こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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“情報”は社会に適応するための必須のツール。 でも“情報からの疎外を恐れない”という気持ちも 大事です。

インターネット時代の情報操作

社会心理学者 明治学院大学法学部教授

川上 和久 氏

かわかみ かずひさ

川上 和久

1957年東京生まれ。80年東京大学文学部社会心理学科を卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。86年東海大学講師、91年同大学助教授。92年明治学院大学法学部助教授となり97年より現在に至る。専攻は社会心理学、コミュニケーション論。昨年出版された著書『メディアの進化と権力』(NTT出版−写真)は同年夏、情報・通信分野に関して優れた図書に与えられる大川出版賞(主催:(財)大川情報通信基金)を受賞した。その他の著書に『情報操作のトリック』(94年、講談社現代新書)、共著に『広告データの読み方・使い方』(92年、日本経済新聞社)がある。

1998年4月号掲載


ネットワーク社会では情報が独り歩きする危険性も

──今日は先生のご専門のメディア・情報についてお伺いしたいと思います。

われわれの生活にはいろいろな情報が溢れていますが、先生の著書などを読みまして、私にとって情報とは何だろう、とちょっと考えたんです。そこで周りに人間にも聞いてみたんですが、いろいろな反応が返ってきまして、例えば「情報と利用することで生活を向上させたい」とか「社会へ適応するため」、「知的欲求の充足など」さまざまでした。

川上 今のご質問の中で「適応」という言葉が出てきましたが、おそらくその「適応」ということが情報学の一つのキー概念になっていると思います。「生活を向上させたい」とか「社会に適応したい」というのもすべて含めて、社会の中に非常にうまい形で適応していくための必須のツールである、という非常に広い概念で捉えていいのではないかと思います。

──なるほど。でも裏を返すと、発信者の配慮不足が、恐ろしい結果を招くということもあり得ますね。

川上 ええ。以前は情報を出す側としてマスコミが非常に大きな役割を果たしていましたから、何かちょっとした事を言ってしまうと、それが大きな社会影響を及ぼすことがありました。 オイルショックがいい例です。あの頃は、みんなが自分達の生活に不安に感じていた時でした。そんな時、偶然あるスーパーでトイレットペーパーが品切れになった事をマスメディアが取り上げ、これが発端となりパニックが起こってしまった。あれも、みんな情報に操作されてしまっているんです。少し前の米パニックも同様です。

また、ネットワーク社会となった今では、昔はガセネタで片づけられていた情報がネットワークを張ることによって、むしろ独り歩きして大きな影響を持ってしまうということもあります。

よくインターネットの情報で、「この企業は倒産するので要注意」とか「こういうことをするとコンピューターは壊れるから用心してください」というガセネタが流れることがあります。そうするとみんな不安になりますからアクセスする。それがものすごい数になってしまうわけです。だけどそういうネタの100%近くは嘘の情報です。

そういう独り言、個人が井戸端会議で言っているようなことが、ネットワークが張られただけに、あっという間にそういうことに関心がある人に伝わってしまう。マスコミという情報媒体がなくても伝わってしまうという危険性が、今はかえって増しているように思いますね。


政治権力と情報操作は一体のもの

──やはり単なる間違いだけでなく意図的に行うということも当然あるんですね。

川上 太平洋戦争の時の日本の大本営発表なんかがそうです。ナチスもメディアを統制して情報を巧みに操作した一番の例と言えます。またアメリカもパナマやグレナダに侵攻した時は、徹底的にメディアをコントロールしたことで、ある程度侵攻を正当化するイメージを作り出すことに成功しました。湾岸戦争にもこういった姿勢が継続されたのです。

──権力者がマスメディアを使うということは、大変恐ろしいことですね。

川上 ええ。政治権力と情報操作はほぼ一体のものといえるでしょう。

歴史的に見ても、たとえ現代のようなマスメディアはなくとも、情報は常に操作されていました。

例えば、古代ローマ帝国によって張り巡らされた道路網は、人や物の流通と同時に、情報を伝達するための生命線ともいえるものでした。その一方で統治システムそのものでもあったのです。ローマの統治に必要な情報は、公務連絡として直ちに各地に伝えられましたし、各地域の状況は迅速に収集され、反乱などの予兆があれば直ちに対処できるようにしていました。逆に属州が結集して反乱を起こしたりしないように、極力「ヨコ」の連絡網は設けないようにしていました。このように、この道路網はローマと各地を結ぶ「タテ」のシステムとして機能し、支配の固定化、さらにはその延長線上にある危機管理にも活用されたのです。これも広い意味での情報操作といえるでしょう。

──「すべての道はローマに通ず」といわれた由縁ですね。でもインターネットなどのパーソナルメディアが発達した今となっては、もはや情報を操作するなんてことはできないんじゃないですか。

川上 いえいえ、決してそうとも言えませんよ。

一つ例を申し上げますと、湾岸戦争の時にはインターネットという概念はほとんどありませんでしたが、もし今後戦争が起これば、戦場へ衛星電話とデジタルカメラを持っていきさえすれば、司令部で発表したものと違う“現実”をダイレクトに流すことができるでしょう。

でも、写真一つとっても、素人が写したものと、プロが写したものとではどちらが人を惹きつけると思いますか。当然、プロの写真の方が写りもいいですし、やはりそちらの方に目がいってしまうのではないでしょうか。文章もまた同様でしょう。そういったプロがつくった素材を、“ある一個人がつくったホームページ”としてインターネットに載せたらどうでしょう。

──必ずしも真実が目立つのではなくて、意図された演出の方がずっと目立ってしまうことになる・・・。

川上 そういうことです。実はアメリカでは、こういった人間の心理状況を利用して、意図的に情報操作し世論をつくりだす、誘導していく研究を進めている機関があるんです。


「通信」によって生まれる民のパワー

──確かに戦争などの大きなできごとでは、パーソナルメディアのような小さなメディアは太刀打ちできないかもしれません。しかし、個々のレベルでは権力の支配を受けにくいメディアとして期待できるのではないですか。

川上 今の電子メディアはそうした方向に向けて発展していく過渡期ではないかという気がします。

今インターネットに掲載されているホームページの状況を見てみると、個人が出しているホームページは日本だけでも何万件とあります。今後は、このようなネットワークで流れている情報を、世論がどう評価し、活用するか、考えていかなければいけない時に来ていると思うんです。

──健全な発展は私達自身の責任でもありますね。

川上 ええ。でもそこで気を付けなければいけないこともあります。これまでの紙メディアと同様のマスコミ的秩序で「こうでなければいけない」ということになると今までと同じです。電子メディアならではの特性を考慮しなければ、なんの解決にもならないし、発展もしていかないでしょう。

私はこれからの電子メディアは、「民」のパワーを生む原動力になるのではないかと考えます。

これまでのマスメディアでは発信者はごく限られた人だけで、社会の大多数の人はあくまでも受取人でしかありませんでした。ですが、電子メディアには誰もが発信者となれる可能性があります。そしてインタラクティブ(双方向)な通信ができるという特性がある。「点」がいくつも集まり「面」になっていくように、ある人から発信された情報が、共鳴や賛同を得て、これまでのマスメディアではできなかった「個の意見が社会を動かす」というパワーとなりうるでしょう。

このパワーの表れの一つがダイオキシン問題です。この問題を扱ったホームページは日本全国たくさんあります。こうしたインターネットを通じて同じような問題意識を共有している人達がネットワークをつくり、それが世論になる。さらにそれらがマスメディアに取り上げられて、行政にフィードバックされていく・・・。こういったことが今後たくさん起こってくるのではないでしょうか。


アメリカでは情報教育をすでに導入

──今先生がおっしゃったようなネットワークづくりが、これからの民主主義を支える力になりそうですね。

一方で、冒頭のお話にもあったガセネタなどの疑わしい話もたくさんあるようですから、ただ情報を鵜呑みにしてしまうのではなく、その真贋を見極めることも必要ですね。

川上 一時、次から次へ自分の関心のあるホームページを見ていって「ああそんなもんか」と安易に情報を受け取ってしまう「フリッピング(次々に画面を変えること)」に対する危険性が指摘されました。こうしたことを受けてアメリカでは、初等教育の段階から、情報の信憑性があるかないかという教育をすでに行っています。

──日本でもそういった情報教育を早く実施する必要がありますね。

最後になりますが、こうした情報化社会に対するアドバイスをいただけますか。もちろんそれぞれが情報とは何かという事を考えていかなければいけないのでしょうが・・・。

川上 私自身感じていることですが「情報から疎外されることを恐れるな」と言いたいですね。これだけ情報があふれていると、不動産を探す時にしても、もっと情報があるに違いない、こんなに情報があるのに果たしてこれで良いのかと思ってしまう。自分自身に自信を持てなくなっている傾向があり、とにかく情報を抱え込んでしまおうとするんです。

本にも書いたんですが、昔ニューヨークで新聞が止まった時、ある人は夢中でラジオを聞きまくり、また「新聞がなければ一体どうしたらいいんだ」と慌てふためいた人がいた中で、「情報が止まったら止まったで自分の生き方が変わるもんじゃない」と、泰然自若としていた人達も大勢いたと報告されています。事実社会的にも大した影響はなかったそうです。

──「情報の海」に溺れないようにすることですね。

川上 そうです。情報の海から、たまには砂浜へ上がって日光浴しながら情報の海を眺めていてもいいんです。

──今からでも遅くはないですから、どのように情報と付き合っていくか、自分自身に真剣に問い直す必要がありますね。

本日はありがとうございました。


近著紹介
大川出版賞を受賞した川上氏の著書『メディアの進化と権力』(NTT出版)

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