こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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世界で初めて、海洋酵母でつくった ワインの商品化に成功しました。

ワイン酵母を生かした新しい商品を開発

山梨大学ワイン科学研究センター 生命環境学部 地域食物科学科長 教授

柳田 藤寿 氏

やなぎだ ふじとし

柳田 藤寿

1961年東京都生まれ。88年東京農業大学大学院を修了し農学博士号取得。90年山梨大学の助手としてワイン中の乳酸菌に関する研究を行う。2000年世界で初めて海水から分離した海洋酵母によるワイン開発に成功、ヒット商品となる。08年山梨大学教授に就任。10年、大豆でつくった飲むヨーグルト(ワイン酵母使用)を開発、ヒット商品となる。12年山梨大学評議員に就任。現在、日本乳酸菌学会、日本ブドウワイン学会など8つの学会に所属。国産ワインコンクール審査員。共著に『ワインと宝石』(山梨日日新聞社)、『日本を元気にする!基礎科学』(宝島社)など。

2013年6月号掲載


戦時中、ワインづくりは軍事利用されていた!?


──先生は、発酵工学のスペシャリストであり、特にワインのご研究では、大変有名でいらっしゃいます。
まず、先生はなぜワイン研究の道に進まれたのか、お伺いしたいのですが。

柳田 実は、父親の実家が焼酎屋でして、幼いころから酒づくりに興味がありました。また、父は東京農業大学の教授で、さまざまな食品を開発しており、よく自宅にそうした食品を持って帰って私たちに食べさせたんです。そんなことから、小さいころから、食に対する興味も強くなりました。
その後、私も東京農業大学に進み、食品の研究に進むか微生物の研究か迷ったのですが、微生物の道を選び、現在に至っています。


──そうでしたか。
ここ、山梨大学ワイン科学研究センターは、果実酒を専門に研究する日本で唯一の研究機関だそうですが、どのような研究を行っているのですか?

柳田 ブドウとワインに関して、先端的な細胞工学、遺伝子工学を駆使した基礎研究から、最新のブドウ栽培、ワイン醸造の実用研究までを包括的に行っています。

──研究センターは60年以上前からあるそうですね。

柳田 はい。当センターは、ブドウの産地としての特性を生かし、おいしいワインをつくるために、さまざまなワイン研究を行ってきました。ただ山梨県では、別の目的のために、ワイン研究を行っていた時代もあったんですよ。

──え?おいしいワインづくり以外の目的で研究がされていたのですか?

 


 

 


柳田 実は戦時中に、ワインからとれる「酒石酸」が、潜水艦探索用ソナーの発信源として軍事兵器に転用されていました。山梨県では、その開発生産のために、ワインづくりを行っていた時代があったんです。

──そうだったんですか!
それでは、その時代のワインの味は…。

柳田 「酒石酸」生産が目的なので、残ったワインは酸が抜けておいしくありません。飲むとあまりのまずさに飛び跳ねるということで、昔は「ラビットワイン」といわれていたそうです(笑)。

山梨大学ワイン科学研究センターにあるワイン貯蔵庫。60年ほど前の古いワインなども保管されている
山梨大学ワイン科学研究センターにあるワイン貯蔵庫。60年ほど前の古いワインなども保管されている

──では、山梨県の本格的なワインづくりは戦後ということですか?

柳田 ええ、そうです。
もともと山梨県では、1877年に日本初の「葡萄酒」醸造が開始されました。土屋龍憲・高野正誠という勝沼の二人の青年がフランスシャンパーニュ地方に留学して、本格的ワイン醸造技術を学び、山梨を日本のワイン醸造のメッカに育て上げたんです。そうした土壌の中から山梨大学にワイン研究センターが誕生したのです。
現在、日本のワイン生産1位となっている山梨には、国産のワイン会社約200社のうち、80社があります。ワイン産地は全国に拡大していますが、そのほとんどの地域で、当センターで技術を修得した卒業生がワイン生産に従事しているんですよ。

──そうだったのですか。センターが日本のワインづくりに果たしてきた役割は大きいんですね。

 

ワイン酵母を生かしてヨーグルトや人参ジュースも


──先生ご自身も、このセンターで多くのワイン開発をされてきたそうですが、現在はどのような?

柳田 ワイン酵母や発酵技術を生かした、さまざまな商品開発を手掛けています。また、地元の企業と共同で、大豆を発酵させた飲むヨーグルトの商品化にも成功しました。ワイン醸造技術を応用して、大豆飲料を乳酸菌で発酵させた後に、ワイン酵母でダブル発酵させることで商品化したものです。

──大豆からおいしいヨーグルトがつくられるのですか。

 


 

 


柳田 はい。大豆を発酵させると独特の発酵臭が生じるのですが、ワイン酵母を入れて発酵させたところ、発酵臭がなくなり、香りも良く、飲みやすい飲料に仕上がったのです。水も大豆も酵母も、原料は山梨産を使用しているので、地元をアピールできる商品となりました。果樹王国山梨を代表するモモやブドウの果汁を加えたヨーグルトも開発したんですよ。

先生が開発した商品。右から海洋酵母ワイン、「大塚にんじんジュース」、「大豆で作った飲むヨーグルト」
先生が開発した商品。右から海洋酵母ワイン、「大塚にんじんジュース」、「大豆で作った飲むヨーグルト」

──ワイン酵母は、さまざまな分野にも生かせるのですね。まだまだ新しい食品を生み出せる可能性がありそうです。

柳田 はい。「大塚にんじんジュース」も開発しました。山梨特産の1mほどの長さのニンジンを使っています。こうした地域特産を利用した商品開発にも協力できればと思っています。

──そういえば、先生は世界で初めて、海洋酵母からワインをつくることに成功したと聞いたのですが…。

柳田 はい。その酵母とは1988年に、医薬会社が世界で初めて海水からの分離・培養に成功した酵母です。パンの発酵や日本酒の製造にすでに使われていましたが、ワインの商品化に利用したのは世界で初めてだったんです。
地元を生かそうと、山梨県産の甲州種の葡萄を組み合わせて試験醸造したところ、新しい味わいのワインとなりました。2000年に「海の酵母ワイン」として発売され、ヒット商品となったんですよ。

幻の湖「富士六湖」から新しいワイン酵母を発見


──ところで、最近は、国産ワインがおいしくなったという評判を聞きますが、なぜなのでしょうか?

柳田 実は、10年ほど前から、国産ワインコンクールを開催するようになったからなんです。最初のころは見向きもされなかったのですが、金賞を取ったワインはやはり売れるんですよ。それで、生産者側も自分たちの力を試したい、いいものをつくりたいと、意欲が湧いてきたのでしょうね。最初のころのノミネートは400本くらいでしたが、今では700本近くまで多くなりました。

──生産者の競争心が、クオリティーの向上につながっているのですね。

柳田 最近では特に甲州ワインがおいしくなっています。日本料理のような素材を生かす料理については、甲州のような辛口のワインが非常に合うんですよ。
ただ日本では、一番飲まれているお酒はビールで、全体の70%を占めています。2位が焼酎で、大体12〜13%。ワインは大体2.5%くらいです。それでも、昔に比べれば増えているんですが…。とはいえ、輸入ワインが7割を占めていて、国産ワインは3割にとどまっています。

──なぜ国産ワインはあまり普及していないのでしょうか?

柳田 技術面では、日本は世界でもトップクラスなのですが、ブドウ自体の質が良くないんです。ブドウの収穫期は9月ですが、日本は台風シーズンですよね。台風が来ると、ブドウが雨を吸って味が薄まってしまうんです。海外でつくるブドウの方が濃度が濃く、質がいいので、ワインもおいしいものができるのです。

──雨を防ぐビニールハウスとか、ブドウの栽培方法を改善することはできないのでしょうか?

 


 

 


柳田 できなくもないのですが、どうしてもコストが掛かってしまい、国産ワインは高い傾向にあるのです。
しかしながら、多少コストが上がっても高品質のワインをつくっていくことが私たちの役割だと考えています。

(写真左)蒸留酒のブランデーを製造する機械。フランスから輸入した銅製のもの。 (写真右)山梨大学ワイン科学研究センターは、国立大学法人では唯一の果実酒類製造免許を持っている。果実酒類の製造のために、一連の醸造機械が装備されている
(写真左)蒸留酒のブランデーを製造する機械。フランスから輸入した銅製のもの。(写真右)山梨大学ワイン科学研究センターは、国立大学法人では唯一の果実酒類製造免許を持っている。果実酒類の製造のために、一連の醸造機械が装備されている

──ところで、今後の研究のテーマは?

柳田 実は先日、山梨の「富士六湖」で新しい酵母を見つけました。

──「富士六湖」?

柳田 はい。「富士五湖」はよく知られていますが、実は、7、8年に一度、「赤池」という6番目の湖が出現するんです。地元では幻の湖といわれているんですよ。2011年に出現した時に、水をたくさん採取したのですが、実はその中から酵母が出たんです。

──新種の酵母なのですか?

柳田 いいえ、新種とは言い切れませんが、今までのものとは少し違い、発酵力が高く、アルコールをたくさんつくり出す酵母だということが分かりました。ですから、今後は「赤池」で採取した酵母でワインをつくり、新たな商品として売り出そうと考えています。

──山梨県産のブドウと酵母のコラボで、また新商品が誕生するのが楽しみです。
いろいろ夢が膨らみますね。自然と向き合いながらのお仕事で大変だと思いますが、ぜひこれからもおいしい商品開発を期待しています。
本日はありがとうございました。



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