こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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平安時代の女性は自立していて元気印。 現代女性ももうちょっと自信を持って 魅力的になってほしいですね。

平安女性は強くて元気

実践女子大学文学部国文学科教授

山口 仲美 氏

やまぐち なかみ

山口 仲美

1943年静岡県生れ。お茶の水女子大学卒業、東京大学大学院修了。文学博士。共立女子短期大学助教授、明海大学教授を経て、現在、実践女子大学教授。古典の文体、擬音語・擬態語の史的推移、ネーミング等に関する研究に従事。NHKテレビ「生きている言葉」、NHK教育テレビ「古典への招待」「現代ジャーナル・日本語」等の講師も務めた。著書に『平安文学の文体の研究』(84年、明治書院)、『命名の言語学』(85年、東海大学出版会)、『生きている言葉』(87年、講談社)『ちんちん千鳥のなく声は』(89年、大修館書店)、『平安朝“元気印”列伝「今昔物語」の女たち』(92年、丸善ライブラリー)等がある。現在産経新聞に『古典往来』を連載中(月1回)。

1994年11月号掲載


『今昔物語』の魅力は表現方法のおもしろさ

──先生の書かれた、「平安朝“元気印”列伝」を読ませていただき、『今昔物語』って、こんなにおもしろい話だったのかと驚きました。テンポもいいし、現代の小説を読んでいるみたいに身近に感じました。

山口 ありがとうございます。そうおっしゃっていただけるのが、一番うれしいんです。

自分で言うのは恥ずかしいんですけど、あの本は、一章一章、論文で書いてもいいくらい、新しいことをたくさん盛り込みました。でも、論文として世に出すよりも、古典の魅力をもっとたくさんの人たちに分かってもらえたらと思って、あんなふうなクダケた形の本にしました。

──実は、あの本に書かれている話の他にももっといろいろおもしろい説話が読みたいなと思いまして、注釈付の『今昔物語』を買ったんです。訳文を読んだんですけれど、意味は分かるんですが、一つはパンチがないというか、ドキドキしない、引き込まれていかないんです。やはり、先生にあの手法で書いてもらわないといけないな、と思いました。

山口 あの本を読んでくださった方は、皆さんそうされるようです。すると、ちっともおもしろくないと…(笑)。

そういう意味では、私なりに原典の魅力をできるだけ多くの方に分かってもらいたいと思って書いた甲斐がありました。『今昔』の説話は全部で1,040あるんでずか、ただそのままを平易に解説していってもおもしろくない。やはり一つひとつの話にはポイントがあるわけですから、その話の持ち味が最大限生かされるようなアプローチ方法で切り込んでみたんです。

──先生にとって『今昔物語』の魅力、おもしろさって何ですか。

山口 表現方法がなんといってもすごいですね。本の中でも紹介しましたが、私たちが想像もできないような表現がたくさん出て来るんです。

例えば「歯より汗出づ」。「歯から汗が出る」という意味ですが、迫力ありますよね。歯から汗なんか出っこない。でも、出っこない歯から冷や汗がタラーリと出るんです。どうしてよいか分からずに途方に暮れている気持ちが生々しく伝わってきます。

「頭(かしら)の毛太りて」もすごい。恐怖感に襲われて髪の毛が逆立った時、普段は意識したことがない髪の毛の存在を突然感じるので、まるで髪の毛が太くなったような気がするという意味です。

──ゾクッとすると鳥肌が立つというのはよく分かりますが、髪の毛も立つんですか。

山口 立つそうです。私も実は最初、その表現はオーバーだと思ったんです。でも、ある時お医者さんに聞いてみたら、それはあり得るということでした。平素の私たちは、立毛筋が神経でコントロールされていて、毛が立たないようにセーブされているんだそうです。

昔の人は今よりももっと感覚的と言いますか、動物に近い部分が残っていますね。ですから、頭に来たり、恐ろしかったりすると、パーッと本当に毛が立ったんじゃないかと思うんです。そういうところを『今昔』は実にリアルに残してくれているんじゃないかと思います。

──なるほど。今の人は使わない表現ですけれど、その様子とか気持ちはよく伝わってくるような気がします。


「イガイガ」は赤ん坊の泣き声

山口 まだまだありますよ。「影の如し」というのは、この時代は、痩せ細っている人、病気等で憔悴している人のことを表す時に使われる表現です。重量感のない感じが共通するんでしょうね。

「笑み曲ぐ」もおもしろい表現です。眉や口を曲げるほどに笑って喜ぶことで、感じが出てるでしょ−

──リアルですね。

山口 「目さすとも知らず暗きに」というのは「一寸先も分からぬ闇の夜に」と訳しますが、誰かがそばに来て目を突き刺しても分からないほど真っ暗だ、という表現なんです。われわれ現代人から見るととても新鮮な言い回しです。電燈のない平安時代の闇っていうのはすごいですからね。

擬音語の中にも、今のわれわれの語感からはちょっと信じがたいものがあります。「イガイガ」なんて、何のことだと思いますか。

──……何ですか。

山口 赤ん坊の泣き声なんです。

──「オギャーオギャー」のことですか。

山口 そうです。「イガーイガー」と音を伸ばしてみると、なんとなく似てるでしょ−(笑)

実は『今昔』は、長い間平安時代の庶民生活を映し出す資料的な価値しか認められていなかった。そういった表現方法についてはあまり論じられていなかった。でも私はそのへんに『今昔』の文学的価値があるとみているんです。

──なるほど。そういう角度から古典文学を研究するのは楽しそうですね。


平安時代の女性は強くて元気

──ところで、『元気印』と先生がタイトルをつけられたように、『今昔物語』に登場する女性というのは、本当に元気で強いですね。

山口 そうなんです。浮気ものの亭主をやっつける奥さんもいれば、臆病ものの亭主を叱咤する奥さんもいる。女の武器を使って仙人の神通力を失わせてしまう美女、お産で死ぬのが不思議でない時代に一人で山奥に入っていって子供を産む女性、男を虜にして泥棒の仲間に引き入れてしまう女、プレイボーイを自称する一人の男を、逆にあの手この手のテクニックで夢中にさせて焦がれ死にさせてしまう女等々。でも、どの女もどっか愛嬌があってオチャメな部分があるのね。

──登場してくる男はだらしないんですけどね(笑)。

山口 いやいや、あの本では一章だけですが、勇ましい男の話も書いてありますよ。今昔の別の話には、たくましい男たちの話も多い。あの本は、元気な女にポイントが絞ってあるんですもの。

──それにしても何で女性があんなに強かったんですか。

山口 社会制度の力が大きいでしょうね。女の家の方の経済力がものをいった時代です。男性は、ある女性が好きになったら、その女の家に通っていくというパターンなんです。女性の家の方で、男の身支度などすべて整えてやることが多い。

離婚も簡単です。愛情がなくなれば自然に解消する。男が来なくなれば離婚なんです。女の方も、新しい男をつくっていい。子供ができれば、女は女の家で両親と一緒に育てますから、不都合はないわけです。

今の婚姻制度に比べると、なんて自由で気楽だと思いませんか。

──男女の形としても自然ですね。だから、平安時代の女性たちは、伸び伸びと生きていられたわれですね。

そういう意味では、平安時代とまでは行きませんが、最近の女性たちも、結婚とか出産とか家事、育児なんかにしばられない、伸び伸びとした生活をする人が増えてきたように思いますが…。

山口 そうですね。やはり、仕事を持って自立した生活を送る人が多くなってきたせいではないでしょうか。経済力って、人間関係を支配するんですね。


話のおもしろい、ウイットに富む女性になろう

山口 生き生きとした魅力的な女性になってもらいたいということかしら。それには、もっと自分を出して、話のおもしろい、ウイットに富む女性になろう、男を退屈させない女になろう、ということですね。ただし、あまり出過ぎては行けませんけど。

──男性にも言えますね。でも、これは結構難しいことですね。

山口  聞き上手でもいいんです。これも重要なことですね。話し上手と聞き上手、どちらかというと、聞き上手の方が難しいんですね。

まだまだ社会の中で男性と十分対等になっているとは言えないけれど、今は女性が社会に出やすくなりました。今後、女性も、男性と一緒になって世の中、社会を支えていこうと思うのであれば、自分たちをどんどんトレーニングしていかなくては男性に対しても社会に対しても申し訳ないと思うんです。もっと自分を磨いて、自分の足で歩くアクティブな魅力を持った女性たちの誕生を望んでいます。

──よく分かります。でも、具体的にどうしたらいいんでしょう。

山口 それにはまず、自分に自信を持つことでしょうね。でも、自信の持ち過ぎも困るわ。一つだけ、これなら自分にはできるというものを持てばいいんですね。いつも自信がなくて黙っているような人は「私なんか」という意識をまず捨てていただきたい。そして、自分をよく見て、自分にできそうなことを探してみる。必ずあるんですね。ほんのちょっとしたことでいいんです。料理づくりならできそう、庭づくりなら大丈夫そうなどと。そして、大事なことは、それを実際にやってみて、少しずつ少しずつ力をたくわえていくことです。それが、自信につながっていくんですね。

そして、一つのことに自信を持つと、不思議なことに輝いて来るんです。そこに魅力が生まれるんです。

──「私は完璧だ」という女性はどうですか。

山口 それはバツ。人間同士の信頼関係ができにくいんですよ。人間同士のふれ合いが生れるのは、不完全な者同士が自分にはないものを相手に求め魅かれていくからですもの。

──女性たちがみんなちょっとずつ自信を持って、魅力的になって来ると男性も幸せだし、世の中も変わってきますね。

これからも、楽しい古典文学をたくさんわれわれに紹介してください。今日は楽しいお話をありがとうございました。


近況報告

1997年、小学館より『山口仲美の言葉の探検』を刊行。1999年2月−7月、中国の北京日本研究センター勤務。埼玉大学教養学部を経て、2008年4月より明治大学国際日本学部に


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