こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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日本で絶滅してしまったオオカミを復活させることで、 自然生態系のバランスを取り戻せるかもしれないんです。

絶滅したオオカミの「復活」が、日本の自然を救う?!

東京農工大学名誉教授

丸山 直樹 氏

まるやま なおき

丸山 直樹

1943年、新潟県生れ。東京農工大学名誉教授。66年、東京農工大学農学部林学科卒業後、新潟県林業試験場勤務を経て、68年、東京農工大学自然保護学講座助手。以来、一貫して野生動物保護の研究に従事。87年、助教授、97年、教授。専門は、自然保護文化論、野生動物保護学。シカの生態、保護、管理を研究するうちに、天敵である野生のオオカミに興味を抱き、1993年に「日本オオカミ協会」を設立、会長に就任し、オオカミ復活プロジェクトを開始。編著書に『オオカミを放つ−森・動物・人のよい関係を求めて』(白水社、2007)、『地球はだれのもの?』(岩波書店、1993)など。

2007年12月号掲載



丸山 はい。1987年、国際狩猟動物研究者会議という国際会議がポーランドで開かれたのですが、その見学旅行で農家が点在するビエスチャディ地方の牧草地に出掛けました。アカシカの群れを観察に行ったのですが、そこでヘラジカを襲う2頭の野生のオオカミを見たのです。


──ほう。そのことがご自身の考えにどのような影響を?


丸山 私はそれまで、シカの研究者でありながら、シカの生息密度と餌植物分布の関係しかみていなかったのです。お恥ずかしいことに、シカの捕食者の存在をすっかり忘れていたのです。さらにいうと、シカは、食べものである植物との関係とともに、捕食者との関係の中でも、進化してきたことを忘れていたのです。


そのとき見た野生のオオカミの姿は、これまでの自分の研究に対する疑問へとつながっていきました。私の研究はうかつだったのではないかと…。

オオカミの復活で 食物連鎖を取り戻せ


──つまり、捕食者であるオオカミとの関係を忘れていたと…。


丸山 そうなんです。


生態系の安定、すなわち食物連鎖の保護は、生態学や保全生物学が教えるイロハのイです。にもかかわらず、私はシカだけをみて、シカを駆除することだけを考えていました。
しかし日本では、捕食者であるオオカミを絶滅に追い込んで、食物連鎖を破壊していた。それが今日のシカをはじめとした、中大型哺乳類の獣害問題の根底にあったことに気付いたのです。


──オオカミを欠いた生態系は、自己調節機能を失ったということですね。


丸山 その通りです。


オオカミが絶滅してからも、これまでは地元の猟銃会などの手によって、害獣となったシカやサル、イノシシの駆除が続けられてきました。しかし、現在、問題が起きている中山間地は、人口が都市部に流出し、超高齢社会を迎えているため活動もままならず、被害が拡大する一方です。これがまた、人口の流出につながり、過疎の連鎖が起きているのが現実です。


そこで、オオカミを復活させることによって、生態系の自己調整機能を取り戻し、自然生態系を維持することができればと考えているのです。
実際、アメリカのイエローストーン国立公園では、増えすぎたエルクジカやバイソンの個体数管理のため、捕食者であるオオカミを放し、失われた自然生態系のバランスを再構築する取り組みがされているのですよ。

(写真上)内蒙古自治区フールンベイル盟の大興安嶺西部の草原-森林推移帯でのオオカミの糞探し風景(1996年6月)。(写真下)オオカミの糞。内容物を調べることにより、何を食べているのか知ることができる<写真提供:丸山直樹氏>

 

(写真上)内蒙古自治区フールンベイル盟の大興安嶺西部の草原-森林推移帯でのオオカミの糞探し風景(1996年6月)。(写真下)オオカミの糞。内容物を調べることにより、何を食べているのか知ることができる<写真提供:丸山直樹氏>

(写真上)内蒙古自治区フールンベイル盟の大興安嶺西部の草原-森林推移帯でのオオカミの糞探し風景(1996年6月)。(写真下)オオカミの糞。内容物を調べることにより、何を食べているのか知ることができる<写真提供:丸山直樹氏>


──なるほど。
そういった目的で「日本オオカミ協会」を設立されたんですね。


丸山 はい。


先程の「赤頭巾」ではないですが、オオカミは物語の中に登場する際、極端な悪役が多く、その生態と反して「残忍」なイメージが定着し、一般化してしまっています。
そこで、「日本オオカミ協会」では、オオカミについての科学的で正しい情報を普及させるほか、自然生態系のバランスを維持するために再びオオカミを導入し、森・オオカミ・人の、良い関係を築きたいと考えているんです。


──なるほど…。オオカミに対するイメージは、ある意味、風評被害のようなものですから、正しく広めるだけでも、大変なことですよね。うまくオオカミを放つことができたとしても、野生動物が何だか理解できていない現代人は、例えば餌付けをしたために、ちょっとした事故が起きたり、また、それをマスコミが「オオカミ襲撃」などと誇大な表現をして取り上げたり…。今後、いろいろな対策が必要になってきそうですね。


いずれにせよ、一度失った生態系を取り戻すには、大変な労力と資金が必要ですよね。とても難しいことだということがよく分かりました。
本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
『オオカミを放つ』(白水社)
近況報告

丸山直樹先生が会長を務める日本オオカミ協会では、シカやイノシシ、サルなどから農林業や自然生態系を守るための署名活動を実施しています。ご協力いただける方は、同協会(pondwolf39※yahoo.co.jp、※を@に変えてください)までお問い合わせください。

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