こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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知能ロボットよりもゴキブリの方が生き生きして見える。 これは何かあるぞと思って昆虫を調べ出したんです。

ゴキブリをヒントにしたロボット開発

東京大学工学部機械情報工学科教授

三浦 宏文 氏

みうら ひろふみ

三浦 宏文

1938年徳島市生れ。東京大学機械工学科卒業。同大学院数学物理系研究科機械工学専攻。東京大学講師、助教授を経て。78年より東京大学工学部機械情報工学科教授、工学博士。この間67年−69年にはNASA客員研究員として宇宙用ジャイロ機器の研究に従事した。専門分野は機構学、機械力学、メカトロニクス、ロボット工学。日本ロボット工学のパイオニアとしてさまざまな知能ロボットの開発を手掛ける。現在の研究テーマは昆虫ロボットで、研究室での開発の様子はNHKテレビ「研究室の逆襲−ロボット博士の昆虫記」でも紹介された。主な著書に、「サイバネティクス」(訳書、75年、河出書房新社)、「ロボットの未来学」(86年、読売新聞社)、「ロボット・生産工学」(90年、日本学術振興会)など多数。

1995年10月号掲載


昆虫の単純さが新しいロボット開発のヒントに

──先生は昆虫ロボットを開発されているということですが、そもそも研究を始められたきっかけはなんですか。

三浦 私のもともとの研究テーマはロケットだったんです。NASAのアポロ計画にも参加したりしていたんですが、東京大学がロケットを打ち上げるのをやめてしまったものですから、研究テーマを変えようということになって、ロボットの研究を始めたんです。1980年頃から日本でも盛んにロボットが工場で使われ始めましたが、私はあれはオートメーションであって、ロボットと呼ぶのはおかしいと思ったんです。オートメーションというのはとにかく早く安く効率よくものがつくれればいいわけです。

──そして正確に作業がこなせればいい。

三浦 しかし、本来ロボットというのは、人間が持っている知能をプログラミングして作業をやらせるところにおもしろさがあるわけです。

例えばロボットにけん玉をやらせるには、けん玉をするのに必要な知能をプログラミングしていくわけです。

──そこにオートメーションとの根本的な違いがありますね。

三浦 ええ。それでけん玉ロボット、こま回しロボットというようにいろいろな知能ロボットをつくっていったんですが、そんなことを10年くらいやっていましたら、つまらなくなってきたんです。結局知能ロボットといっても、ただ淡々と人間がつくったプログラムに従って動いているにすぎません。これではオートメーションの延長にすぎないのではないかと思い始めたんです。

──意欲とか意識とかには関係なく、人間がいかにうまくプログラムするかだけにかかっているわけですね。

三浦 そんなふうに悩んでいた時に、たまたまゴキブリを見たんです。罪悪感に満ちた顔でオドオドしながら出てきて、少しでも物音が聞こえると全速力で物陰に逃げ込み、そこでくるりとこちらを向いて様子を窺っている(笑)。脳細胞が少ないゴキブリの方が、優秀なコンピュータを使った知能ロボットよりもずっと生き生きして見える。これは何かあるぞと思って昆虫の勉強を始めたんですが、いざ勉強してみると昆虫は頭脳を使っていない、本当に考えていないんです。

──反射神経によって動いているんですね。

三浦 それなのに生き生きとして見えるのはなぜかと考えたときに、私は生き生きとして見えるということと知能を持つということは別だと思い始めたんです。これまで生物に近い機械をつくるのには、ロボットを知能化すればいいとばかり思って進んできたのですが、それは少し違っていたのではないかと。

それで昆虫をテーマにしたロボット工学があってもいいのではないかと思いまして、それからは研究室でも蚕やトンボ、バッタ、ゴキブリなどいろいろ飼って一生懸命調べ出したんですが、そこでおもしろいと思ったのは昆虫の単純さでした。


昆虫と動物とでは歩く概念が全く違う

三浦 昆虫には頭を使うほど脳細胞がないんです。だからトンボなんていうのは、羽ばたくか羽ばたかないかしかない。飛行速度は羽の角度で変えられますが、決った振動数でしか羽ばたけない。

──逆に、そんなにシンプルでも自由にコントロールできるなんてとても不思議です。不思議といえば、ハチやアリなどの群れで生活している昆虫を見ると、よほど頭がいいのかと思いたくなるような行動をしていますね。1匹1匹が意識して餌集めや幼虫の世話だのといった役割を担い、全体として整然とまとまっているかのように思ったら、どうも単純な本能の組合せだけで成り立っているような・・・。

三浦 個としては意識していなくても、全体として見たら秩序ができているところがおもしろいんです。これは「群知能」という学問として、最近盛んに研究されているんですが、私の研究室でもこの生物の群知能をロボットに応用できないかということで「群れロボット」というのを開発したり、生物行動の不思議さを理解するために蟻の餌集めをコンピュータでシミュレーションしたりしています。

──先生の研究室ではこれまでどんな昆虫ロボットをつくられたんですか。

三浦 昆虫ロボット第1号として、ゴキブリの神経網を模擬した6本足の「ゴキブリロボット」というのを開発したんですが、ゴキブリと4本足の動物とでは、同じ歩くといっても大きな違いがあるんです。

4本足の動物はどんなにゆっくり歩いても、2本の足が同時に浮いています。歩く速度によって浮かす足も違うんですが、そのへんの感じは成長するに従って覚えていくんです。犬を例に見ると、小犬の時はまだ歩き方をマスターしていないので足の動かし方もめちゃくちゃです。ところが成長した後の歩き方というのは、消費エネルギー最小の原理にのっとっているんです。成長するにつれて楽な歩き方を覚えていくんですね。これは犬が脳で歩いているからで、そのため例えば足を1本ケガすると、3本で歩けるようになるまでずいぶん時間がかかります。ところがゴキブリは脳で歩いていないから、どの足をはさみでちょんぎっても、切った途端に5本足用の歩き方になるんです。神経回路網がそうなっているので、もう1本切ればすぐに4本足用の歩き方になります。

──逆に言うと、ロボット的な発想に一番近い世界ですね。


体長1ミリのアリロボットが歩く!そのエネルギーは・・・

──ゴキブリロボットのほかには、どのような昆虫ロボットを?

三浦 「蚊ロボット」や「アリロボット」といったマイクロマシンロボットにも今取り組んでいます。アリロボットというのは体長約1ミリ、重さ1マイクログラムの小さなロボットで、顕微鏡の中でつくりました。ただ、小さいだけにエネルギー供給の点で問題があって、もっと改良しなければなりません。

──動力としてはどういうものを使うんですか。

三浦 私たちの研究室では苦肉の策なんですが、蚊ロボットの場合、交流磁界を外からかけているんです。そうすると羽ばたいて浮きます。アリロボットも、外の電極板からの振動を受けると足が共振して地面を蹴って歩きます。

──そんな小さなロボットが自己エネルギーで動けるようになったら、すごいですね。だけど動かすにしてもマイクロモーターなどとはぜんぜん違う発想が必要なんでしょうね。

三浦 だから私は言い訳しているんです。人間だって酸素がないと活動できない。魚だって水がないと生きられない。それと同じで蚊ロボットは交流磁界がないと飛べないし、アリロボットは振動がないと歩けない。

──それは言い訳じゃなくて、立派な理屈です(笑)。


蛾の触覚を使ったロボットをガス探知機に

──昆虫ロボットの使い道というか、実用化の可能性などについてはどうでしょうか。

三浦 今「ハイブリッド昆虫」というのをつくっています。小さいロボットをつくるのならば、昆虫の体の一部をそのまま使おうということで、人工物と生物(なまもの)を混在させたロボットということからハイブリッド昆虫と呼んでいます。

──具体的にはどのようなロボットですか。

三浦 例えばゴキブリの足をちょんぎって、それを接着剤でボール紙の箱に2本付けるんです。ゴキブリの足の筋肉に電極を差して、電気刺激を与えてやると1時間くらい歩いています。また、オスの蛾の触覚を5ミリくらいの長さに切りまして、それを車輪付きのロボットに付けると、そのロボットはメスの蛾のフェロモンを追い掛けます。ここで使った蛾のオスは目も口も退化して、やるべきことといったらメスを追い掛けて生殖することだけなんです。それだけにメスのフェロモンが触覚にほんの少しくっつくだけでちゃんと電流が出て、ロボットが操縦される。

このロボットを学会で発表しましたら、ガス会社からガス漏れ探知に使えないか、という電話がありました。メスのフェロモンというのは科学的に合成できるので、合成したフェロモンを混ぜたガスを流してそのロボットを歩かせれば、ガス漏れのところに集まるんじゃないかというんです。これだけ感度の高いにおいセンサーは人間にはとてもつくれません。

──昆虫ロボットの応用分野はいくらでもありそうですね。例えば、アリロボットなんかに人間が手を突っこめないような細かい場所での作業をやらせることもできますね。

三浦 アリロボットのいちばん簡単な利用としては、センサーの役目をさせるというのがあります。機械のすき間などに入っていって、油漏れや放射能漏れなどを感知させるんです。

──お話を伺っていると本当に楽しい世界でうらやましいなと思ってしまいます。生物学者とは違った工学者としての立場から昆虫を見ることで、また全然違った世界が見えてくるし、その可能性も拡がっていくんですね。いずれは人間の体の中で治療をするようなマイクロロボットもできてくるかもしれません。本日はどうもありがとうございました。


近況報告

※三浦宏文先生は、2020年3月5日にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)


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