こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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謎が多い海洋生物の生態。毒とアレルギーの研究から その謎解きをしていきたいと思っています。

魚貝類の毒とアレルギー

東京水産大学食品生産学科教授

塩見 一雄 氏

しおみ かずお

塩見 一雄

しおみ かずお 1947年、岡山県生れ。70年東京大学農学部水産学科卒業、75年同大学院農学系研究科水産学専門課程博士課程修了。日本学術振興会奨励研究員、米国ロードアイランド大学薬学部博士研究員を経て、91年より現職。農学博士。著書に『魚貝類とアレルギー』(2003年成山堂書店)、共著に『海洋動物の毒−フグからイソギンチャクまで−』(01年、同)など。

2003年6月号掲載


海に憧れて研究の道に

──本日は先生のご専門の海洋生物のお話を伺いたいと思っておりますが、まず、海洋生物といっても研究分野は幅広いと思います。その中でも先生は毒やアレルギーについてご研究されているということですが、この分野の研究は盛んなのですか?

塩見 毒については、フグ毒など特定の毒の研究をしている人はいますが、全般的にやっている専門家というのは少ないかもしれません。魚貝類アレルギーは最近注目されるようになり、研究はこれからといったところです。

──なるほど。では、詳しいご研究内容は後ほど伺うとして、まずはなぜ海洋生物のご研究を始められたのか、きっかけを教えてください。

塩見 私は岡山生れ、神戸育ちなのですが、子供の頃、家の近くに海水浴場があったので、夏休みともなると毎日のように海で泳いでいたんです。また、近所に水産庁に勤めていた人がいて、よく船に乗せてもらったりもしていたので、「大きくなったら海洋関連の仕事ができればいいな」と、子供心になんとなく思っていたんですよ。それで、大学では水産系の学科を選択したわけです。

──子供の頃の夢がかなったのですね。

塩見 海にはロマンがありますし、のんびり仕事ができるかなと思っていたのですが…、実際は違いましたね(笑)。

──仕事となるとそういうものなのでしょうね(笑)。では、毒の研究を始められたきっかけは?

塩見 海洋生物の生態を知るのに、一番シンプルなテーマだと思ったからです。

現在、地球上にいる生物の実に80%が海の生き物だといわれていますが、陸上と比べて観察が難しいので、謎を残した生物が、まだたくさんいます。また、当然ですが、陸上の生物とは生きるための戦略も違うはずです。そうした海洋生物の「生きるための戦略の謎解き」を、化け学の切り口からやってみたいと思ったのです。

──その戦略の中では「毒」が一番シンプルな手法だと?

塩見 そうです。毒はたいてい攻撃するためか自分の身を守るため、そのどちらかの目的ですので非常に単純明快です。

それに、海洋生物の毒というのは、私達の生活にも密着しています。毒のある魚貝類を食べてしまったり、海で刺されたりする危険性がありますからね。そういうところにも面白みを感じて、研究を続けてきたわけです。


プランクトン→魚→人間。食物連鎖で運ばれる毒

──海の生き物の毒といえばフグ毒が有名ですが、他にはどういう毒があるんですか?

塩見 われわれが食べる魚にある毒の1つが、熱帯や亜熱帯海域の魚が持つ「シガテラ」という毒成分です。馴染みは薄いですが、世界中で毎年2万人もの人がシガテラ中毒にかかっています。日本では沖縄辺りで年1、2件くらいの被害が出ています。

これは、何かの拍子でシガテラ毒を作るプランクトンが異常発生し、それが食物連鎖によって魚から人間へ伝わる、というものです。

──それは特定の魚ということではなく、普段は食べて平気な魚でも、毒にあたってしまう可能性があるということですか?

塩見 そうです。シガテラ中毒を起こす魚は300〜500くらいいるといわれていますが、中には私達にも馴染みのあるカンパチやイシガキダイもいます。症状としては、冷たいものにさわると電気ショックを受けた時のような感覚を覚える、温かいものを冷たく感じる、関節痛、筋肉痛、痒みを感じたりするといったことが分っていますが、死亡率は低いんです。

──それを聞いて安心しました。他に、食べると危険な毒にはどんなものが?

塩見 貝類には、主に麻痺性貝毒と下痢性貝毒という2種類の毒があります。

麻痺性貝毒はフグに匹敵する猛毒で、呼吸麻痺によって死亡する場合がほとんどですが、下痢性貝毒は比較的回復が早く、死亡例も出ていないので危険度は低いといえます。

これらも、もともとはプランクトンが作る毒素が原因ですが、最近は養殖場などの監視体制がしっかりしてきていて、一定の毒素量が検出されると市場に出ないようになっているので、被害は減ってきているようです。

──よく、カキにあたるという話を聞きますが、あれは?

塩見 カキにあたるのは毒ではなく、ウィルスが原因です。そのため、出荷段階での検査がちょっと難しいんです。


イモガイ、クラゲ、イソギンチャク。「刺毒」の正体はタンパク質

──食べて問題となる毒ではなく、刺されて危ない毒を持っている生物もいますよね。すぐ思い浮かぶのはクラゲやイソギンチャクですが…。

塩見 他にも、魚ではゴンズイ、ミノカサゴ、オコゼ、貝ではイモガイなどが有名です。

──それらの毒は、もともとどういう成分からできているのですか?

ヒトデ類の中で唯一刺毒を持つものとして知られるオニヒトデ。直径20−60センチメートルの体に9−23本の腕を持ち、体表は無数の棘で覆われている(円内は拡大写真。写真提供:塩見一雄氏)
ヒトデ類の中で唯一刺毒を持つものとして知られるオニヒトデ。直径20−60cmの体に9−23本の腕を持ち、体表は無数の棘で覆われている
(円内は拡大写真。写真提供:塩見一雄氏)

塩見 基本的にはタンパク質、あるいはもっと分子量の小さいペプチドが原因物質です。タンパク質は不安定で研究が難しいため詳しい構造が分っているのはわずかですが、ペプチドはかなり構造も解明できています。

例えば、毒矢を使って魚などを刺して食べるイモガイでは、1種類のイモガイの毒腺に50−200種類のペプチドが含まれていて、その多くが毒成分として機能しているといわれています。世界には約500種類のイモガイが生息しているので、少なくとも25000程度のペプチド毒が存在することになります。

──気の遠くなるような数字ですね。しかし、毒と薬は表裏一体といいますから、今後研究が進めば医薬品なども開発されて、毒が有効に使えることもあるのでは?

塩見 イモガイやイソギンチャクの毒は、神経科学の研究用としてすでに市販もされていますよ。

ただ、私個人としては、最初から実用化する目的で研究をしない方がいいと思っています。まずはどういう成分があって、それがどういう風に働いているのかを純粋に見ていって、その結果として医薬品に使える可能性が出てくるのがベストです。特に若い人には、自分の知的好奇心のために研究してもらいたいと思っています。


魚介類アレルギーを引き起こす3つの主要な成分

──時々、魚貝類アレルギーを持っている人がいます。「人間にとって危険」という点では、毒とアレルギーは共通していますが、両者の違いは、毒は誰でも冒される可能性があるのに対して、アレルギーはなる人とならない人がいる、ということですね?

塩見 その通りです。

普通、アレルギーというと、花粉症やハウスダスト、食べ物では卵や乳製品、ソバアレルギーを思い浮かべる人が多いと思いますが、魚貝アレルギーも意外に多いのですよ。例えば身近にエビやカニアレルギーの人はいませんか?

──そういえばいますね。ちょっと食べただけでも口や手が痒くなるようです。

塩見 実は日本人の成人の食物アレルギーの中では、エビ・カニアレルギーが一番多いんですよ。だいたい60−70人に1人くらいの割合です。

──そんなに多いとは驚きです。では、エビ・カニアレルギーを引き起こす物質の特定はできているんですか?

塩見 筋肉に主に含まれるトロポミオシンというタンパク質です。他の物質という可能性もゼロではありませんが、現段階では甲殻類アレルギーの原因は、すべてこのトロポミオシンと考えられています。

──日本人は世界で一番魚貝類を食べている国民ですから、魚貝アレルギーが多くて当然だと思いますが、諸外国でも魚貝アレルギーはあるのですか?

塩見 北欧では昔からタラアレルギーが有名です。タラアレルギーの原因物質はパルブアルブミンというタンパク質なのですが、実は食べ物も含めたすべてのアレルギーの中で、原因物質(アレルゲン)として初めて特定されたものとして有名な物質です。

──タラ以外の魚にはどんなアレルゲンが? 確か、先生は世界で初めてコラーゲンが原因の1つだと発見されたと伺いましたが…。

塩見 そうなんです。コラーゲンは扱いが難しいためにこれまでの研究では見落とされてきたのですが、様々な手法を試してようやく純粋に抽出することに成功し、それがアレルゲンの1つだと突き止めました。魚アレルギーの患者の3割くらいは、コラーゲンに反応すると思われます。

──魚のアレルギーの2大成分はパルブアルブミンとコラーゲン、エビ・カニアレルギーはトロポミオシンが主な原因物質ということですね。

塩見 今のところそうですね。

──よく、サバアレルギーというのも聞きますが、あれはどちらが原因なんですか?

塩見 「サバの生き腐れ」というものですね。実は、あれはアレルギーではなく中毒なんですよ。

──え! そうなんですか?

塩見 保存状態が悪いと、微生物が繁殖して中毒を引き起こすヒスタミンを作り出してしまう場合があるのです。

──アレルギーではないんですか。ということは、サバアレルギーだと思っている人の中には、新鮮なサバを食べればなんともないという人もいるかもしれませんね。

塩見 そうなんです。一方、逆のパターンで、中毒だと思っていたものが実はアレルギーだったというケースがあります。アニサキス症といって、アニサキスという寄生虫が魚を介して人間の体内、特に胃の内壁に入り込み、胃痛や腹痛、下痢などを引き起こす障害です。これだけだと一見食中毒の症状なのですが、実は同時にアレルギー症状をも引き起こすのです。ですから、単にアニサキスを取り除けば解決、というわけではないのです。

──むしろ、その後のアレルギー治療の方が重要になってくるというわけですね。


謎の多い海洋生物。広がる研究の可能性

有名なイソギンチャクとクマノミの共生。クマノミがイソギンチャクに攻撃されないのは、体表粘液に秘密があるというが、詳しいことはいまだ謎のまま…(写真提供:塩見一雄氏)
有名なイソギンチャクとクマノミの共生。クマノミがイソギンチャクに攻撃されないのは、体表粘液に秘密があるというが、詳しいことはいまだ謎のまま・・・
(写真提供:塩見一雄氏)

──他に毒関係ではどのような生物を?

塩見 イソギンチャクも研究しています。イソギンチャクの中には、触手とは別の部位を使って仲間を毒で攻撃したりする種もいるんですよ。

──ほう、それは知りませんでした。

イソギンチャクというとクマノミとの共生も有名ですが、あれはどうしてなんでしょうか? 他の魚は毒でやられてしまうのに、クマノミだけはなぜか守ってもらえる・・・。

塩見 実は、まだはっきりしたことは分っていないんですよ。クマノミの体表粘液に秘密がある、ということまでは分っているんですけどね。

──そういえば、先生は確か、魚の体表粘液の研究もされているとか…。

塩見 そうなんです。クロソイという魚の体表粘液に抗菌効果を持ったタンパク質があることが分って、研究を進めているところです。構造や関係遺伝子が分れば、食中毒を引き起こす細菌に対抗できる可能性もあります。

──それは素晴らしい発見ですね。

ウメボシイソギンチャクは、触手の付け根付近にある小器官(アクロラジ、写真矢印)を使って、別の個体を攻撃する。アクロラジにはペプチド毒が含まれており、攻撃する時はアクロラジを大きく膨らませて相手の体に押し付ける(写真提供:塩見一雄氏)
ウメボシイソギンチャクは、触手の付け根付近にある小器官(アクロラジ、写真矢印)を使って、別の個体を攻撃する。アクロラジにはペプチド毒が含まれており、攻撃する時はアクロラジを大きく膨らませて相手の体に押し付ける
(写真提供:塩見一雄氏)

塩見 今後も今の研究を継続しつつ、いろいろな生物の謎を解き明かしていきたいですね。毒についていえば、タンパク質の毒成分の構造、ペプチドの作用機構を詳しく探っていきたいですし、アレルギーについては、治療に役立つようなデータを集めて、アレルゲン性を抑えた食品の加工方法も研究したいと思っています。

──一口に海洋生物といっても、身近な海から深海の生き物まで幅広いご研究だと思います。そういう意味では体力勝負でしょうが、少しでも多くの謎を解明していっていただきたいと思います。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『魚貝類とアレルギー』(成山堂書店)

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