こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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日本古来の技術「たたら製鉄」から、 最先端の製鉄法を開発しました。

現代によみがえる“たたら”の技術

東京藝術大学教授 東京工業大学名誉教授

永田 和宏 氏

ながた かずひろ

永田 和宏

1946年岐阜県生まれ。69年東京工業大学工学部金属工学科卒業、75年同大学院理工学研究科博士課程修了、工学博士。ベネズエラ国立科学研究所主任研究員を経て、92年より東京工業大学教授。この間、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員助教授も務める。2009年より現職。専門分野は、鉄冶金学、熱力学、非平衡熱力学、高温物理化学。日本鉄鋼協会俵論文賞、日本金属学会功績賞・論文賞、日本鉄鋼協会学術功績賞など受賞多数。

2013年4月号掲載


「たたら製鉄」は世界に誇れる優れた技術


──先生は、「鉄冶金(てつやきん)学」という、鉄を製錬するプロセスの研究が専門であり、日本古来の「たたら製鉄」をヒントに、新しい製鉄法の開発に取り組んでいらっしゃると伺っております。
考えてみると、現代文明というのは、鉄がベースになっていますよね。それなのに、一般的にはどこから鉄が取れるかなど、あまり知られていないような…。

永田 そうですね。実は、鉄という金属は、天然には純粋なものがほとんどなく、大半は化合物として地中にあります。主な原料は鉄鉱石で、掘り出した鉄鉱石を精製し、不純物を取り除いて鉄にしているのです。


──現在はどのような製法なのですか?

永田 巨大な高炉に鉄鉱石を入れて、炭素原料とともに2000度の高温で燃焼させ、ドロドロに溶かし、大量に鉄を生産しています。
つくり出した鉄で、炭素含有量の多いものを「銑鉄(せんてつ)」といい、少ないものを「鋼(はがね)」といいます。銑鉄は硬いですがもろく、鋼は柔らかくて強靭な鉄となります。
ちなみに、製鉄の工程は、鉄鉱石を還元して銑鉄にするまでと、銑鉄から炭素や不純物を取り除いてより純度の高い鋼に仕上げる2段階に分けられます。

──なるほど。  それでは、一方の「たたら製鉄」とは、どのようなものなのですか?

 


 


永田 アニメ映画「もののけ姫」(宮崎駿監督)の中に出てくるので、ご覧になった方はご存知かもしれません。
粘土で築いた炉の中に、鉄鉱石の塊ではなく鉄鉱粉(砂鉄)を入れて、木炭を燃料に1400度以下の(現在の製法に比べて)低温で燃焼させてつくります。鞴(ふいご)(たたら)で炉の下部から空気を吹き込み、木炭と砂鉄を交互に装入して、3昼夜1操業で銑鉄と鋼をつくります。

──大変手間が掛かる作業ですね。いつ頃からあった技術なんですか。

永田 6世紀後半に朝鮮半島から伝えられ、時代とともに進化し、技術的には江戸中期に完成したといわれています。
1tの鉄をつくるのに、4tの木炭と砂鉄が必要で、しかも1操業ごとに炉をつくり直さなければならないことから、明治以降、増大する鉄需要に追い付けず、衰退してしまいました。ただ、現在は日本美術刀剣保存協会(日刀保)により復活し、技術の伝承が行われています。


──「たたら製鉄」でつくった鋼はとても純度が高いそうですね。

永田 はい。特に玉鋼は、鋼の中でも極上のもので、炭素含有率は約1%と、純度が極めて高く、現代の技術でもつくり出すことのできない特長を持っています。
そのすばらしさの一つに日本刀があります。強靭で切れ味が鋭く、刀の表面に優美な模様が現れるなど、まさに世界に誇れる「鉄の芸術品」です。

──『極上の鋼』は日本独自のものなんですね。
たたら吹きの炉。砂鉄と木炭から玉鋼をつくっていく
たたら吹きの炉。砂鉄と木炭から玉鋼をつくっていく

永田 その他にも、さびに強いという特長があります。以前、法隆寺の解体修理が行われた際、千年前につくられた釘が出てきたのですが、全くさびておらず、曲がりさえ直せば再び使える状態だったそうです。

──それは驚きです。

 


 


永田 さらに、しなやかで伸びが良く、可塑性(一度変形させると元に戻らない性質)にも優れています。1800度くらいで、お餅のように柔らかくなり、簡単に板にすることができ、また、折り曲げたり、容易にくっつけることも可能です。現代の鉄では、もっと温度を上げないとくっつきませんし、堅くて、叩いても全くへこみもしないんですよ。

「塊」から「粉」へ発想を転換


──先生は「たたら製鉄」を活用した新しい製鉄技法を研究されているそうですが、どういったものなのですか?

永田 高炉法の場合、銑鉄をつくるまでに約8時間かかるのですが、これを短縮できないかと考えていたときに、「たたら製鉄」のように砂鉄を使ったらどうかと思い付いたんです。

「日刀保たたら」は、操業が途絶えていた靖国たたらの跡地(島根県仁多郡横田町)で復元されたもの。地下は大規模構造となっている。炉の下部から空気を吹き込み、同時に木炭と砂鉄を交互に装入し、3昼夜1操業で銑鉄と鋼を生産する。炉は1操業ごとに取り壊され、つくり直される
「日刀保たたら」は、操業が途絶えていた靖国たたらの跡地(島根県仁多郡横田町)で復元されたもの。地下は大規模構造となっている。炉の下部から空気を吹き込み、同時に木炭と砂鉄を交互に装入し、3昼夜1操業で銑鉄と鋼を生産する。炉は1操業ごとに取り壊され、つくり直される

──それはどういうことですか?

永田 粉末状であれば、塊に比べて体積当たりの表面積が大きくなるため、熱や一酸化炭素を吸収しやすく、還元反応が速いのです。すると、銑鉄ができるまでの時間も短くなり、高炉法よりも数倍の速さでつくることが可能です。この方法だと、高さ1.2mの小さな炉でも銑鉄をつくることができます。

──大量生産するために、高炉を大型化しなくてもいいわけですね。

永田 はい。ただ、熱をどう供給するかという課題がありました。高炉では高温ガスで熱を与えていますが、砂鉄を入れた場合、下から吹き入れた高温ガスで粉が吹き飛んでしまい、また目詰まりを起こします。
そんなとき、教え子から、焼き物を高温で焼き上げるのに、熱源としてマイクロ波を使っているという話を聞き、ひらめいたのです。

──マイクロ波とは、電子レンジなどの電磁波ですよね。

永田 そうです。マイクロ波を使えば、製鉄に関連する物質である酸化鉄や炭素だけを効率良く加熱することができるんです。しかも、高炉より200度も低温でできる上、塊だと表面から数十ミクロンの深さまでしか届かないマイクロ波が、粉鉄鉱石を使うことで、奥深くまで浸透することも分かったのです。

──熱効率が良く、反応のスピードも速い。すばらしい発見ですね。
レンガを使って現代風にアレンジしたたたらの炉。鉄をつくっている様子<写真提供:永田和宏氏>
レンガを使って現代風にアレンジしたたたらの炉。鉄をつくっている様子<写真提供:永田和宏氏>

永田 マイクロ波のパワーや原料の量にもよりますが、これまでの研究では、最短で5分で銑鉄をつくることができました。しかもマイクロ波でつくった銑鉄は、高炉でできた銑鉄よりも高純度だったのです。

 


 

新製鉄法で、高炉のコンパクト化、CO2削減も可能に


──もし量産化できたら、画期的な製鉄法となりますね。

 はい。大型の高炉の建設費用は数千億円ともいわれ、維持費もかさみます。また、高炉では大量の炭素原料が必要となるためCO2の排出も大量になってしまいますが、この方法なら、高炉のコンパクト化やCO2の削減も実現可能です。
これまでの研究では、1日約240kgの銑鉄をつくることに成功しました。

永田氏は「特定非営利活動法人ものづくり教育たたら」の理事長を務めており、子どもたちにたたら教室を開いている<写真提供:永田和宏氏>
永田氏は「特定非営利活動法人ものづくり教育たたら」の理事長を務めており、子どもたちにたたら教室を開いている<写真提供:永田和宏氏>

──量産化に向けての課題は何ですか?

永田 鉄製品の大量生産が可能な製鉄プロセスをつくることです。問題は、大量の製鉄が可能な、大型で安価なマイクロ波の発生装置ができるかどうか。まだ基礎研究ですが、それが実現すれば工業化への道も開けるかもしれません。

──現代社会に欠かせない鉄…。それをもっと速く大量に生産できるようになれば本当にすばらしいですね。大変意義があるご研究だと思います。
今後のご活躍を期待しております。
本日はありがとうございました。



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