子やクォークというのは、物質の原子の原子核の中の、またその中に・・・という具合に束縛されていますから、それを探るためには非常に速い、強い力で素粒子を加速して、衝突させなければならない。要するに素粒子を観測物にぶつけて、叩き割るわけですから、衝突させる素粒子のエネルギーが高いほど破壊力が大きいのです、これが高エネルギーを必要とする理由です。

—— 実際に、素粒子を加速させる実験はどんな場所でやるのですか。

広瀬 たとえば、スイスのジュネーブ郊外にあるセルン研究所の世界最大級の加速器の例ですと、ジュネーブ空港の下を通って、ジュラ山脈の下の硬い岩盤を突き破る、周囲27キロメートルものスケールです。さらに、今度アメリカで建設開始されることになった超大型加速器は、周囲85キロメートル(笑)、山手線はおろか、環状7号線、8号線もすっぽり入る巨大なものです。


極微、極大な世界、生命には密接な結び付きが

—— 想像しただけでも、気が遠くなりそうですね、ところで、こうして物質の究極の姿を探っていくことで、何がハッキリしてくるのですか。

広瀬 自然界というものは、物ごとが密接に関連して、かつまたその中で独特の法則が階層的に重なり合っているということです。もう少し概念的に言いますと、結局世の中というものは、連続と不連続の絡み合いだろうと思います。

例えば素粒子の世界で言いますと、素粒子の世界には、素粒子を支配する物理法則があるわけです。今度は素粒子の一つ上の原子核や原子の階層に行きますと、そこでもまたその世界を支配している法則がある。だからと言って、ではそれはまったく別の世界かと言うと、そうではない。この間には、ある種の相互作用があるのです。

ところで、こうして物質の小さな世界から大きな世界へ組み上げ、自然界の階段を一段ずつ上がっていき、地球の階層から太陽系の階層、銀河系の階層へと進んでいくと、最後に、銀河系のはるかな先、宇宙の果てはどうなっているのか、その外に何があるのかということが問題になってきます。

これは実は、150億年前の宇宙のでき方、開びゃくの原点を解明しないとどうにもならない。

—— 終わりを知るためには、始まりを知らなければならない、ということですね。

広瀬 宇宙というものは、爆発して膨張している「ビックバン宇宙」という考え方で説明できるといわれていますが、銀河から来る光を全部観測すると、銀河はたがいにどんどん遠ざかっている。つまり、時間を逆にずっと縮めていくと、150臆年前には1点に集中してしまいます。

最終的には現在何千、何百万、何億、何兆とある太陽などを構成する一番基本的要素クォークが開びゃくの時点では宇宙に充満しているはずですから、高エネルギー物理学によって、クォークの性質が分かれば、宇宙の時間ゼロの原点の様子が分かることになります。さらに、このような議論をおし進めてゆくと、物質形成の最先端にある生命体や遺伝子の誕生についても手がかりがつかめるはずです。結局、一番ミクロの極微の世界と、極大な世界、そして生命は実は密接に結び付いているということです。

—— 私たちが子供の頃の科学というと、地学なら地学、化学なら化学とバラバラに分かれていたような記憶があります。でも先生のお話を伺っていると、すべてが総合的に全部つながっているということですね。

広瀬 そうですね。現代はまさにボーダレスの世界だと言われていますが、自然科学においても、ボーダレスというのは何十年も前にわれわれが直接体験し、そういうことで学問を進めてきているんです。例えば人間の体だって、病気を診断するときには、咽喉科、内科、外科といった具合に各パートで分かれています。現代医学は実際にそういうことでずいぶん成功してきたわけです。人間を分析的に見ていくのです。

しかしながら今や例えばノイローゼなどというのは、どこにあるのか、どこをのぞいても分からない。心の病気とか、高齢化に伴う成人病などというのは、あらゆるものが関連してくるんです。

医学の世界においても、科学の世界においても、西洋合理主義の分析的な見方が、もう一度、総合的な観点から見直されないといけないのではないか。そういうトレンドが今世界的にあると思います。

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科学の発達と人間の進化の間の格差が問題

—— ところで、先生のご著書を拝見していて、ちょっと心配になったのですが、宇宙の大爆発から現在までの150億年を1年に縮めた「宇宙カレンダー」で言うと、最後の1秒位で急激に変わってしまったということですね。ところが、科学の発達に比べると、人間そのものの基本的な遺伝子だけはほとんど進化がない・・・と。

広瀬 そういうことです。人間の遺伝子はネアンデルタール人時代からまったく変わっていません。

例えば恋愛とか愛情というものは、2000年前も同じでなないかと思います。むしろ紫式部が恋愛していた時代の方が、現代の私たちよりもっと進んでいたんじゃないでしょうか。「源氏物語」などを読んでいても、今よりも、もっとこまやかな心遣いや情の世界がありますよね。

—— 恋愛はもとより、政治でも、ローマ元老院の頃と今やっていることは、ちっとも変わっていませんね。

広瀬 ところが、近代科学はあまりにも短時間のうちに爆発的な発達をとげてしまい、物質の世界を大きく変えてしまった。科学の発達と、人間が本来持っている人間性・精神世界との間に、ものすごい大きな格差が開いてしまったのです。

私は、これは、非常に問題だと思うのです。この地球というのは、一定の気候や水に恵まれるなど、数えきれないほどの偶然的な要素がプラス、プラスと、幸運に作用して奇跡的につくられたものです。それなのに、例えば現在アマゾンで行われている森林の伐採では、1日に四国の面積分の木が消滅しているというのですから、そのようなことを100年も続けていたら地球上は炭酸ガスだらけになって、しまいには廃虚になってしまうのではないかという気がします。

—— 人間の遺伝子を組み替えるわけにはいきませんから、今後は知識とか文明としてそれを理解できるかということですね。

広瀬 果たして人間がそこを本当によく理解して、地球あるいは宇宙は一体なんだという気持ちになるかならないかが、われわれ地球文明の分かれ目になると思います。

—— 何兆個あるか分からない星の中で、わが地球だけが、超偶然で、やっとここまで生き延びているということですよね。こういうことを勉強することによって、今生きていることの素晴らしさやありがたさをあらためて考えさせられる気がします。今日は、どうもありがとうございました。


近況報告

1997年、NHKブックスより『複雑系としての経済』発刊。


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