こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
MENU閉じる

多様な機能が入り混じった港町。 そこには日本の都市を蘇らせるヒントがあります。

水辺や路地が街に活力を与える

法政大学工学部建築学科教授

陣内 秀信 氏

じんない ひでのぶ

陣内 秀信

じんない ひでのぶ 1947年、福岡県生れ。73年−75年、イタリア政府給費留学生として、ヴェネツィア建築大学に留学、西洋建築を学ぶ。76年、ユネスコのローマ・センターに留学。帰国後、83年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京大学工学部助手、法政大学工学部建築学科助教授を経て、現職に。専門はイタリア建築・都市史。特定非営利活動法人歴史建築保存再生研究所理事。著書に『イタリア都市再生の論理』(鹿島出版会)、『都市のルネサンス』(中央公論社)、『東京の空間人類学』(筑摩書房)、『ヴェネツィア』(講談社)、『シチリア』(淡交社)、『迷宮都市ヴェネツィアを歩く』(角川書店)など、共著に「水辺都市」(朝日新聞社)、「江戸東京のみかた調べかた」(鹿島出版会)など多数。

2007年4月号掲載


ヴェネツィアに感動し港町の研究の道へ

──先生は建築史家として、イタリアを中心に、世界の都市研究を行なっているそうですね。

陣内 建築を学んでいると、歴史的な建物を見る機会に恵まれるんですよ。

大学時代にイタリアへ行き、自然や地形を巧みに利用したヴェネツィアの都市空間を見て、深い感動を覚えました。以来、港町を中心とした世界の都市形成について研究するようになったのです。

──港町のどんなところに魅力を感じるのですか?

陣内 港町には、空間のあり方や風景の面白さなど、都市形成において重要な要素が集積しています。

──とおっしゃいますと?

陣内 灯台、波止場、船着き場、市場、倉庫といった港町特有の施設が、人々の生活する町家と上手く混ざり合って、独特の雰囲気を持った高密度な空間を作り出しているのです。

水の都・ヴェネツィアの街並み。細い運河があちこちに流れており、自然を巧みに利用している(写真:編集部にて撮影)
水の都・ヴェネツィアの街並み。細い運河があちこちに流れており、自然を巧みに利用している(写真:編集部にて撮影)

中世や古代に遡るものも多く、都市の風景の中に、さまざまな歴史の重なりを見ることもできるのです。

──歴史的なロマンがあり、それぞれで個性的な風景が楽しめるのですね。

陣内 また港町は、物以外にも、人と情報の流れや、人間の行動心理がよく考えられて作られているので、ノスタルジーや楽しさが感じられ、われわれの想像力をかき立てる力があります。

──確かに、水辺の空間を訪れると、自然と居心地の良さを感じます。

陣内 さらに、季節や時間による表情の変化も楽しめ、日没の光景が美しい場所も多いなど、自然との調和も図られています。

──港町には、魅力的な都市を形成する、重要なファクターが組み合わさっているんですね。


東京が持つ異質で知的な魅力

──そういえば、「東京」も港町、水辺の都市ですね。

陣内 東京は、世界的に見ても稀な存在です。これだけの大都市で、網目のように水路があるところは非常に珍しいんですよ。

建物も、他国の文化を上手く取り入れていて、異質で面白い。

──ヨーロッパに比べると、街並みはアンバランスで、美しくないといわれたりもしますが、変化に富んでいますよね。

陣内 ヨーロッパの都市の場合、歴史的な建物が街の中にたくさんあります。古い建物そのものが歴史であり、ある意味分りやす過ぎるんです。

しかし東京の街は、建物はすっかり変りましたが、実は敷地はほとんど変っていません。だから、古い地図と照らし合せると、隠れた歴史を読み取ることができるのです。

──ここは昔、誰々の屋敷があったところだとか、この場所でこんな事件が起こったとか、想像力を働かせると、歴史を探ることができる。東京には、そんな知的な面白さがたくさん潜んでいるということですね。

陣内 それに、江戸時代には、「掘割(地面を掘った水路)」が巡っていて、河川とともにネットワーク化され、それに沿って経済や産業、文化が発達していました。

ヴェネツィアの街並みは、さまざまな時代のものが混ざり合っている。一つひとつの建物は高さもデザインも異なるが、全体では調和がとれた美しい街並みに(写真:編集部にて撮影)
ヴェネツィアの街並みは、さまざまな時代のものが混ざり合っている。一つひとつの建物は高さもデザインも異なるが、全体では調和がとれた美しい街並みに(写真:編集部にて撮影)

そうした跡も随所に見られ、当時の街の活気などを感じることもできます。

──しかし、かつては水の都として栄えていた東京も、近代では、情緒溢れる水辺の空間が姿を消してしまいまたね。

陣内 経済を優先に、近代化、工業化が進んだ結果、河川や掘割は埋められて、高速道路やコンクリートの高い護岸が建設されました。

──水辺の都市でありながら、人々の暮らしと水辺との繋がりが絶たれてしまったということは、残念ですね。


水辺、路地を活かした新しい東京を

──現在を出発点に、今後東京はどのようになっていけばいいでしょう?

陣内 都市としての魅力を考えると、やはり本来、水辺の都市が持っている美しさを、もう一度引き出していくことが重要でしょうね。

(右・左)ヨーロッパでは、広場が人々の生活に溶け込んでいる。都市の中には人々が集れるよう、多くの広場が設けられている(写真:編集部にて撮影)
(右・左)ヨーロッパでは、広場が人々の生活に溶け込んでいる。都市の中には人々が集れるよう、多くの広場が設けられている(写真:編集部にて撮影)

──最近では、ベイエリアで、マンションや商業施設の開発が活発ですが。

陣内 現在のベイエリアの開発は、大規模なものが中心になっており、中小規模のものが入りにくい構造になってしまっています。

しかし、いろいろな要素がないと、本来の街としての活気が出てこない。もっと水辺を活かし、人々の生活に溶け込むというスタンスが必要ではないかと感じています。

──古い建物をなくし、新しい箱ばかりを作っていては、冷たく、つまらない街になってしまうということですね。

陣内 そうです。ヨーロッパでは、ベイエリアの倉庫や工場を、クリエイティブな活動をするオフィス、アトリエやギャラリー等に転用し、行政が家賃援助して、活気が溢れる街づくりをしているところもありますよ。

研究は、現地へ行き調査を行なうフィールドワークが中心。写真はイタリアで最も古い海運都市国家「アマルフィー」で学生達と(写真提供:陣内秀信氏)
研究は、現地へ行き調査を行なうフィールドワークが中心。写真はイタリアで最も古い海運都市国家「アマルフィー」で学生達と(写真提供:陣内秀信氏)

──東京でも、行政やディベロッパーなどと連携をとり、水辺の空間を上手く活用して、人々が歩いて楽しめる空間をたくさん作っていけたらいいですね。

陣内 それともう一つ。日本人は元来、路地が好きです。だから、東京でも下北沢や吉祥寺など、細かい路地がたくさんある街が若者に人気がある。

一方、新橋の新地下街のように、迷路みたいに入り組んだ飲み屋街も、おじさんに人気がある(笑)。

──確かに、そうした細かくてゴチャゴチャした場所に人は集まりますね。

東京・日本橋近辺を船で。東京は、大都市でありながら網目のように水路がある世界的にも珍しい街(写真提供:陣内秀信氏)
東京・日本橋近辺を船で。東京は、大都市でありながら網目のように水路がある世界的にも珍しい街(写真提供:陣内秀信氏)

陣内 路地というのは、細かい空間をたくさん繋げて街を作っている。そういう、いろいろなものが詰め込まれる場所こそが、街に活力を与えてくれるのです。

──そういったセンスを持った取組みが、東京でもできるといいですね。

東京ばかりでなく、海に囲まれたわが国には、倉庫や工場、オフィスなど、再生・活用の可能性を秘めた歴史的な建築ストックが各地にたくさんあります。

これらを蘇らせて、幅広い世代が楽しめる、活気のある街づくりをしてほしいなあと思います。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『ヴェネツィア』(講談社)

サイト内検索

  

不動産総合情報サイト「アットホーム」 『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル 動画コンテンツ