こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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「Science」誌掲載。世界で大反響! PETゴミ処理問題に新たな光が

ペットボトルを食べる細菌を発見

京都工芸繊維大学名誉教授

小田 耕平 氏

おだ こうへい

小田 耕平

1944年広島県生まれ。67年大阪府立大学農学部卒業、69年同大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。75年農学博士(大阪府立大学)。69年大阪府立大学農学部農芸化学科助手、78年同講師、86年同助教授、92年京都工芸繊維大学繊維学部教授、06年同大学大学院工芸科学研究科教授、07年同大学名誉教授。97年日経BP技術賞(医療部門)受賞。専門は応用微生物学で、微生物由来のプロテアーゼなどの研究を手掛けた。著書に「Handbook of Proteolytic Enzymes」 (Elsevier, 分担執筆)など。

2016年7月号掲載


バクテリアハンターとして20年。PETを分解する酵素まで特定

──今、環境問題への対応が世界的な課題となる中、ペットボトルなどのPET(ポリエチレンテレフタレート)のゴミ処理も深刻な問題として、高い関心を集めています。
先生はペットボトルを分解する細菌を発見され、3月にアメリカの科学雑誌『Science』にその研究論文が掲載され、大ニュースになったとか。

小田 ありがとうございます。私はそもそも自然界の有益な微生物探しが専門で、今回、20年かけてペットボトルの原料であるPET樹脂を分解・代謝するバクテリアを探し出すことに成功しました。

──おめでとうございます。「バクテリアハンター」として、うれしさもひとしおかと。しかも、その分解のメカニズムも解明されたそうで、まさに素晴らしい功績ですね。

小田 はい。私たちの研究チームは、そのバクテリアがPETを分解するために用いている2種類の酵素を特定し、そのメカニズムも解明しました。諸外国を含め大きな反響をいただいています。

──PETの中でもペットボトルは、他のゴミと分別して回収されており、かなりの割合がリサイクルされていると思っていたのですが…。

小田 PETは、弁当などの包装容器、衣類などさまざまなものにも用いられており、現在、世界中で年間約5,600万トン生産されています。そのうち回収・リサイクルされているのは「ペットボトル」だけなのですが、世界的な割合で見ればペットボトル生産量の37%程度。PET全体ではわずか4%でしかなく、再生処理が大きな課題となっています。


──たった4%!? なぜそんなにPETの再生率は低いのですか?

小田 現在の技術では、リサイクルやゴミの処理に専用の設備や膨大なエネルギーが必要になり、コスト面や環境的な問題から、なかなか進んでいないのです。

PETがたくさんある場所なら、 分解するバクテリアもいるはず

──なるほど。その意味でもこの度の先生の功績は大きいですね。ところで、自然界のものはやがてバクテリアで分解されることは分かっていますが、人工物であるPETを分解するバクテリアがいるというのは、どうして分かったのでしょうか? 「自然界では分解できない」つまり「自然界にはいない」とされていたバクテリアを、どうやって探し出したのですか?

小田 「PETを分解できる能力があるバクテリアがいるとしたら、PETがたくさんある場所に違いない」と考えました。そこで、リサイクル用のペットボトル集積場で試料を採取したところ、その狙いが当たって、PETだけを食べて生きられるバクテリアを見つけ出すことができたのです。大阪の堺で試料を採取したので、このバクテリアを「イデオネラ・サカイエンシス」と名付けています。

PETフィルム上で繁殖するイデオネラ・サカイエンシス。大きさは約2マイクロメートル(1,000分の2mm)〈写真提供:小田耕平氏〉

──堺の名前が学術名にもなって、さぞ喜ばれているのでは?

小田 さあ、それはどうでしょう? バクテリアですし…(笑)。

──ところで、そのサカイエンシスはどういう風にPETを食べるのですか?

小田 バクテリアなどの微生物は、もともとエサを取り込めるポンプのようなものを持っているんです。ところがPETは分子サイズが大きい高分子化合物のため、そのままではエサとして体内に取り込むことができません。そこでサカイエンシスは2種類の酵素を使って分解し、取り込めるようにPETを低分子化しています。

実は、これまでにも他の研究者たちによりPETを分解する微生物は発見されていました。それらに比べてサカイエンシスは、非常に分解能力に優れているのが特徴ですが、それは、この酵素が非常によくPETを分解するからなのです。


──サカイエンシスは、もともとPETを分解できるような酵素を持っていたのですか? それともPETしかない環境で生き残るために進化したのでしょうか?

上のサカイエンシスの写真のPET表面からバクテリアを取り除くと、ボコボコとした分解の跡が見られる〈写真提供:小田耕平氏〉

バクテリアが98%分解した状態〈写真提供:小田耕平氏〉

小田 そこまではまだ分かっていません。ただ、私は、クチナーゼという酵素が、なんらかの形で進化したのではないかと考えています。クチナーゼは、木の葉の表面にあるクチンという物質を分解する酵素で、もともと少しだけならPETも分解できる性質を持っているからです。そのクチナーゼとサカイエンシスの酵素を比較してみると、遺伝子的な共通性が51%見られるのです。

──つまり、クチナーゼが先祖だと考えてもおかしくない?

小田 はい。クチナーゼの周囲の環境にPETが増えることにより、それが刺激となって、次第にその酵素がPETを分解できるように進化していったのではないかと…。

──非常に興味深いですね。

2年がかりで特定微生物を絞り込み、 サカイエンシス発見へ

──サカイエンシスはペットボトル集積場で発見されたとのことですが、具体的にはどのように探し出されたのでしょうか? そこら中にさまざまな微生物がいる中でどう特定を?

小田 2年かけてまずゴミに集まる微生物群を収集・分析し、その中からPETを分解して食べる微生物群を絞り込みました。

──2年もかかったのですか! で、そこからは?


小田 微生物群の中から特定のバクテリアを抽出し、フィルム状にしたPETをエサに、試験管で2カ月ほど培養してから、分解・代謝の状況を調べたのです(写真参照)。トータルで250サンプルほど採取し、繰り返し実験を行い、さらに約2年かけてその中から優れた能力を持つバクテリア、すなわちイデオネラ・サカイエンシス(写真参照)だけを取り出したのです。

PETフィルムをエサにバクテリアを試験管で培養。PETは2つの化合物が、互いに鎖のようにつながった構造で、非常に安定した分子構造になっているため、いったんPETを260度に加熱し、結晶構造を崩してから、バクテリアに分解させる〈写真提供:小田耕平氏〉

PETフィルムの両側にさまざまな種類の微生物群がくっついている状態。この塊は、バイオフィルムという台所のぬめりと同様な、外側がぬるっとしたシェルターのように外の影響を受けにくい構造になっている 〈写真提供:小田耕平氏〉

──根気のいる作業だったのですね。今後の実用化の目途などはついているのですか?

小田 下水処理にバクテリアが役立っているように、サカイエンシスだけを使って、PET製品の分解が効率よく行われるようになればと願っています。

──本当にそれは望むところです。バクテリアハンターとしてのこれからのテーマは?

小田 いくつかあるのですが、そのひとつを申し上げますと、植物が病原菌の攻撃を受けた際に、それを防御するために出している物質を探し出し、人間にとって無害な農薬をつくれたら…と思っています。

──世界をまたアッと驚かす成果を期待しております。 本日はどうもありがとうございました。

 

 

 

 


近著紹介
小田耕平氏おすすめの微生物に関する書籍
『見えない巨人 微生物』(別府輝彦著、ベレ出版)

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