こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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子育てを共同で行なうなど高い社会性がうかがえる コウモリはとても繊細な野生動物なんです。

絶滅が危惧されるカグラコウモリ、一番の天敵は人間?

山口大学大学院理工学研究科助教授

松村 澄子 氏

まつむら すみこ

松村 澄子

まつむら すみこ 1947年、山口県生れ。69年、山口大学理学部理学科卒業、76年、九州大学大学院農学研究科博士課程修了。80年、京都大学理学博士、同年山口大学医療技術短期大学助教授に就任。2000年、山口大学理学部助教授。専門は動物行動学・音響行動学。1998年、沖縄本島北部のヤンバルの森で新種の「リュウキュウテングコウモリ」と「ヤンバルホオヒゲコウモリ」(沖縄島で初めての森林性コウモリ)を発見。現在も山口県秋吉台などでフィールドワークを続け、コウモリの母子コミュニケーション等について研究している。著書に、『コウモリの生活戦略序論』(88年、東海大学出版会)。

2006年6月号掲載


生物の進化の過程において、親戚筋にあたるコウモリと人間

──先生はコウモリの生態についてご研究されており、この時期は特にフィールドワークでお忙しい頃だと思います。本日はお時間をいただきまして、どうもありがとうございます。

松村先生 いいえ、こちらこそ、遠いところをご苦労様です。コウモリといえば俳句では夏の季語。この頃にコウモリの子どもは母親を離れ、一斉に飛び立ちます。川の近くなどで多くのコウモリが見掛けられますね。

──そうですね。コウモリというと、夕涼みや川辺、浴衣などを何となく連想しますね。ところで、われわれ日本人にとって、コウモリは何となくなじみがあるような気がしますが、周りの人にきくと、意外によく知らないんですよね。ネズミでもなく鳥でもなく…。

カグラコウモリの母子。この種では洞くつ内では塊にならず、点在するのが特徴〈写真提供:松村澄子氏〉
カグラコウモリの母子。この種では洞くつ内では塊にならず、点在するのが特徴〈写真提供:松村澄子氏〉

松村先生 そうですね。

哺乳類の祖先は「食虫類」といって、鼻の先が長く伸びた「吻」で土中のミミズや昆虫などを食べている小型の動物なんです。それが何回かにわたり多様に分岐進化してきたといわれていますが、その中で私達人間を含む霊長類と、コウモリを含む翼手類に分かれたといわれています。そもそも私達とコウモリは親戚筋に当るんですよ。

また、全哺乳類の個体数で一番多いのはネズミですが、実はその次に多いのはコウモリです。全哺乳類の4分の1がコウモリなんです。


種類はおよそ1000種。食性もさまざま

──2番目に多いとは驚きです。しかし、人間と親戚とはいっても、コウモリは他の哺乳類とは随分違いますね。何しろ飛べますし・・・。

松村先生 ええそうですね。コウモリは他の哺乳動物とは異なり自在に空中を飛び回ることができます。モモンガのように滑空するわけでなく、飛翔もします。翼には5本の指が骨組を作り、その間に皮膜が広がって、それらを畳んだり延ばしたりもできます。骨が華奢なので荒天候には弱いものの、その骨の間の皮膚が伸縮するため、小回りがきき、実に見事なアクロバット飛行が可能です。

また、コウモリは約1000種類存在し、果物、虫、魚、カエル、小動物、動物の血液など、食性もさまざま。また、昼行性で目が利く種もいれば、夜行性で超音波で対象を探る種がいるなど、実に多様です。


情報を共有し、共同で行なうカグラコウモリの子育て

──先生のご著書を拝見すると、哺乳類なのに体温を低下させることで代謝コストを下げ、冬眠に備える、また、それに合せて排卵や受精、着床を遅延させたりもするそうですね。また、先生がご研究されている「カグラコウモリ」はとても面白い子育てをしているとか…。

松村先生 そうなんです。20年近くカグラコウモリの出産時期に合せて西表島に通い、出産時期、その期間、子どもを出産したコウモリが採食のために洞くつを出て戻ってくるまでの時間、子どもの成長スピード等々、コウモリの成長と親子関係のデータベースをコツコツ作っています。

その中で分ったことですが、通常生活している洞くつと、出産のための洞くつは別で、「産室」ではメス同士が集まってコロニーを作り、その後も育児をしているようなんです。付近に原生林が生い茂り、餌が豊富にある環境の良い場所を選び、子育て中は産室のすぐ側で捕食しているようです。

ある年こんなことがありました。いつものように出産にまつわるデータを採取していたところ、例年と違って出産のピークが二度あったんです。不思議に思っていましたら、その年は大きな台風にみまわれました。一度目のピークで産まれたコウモリは、ちょうど自分で羽ばたき始めた頃だったこともあって、ほとんどが強風に叩き付けられて死んでしまいましたが、二度目のピークで産まれた子どもはまだ小さかったため母親に抱えられており無事だったんです。

──まるで台風が来ることを予知していたような…。

(左)繁殖洞くつ内で子どもを抱えぶら下がるカグラコウモリ。個別の採餌場を持つことが判明している。<br>(右)暗闇の中、フィールドワークを行なう松村氏。西表島にて〈写真提供:松村澄子氏〉
(左)繁殖洞くつ内で子どもを抱えぶら下がるカグラコウモリ。個別の採餌場を持つことが判明している。
(右)暗闇の中、フィールドワークを行なう松村氏。西表島にて
〈写真提供:松村澄子氏〉

松村先生 そうなんです。

社会性も非常に高度で、母親コウモリが捕食に行っている間、産室には見張りを立てているようなんです。産室に侵入者があると、見張り役のコウモリは「ちちちち」と騒ぎます。そうすると母親はただちに戻ってくる。産後1週間位は本当に警戒心が強く、また気が荒くて、人間が子どもコウモリに触ろうとすると、母親コウモリは子どもを守ろうと人間に体当りしてくるんですよ。

その上、非常にデリケートになっていて、人間があまりにもうろつくと母親コウモリは産室をどこかに移してしまいます。

──そういった調査は、具体的にどのような方法でなさっているのですか?

松村先生 調査しているコウモリには番号の入ったバンドを付けてコミュニケーションのとり方を研究しています。侵入者を警戒して産室を離れた母子コウモリのあるグループが、なんとも見事に連番でいなくなったことがありました。近い場所にいるコウモリの番号が近くなるようバンドを設置していることから考えて、近いコウモリ同士が情報を共有、危機を察知して産室を後にしたのではないかと思っています。


出産は一度に一頭のみ。生息数は環境破壊で減少の一途

──何らかの方法で情報を伝え合っているようですね。それにしても、先生が研究されているカグラコウモリは随分繊細なんですね。

松村先生 そうなんです。産室に猫が入ったときなどは、洞くつ内のコウモリがパニックを起こし、数が半分くらいになりました。カグラコウモリは世界でも西表島、石垣島、与那国島あたりにしか棲息しない非常に珍しいコウモリで、絶滅危惧種の一つなんですが、それを売りにしてか、観光客相手にカグラコウモリの洞くつを訪ねる「エコツアー」なんぞも組まれていたりするんです。

しかし、これは大問題で、出産を間近に控えたコウモリが出産をしなくなったり、人間に驚いた子どもコウモリが落ちて踏まれたり、そもそもコウモリが洞くつから姿を消してしまうんです。

観光客に悪意はないのでしょうが、野生動物は本当に繊細ですし、本当にちょっとしたことで生態系のバランスは崩れます。コウモリはほとんどの種が1回の出産で1頭しか産まないため、一度数が減少し始めると、あっという間に淘汰されていってしまうんです。イギリスで実際に起きたことですが、30万頭いたコウモリが50−60年の間に、ほんの何十頭になってしまった例もあるそうです。


絶滅の危機に瀕するカグラコウモリの一番の天敵は・・・

──それはひどいですね。

松村先生 ええ。種を安全に保護するには、ある一定の個体数が必要だと思うんです。「トキ」のように最後の数羽になってからどんなに大事にしても、それはもう取り返しがつきません。この地のカグラコウモリは、現在、非常に危険な状態にあると思っています。

しかし、保護と一口にいっても、やみくもにただ保存すればいいというものではないんです。天候などによって種の適応の幅がどれくらいあるかを知る必要があります。

──そこで、先生の長期にわたる調査で得られたデータが活かされてくるということですね。

日本に生息するカグラコウモリは、世界のカグラコウモリ科のコウモリの北限種。石垣島、西表島、与那国島などで確認されている。生息洞くつが失われたり、出産洞くつ近くの森が失われたりし、消滅の危機にある
日本に生息するカグラコウモリは、世界のカグラコウモリ科のコウモリの北限種。石垣島、西表島、与那国島などで確認されている。生息洞くつが失われたり、出産洞くつ近くの森が失われたりし、消滅の危機にある

松村先生 はい。そのために、ひたすら自腹で調査を行なっているわけですが、その際、コウモリを狙うアオダイショウやハブはもちろん、観光業者や観光客も退散してもらっています(笑)。

──人間が一番強敵かもしれませんね。

松村先生 本当にそうですよ。以前一度、観光業者と話し合って、もう洞くつには人を入れないと約束したのですが、どうも怪しかったので、私が島から引き上げたと見せて洞くつ内に潜んでいたことがあります。案の定、観光業者は翌日観光客を連れ込んできました。「約束したじゃないですかー」と私がライトを照らすと、相手は「わー」と逃げ出したりして(笑)。

それにしても、どんなに説明しても、なかなか分ってもらえないようですね。当初は30年と考えていた私の研究も、こう人による撹乱が増すと、そう長くは続けられないかもしれません。カグラコウモリと運命を共にするかもしれないと思っています。

カグラコウモリはタイ南部のマレー半島基部と八重山諸島とが地続きだったことを示す貴重な動物種、つまり生物地理学でいういわゆる遺存種にも当り、本当に貴重な存在でもあります。

──失ってからその大事さに気付くようなことだけには、ならないようにしたいものですね。今後とも先生のご研究を応援しております。

本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
『コウモリの生活戦略序論』(東海大学出版会)

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