こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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現代の錬金術で、世界をリードする 新素材をつくり出す!

混ざらないはずの金属を混ぜる

京都大学大学院・理学研究科教授

北川 宏 氏

きたがわ ひろし

北川 宏

1961年生まれ。91年3月京都大学大学院理学研究科を経て、93年英国王立研究所客員研究員、2000年筑波大学化学系助教授、03年九州大学大学院理学研究院教授。05年から08年まで九州大学総長特別補佐(構造改革担当)、09年京都大学大学院理学研究科教授に就任。現在、南京大学招聘教授、京都大学理事補(研究担当)。日本化学会学術賞、井上学術賞、マルコ・ポーロイタリア科学賞などを受賞。

2015年3月号掲載


カギは「ナノ粒子」。金属研究の常識を覆した!

──先生は「絶対混ざらない」といわれていた金属同士を混ぜる「元素間融合」という技術を開発されたと伺っています。それによって、高機能の合金をつくることを可能にし、世界の科学者からも大注目されているのだとか。

北川 実は、金属分野は私の専門外なのですが、かえってそれがよかったのかもしれません。合金研究というのはすでにかなりやりつくされていて、金属の専門家にとっては、もはやどの金属元素同士が混ざるかは常識で、誰も新たに混ぜようとはしない。でも私はその常識がないものですから、化学分野の研究者として、ある金属材料系のプロジェクトに参加したときに、じゃあ、混ぜることに成功すれば新しい合金をつくることができるのではないかと…。

──やってみたら混ざったんですね。常識ある専門家は相当驚いたでしょうね(笑)。どうやって混ぜることに成功されたのですか?

北川 燃料電池自動車などで使用される水素の貯蔵材料を開発する研究プロジェクトで、パラジウムという金属と、反応を促進させる触媒として白金を使っていました。一般的に金属学の研究対象は、バルクといわれる塊状のものなのですが、バルクではパラジウムと白金は絶対混ざりません。でも、あるとき、極小のナノ粒子の状態で実験をしていて、なぜかパラジウムと白金が混ざったんです。その現象を見て、もしかして「ナノ粒子にすると混ざらないものが混ざるのではないか」と考えました。


──カギはナノ粒子だったのですね! それなら他の組み合わせでもできるのではないかということになりますね。

北川 そうです。さらに元素の原子番号の近いものは性質が近いので、例えば連続するABCの3つの元素であれば、AとCを混ぜればBができるかもしれないと考えました。具体的には最初は、ロジウム(原子番号45)と銀(同47)で真ん中のパラジウム(同46)をつくろうとしたんです。約3年かかりましたけど、パラジウムと同じように水素を吸う性質を持っている合金ができました。ロジウムや銀には水素を吸う機能はありません。

──まさに最先端のナノ技術を生かした現代の錬金術といえますね! 大発見だったのではないですか?

北川 パラジウムはレアメタルですから、それを人工的につくったということで当時は新聞でも大きく報道されました。しかし、実はロジウムは非常に高価な金属で、一時期は1グラム3万円を超えるほど。比較的安価な銀と混ぜたところで、価格的には実用性はありません(笑)。でも、基礎研究としては大きな可能性を秘めているのですが…。だから、次は値段の高いロジウムをどうにかしようと。

ロジウムと銀からパラジウムの性質をもつ合金の作成に成功。2010年12月30日、読売新聞の全国版朝刊の1面に大きく取り上げられた〈写真提供:読売新聞社〉

──また両隣を混ぜて…。

北川 そうです。約2年かかって、ルテニウム(原子番号44)とパラジウム(同46)からロジウム(同45)の性質を持った『人工ロジウム』をつくりました。しかも、ロジウムは、自動車の排気ガスに含まれる有毒ガスをきれいにする触媒として使われるんですが、触媒の機能としては『人工ロジウム』の方が上なんです。価格的にも約10分の1になります。

──それはすごいですね! 新素材な上、機能も向上させているとは。今度は実用化の可能性も大きいのではないでしょうか。

北川 はい。窒素酸化物を無毒化できるのがロジウムしかないので、自動車メーカーからも注目されています。

──もう実用化の目途はついているんでしょうか。

ルテニウム(原子番号44)とパラジウム(同46)からロジウム(同45)の性質を持つ人工ロジウムを作成。合金粒子を撮影した画像(右)を見れば、両金属が原子レベルで均一に混ざり合っているのがわかる〈写真提供:北川宏氏〉

北川 企業数社との共同研究で、3年以内を目標に実用化に向けて開発中です。


少ない資源を最大限有効に。新素材が産業の発展に貢献

──現在の産業の発展には、素材や材料の機能向上も非常に重要になってきています。でもそうした新素材にはレアメタルが多く使われているとか。であれば、資源の少ない日本は不利といえます。その意味で、先生の研究が役に立ちますね。

北川 ありがとうございます。最先端製品の高機能・高性能はレアメタルやレアアースによって引き出されていることが多いのです。実は今、国を上げて「元素戦略」というプロジェクトに力を入れています。元素周期表上では約115の元素がありますが、実際使えるのは80程度。残りは放射性元素で自然界には安定した状態では存在しません。元素戦略とは、この80の元素をどう有効に使うか。それぞれの性質を最大限生かして、うまく組み合わせることで新たな材料を開発しようというものです。

──なるほど。先生の研究がまさに元素戦略のひとつなのですね。

ナノレベルで金属の合金を作成している様子。研究段階では人間の手で合成している〈写真提供:北川宏氏〉

北川 はい。元素戦略はもともと10年前に箱根で行われた科学者たちの研究会からスタートしました。それまでの日本の学術政策は残念ながらアメリカの後追いでした。でもそれではトップになれない。だから、世界に先駆けてリードする日本独自の研究を、と科学者たちが声をあげたのです。今、物理、化学、材料…さまざまな科学者と産業界が連携して、取り組んでいるところです。

──夢の材料開発といえますね。期待が高まります。先生は、次はどんな素材をつくろうとしているんですか?

北川 金属で一番たくさん採れるのは鉄と銅なのですが、その合金をつくることはできないんです。私も3年ほど、ナノ粒子で実験していますが非常に難しい。周期表では2つの間にニッケルとコバルトがあるんですが、鉄と銅に比べて値段が1000倍から1万倍は高い。鉄と銅を混ぜてその性質が出せることができれば…。

──大革命ですね!


北川 そうだといえますね。また、これもまだ成功していませんが、テクネチウムという放射性元素があります。普通は放射性元素は原子番号が大きいのですが、テクネチウムは43と小さい。これは周期表の周囲の元素は自然界に存在して使えるのに、唯一これだけが存在しないということです。そこで、両隣のモリブデンとルテニウムを混ぜてつくることができれば…。

──今までになかった新しい元素をつくったことになる! これは新しい技術革新につながりますから、産業界でも研究が進むでしょうね。

これからの研究者は、社会貢献の視点も必要

北川 ところが今、企業にはそういう基礎研究をする余裕がありません。だからこそ日本の産業を支えるためにも大学が基礎研究を手掛けるべきだと考えています。さらにそうした研究をしていくには次の世代を育てることも重要だと痛感しています。今後は研究と並行して、よりいっそう教育にも力を入れていきたいですね。

──後進の育成は確かに必要なことだと思います。教育指導者としては、学生にどのようなことを望まれますか?

北川 自分の研究がどう社会に役立つか、社会貢献という視点を常にもってもらいたいですね。目的意識を持つことで研究成果が上がる可能性も高くなります。

──優秀な化学者がたくさん増えるといいですね。

北川 ほんとうに。でも一方で、今、国は自然科学を重視して人文・社会科学を軽視する傾向にありますが、優秀な化学者というのは国の文化や歴史、社会のこともしっかり理解していなくてはいけないと思います。

──教育もバランスが大事ということですね。ぜひ、今後の日本を支える優秀な人材が育つことを願っています。
本日はどうもありがとうございました。



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