こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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野生動物は意外に身近な存在。 なのに分かっていないことが多すぎるんです。

野生動物との共生

麻布大学教授 日本野生動物医学会会長

高橋 貢 氏

たかはし みつぎ

高橋 貢

1929年宮城県生れ。麻布獣医科大学(現・麻布大学)卒業後、同大学助教授等を経て77年より教授。この間、65年よりアメリカのアニマル・メディカルセンターに交換研究員として1年間留学、「小動物臨床」の日本における先駆者となる。専門は小動物の心臓病および獣医外科学。中国・東北農業大学に招かれて教鞭をとっていた時、北京郊外で稀小動物の増殖に取り組む施設を見て、日本でも野生動物の医学的な研究・保護に積極的に取り組むべきだと考え、日本野生動物医学会設立に奔走、95年7月、同学会新設と同時に会長に選出された。9月末時点で会員数は567人。研究者ばかりでなく、学生や主婦等の一般人も数多く参加している。主な編著書は「動物のいのち」(90年、築地書館)、「獣医外科手術」(94年、講談社)他27編。日本学術会議会員。中国・東北農業大学名誉教授。獣医学博士。

1995年12月号掲載


獣医師の仕事には、蜜蜂の診療も・・・

──本題に入る前に、獣医さんのお仕事というのは、いろいろな動物の診療や治療をするお仕事と考えてよろしいですか。

高橋 動物と言いましても、実は、獣医師が診る動物というのは「獣医師法」という法律で限定されておりまして、動物全般ではないんです。本来は、人間の食用となったり、使役したりする動物、つまり家畜と言われる動物の診療、治療が仕事です。獣医師法上「家畜」と定義されている動物は、具体的には、牛、馬、羊、山羊、鶏、犬、猫等で、それに蜜蜂があります。

──蜜蜂が「家畜」の仲間というのは驚きですね。

高橋 実は蜜蜂には腐疽(腐蛆)病という強烈な伝染病があるんです。これが蜜蜂に感染したら、その蜂は全滅してしまうほど恐ろしい病気です。昔その病気が大変流行しまして、その治療や予防を獣医師が行うことになったという経緯があります。

──獣医さんが診療する動物は獣医法で定められているということですが、ということは、それ以外の動物についてはどうなるんですか。

高橋 獣医師法は適用されません。

──では、素人が治療しても違法ではないということですね。

高橋 そういうことです。だから、動物園の象が病気になると、別に獣医師の資格を持っていなくても、飼育係が薬を飲ませたり注射をしたりしても獣医師法違反にはならないわけです。


犬、猫は今や「コンパニオンアニマル」

──ところで「家畜」の定義の中に犬や猫も入っていますが、牛や馬などのような本来の家畜とはちょっと違うのではないかと思うんですが・・・。

高橋 犬や猫は、実は戦後に獣医師法に追加された動物です。おっしゃるように、牛や馬などとは、人間との関わり方において根本的に異なっていますが、愛玩動物とかペットなどと言われて、戦後、日本の社会文化度が高くなるに伴って増えまして、人間生活に密接なつながりを持つようになってきました。

──それで「家畜」の仲間に入っちゃったんですね。そういえば、戦後になって、犬を飼う家が急に増えましたね。玄関や庭につないで飼っていました。最近は犬の飼い方も変わってきたというか、多様化してきたというか・・・。

高橋 経済や社会環境の変化と共に、人間とそうした動物との接触の仕方も変化してきています。例えば、犬などは、番犬からペット、そして最近では「コンパニオンアニマル」などと言われるようになってきました。動物対人間という言わば物理的な関係から、友達や人生の伴侶とも言えるような精神的なつながりを持つ存在に変わってきているんです。そのため、こういう、人間と接触する動物の生命を全うさせる、あるいは一日でも長生きさせて人間との精神的なつながりを深めるように手助けするような仕事の領域も出てきました。「小動物臨床」という分野で、学術的にも研究が進んでいます。ところで、獣医師法で定められた獣医師の仕事というのは、それ以外にもいくつかあります。まず「獣医公衆衛生」と言いまして、牛乳や肉など、食用の乳・肉製品の検査をする仕事です。屠場で解体された家畜の肉は、獣医師が衛生的に問題がないかチェックし、合格したものだけが市場に出されるんです。

──それで、われわれは安心して肉やハムを食べられる・・・。

高橋 「獣医環境衛生」という仕事もあります。獣医師がレストランやホテル等の手洗い、テーブル、床、厨房等の衛生検査をしてから許可証が与えられるのです。その許可証がなければ営業できません。公衆浴場も同様です。

──そんなにいろいろなところで獣医さんが活躍されているとは驚きました。


「地球温暖化」で猿が里に下りてきた

──ところで、先生は今度「日本野生動物医学会」を設立され、初代会長に就任されましたが、これはどういう学会なんですか。

高橋 野生動物、いわゆる獣医師法に縛られない動物、はみ出している動物について、獣医学術的に多面的な研究を行ったうえで動物を保護していこうというのが、この学会の趣旨です。野生動物と人間との間は、かけ離れた世界のように思われるかもしれませんが、実際には、近年非常に接近してきている、野生動物は身近な動物になってきているのです。

──と、おっしゃいますと・・・。

高橋 一つには、交通網の発達が野生動物と人間との間に大きな問題を引き起こしているという実態があります。例えば、北海道から九州までのJR全線で、1年間に何千頭という野生動物が列車事故を起こしています。動物も被害を受けますが、JR自体も被害を受けています。自動車事故については鉄道の比ではなく、もっとすごい数です。もう一つは、地球規模の問題です。環境破壊などにより、野生動物の生態やサイクルが狂ってしまうということが起こっているんです。例えば、ここ数十年の間に出てきた「地球の温暖化」という現象があります。栃木県の日光では、冬の寒さで野生の猿がある程度淘汰されていくという自然のサイクルがあったんですが、温暖化によって淘汰される猿が少なくなり、数が増えてきた。それに加えて、周りの山の木が切られ食べ物はなくなってくる、というわけで、猿がどんどん里に下りてくるようになったんです。そうなると、畑は荒らされるわ、家には入ってくるわで、あの地域の農家は、自分の家や畑の周りに網を張って人間が網の中で生活しているんです。

──そういう状況に追いやったもともとの原因は人間ですね。

高橋 また、人間が誤った形で野生動物を保護する問題も出てきています。キタキツネは、昔は自然の中である程度淘汰され、だいたい一定の数が保たれていたんですが、人間が保護するようになって、数も増え、また人間社会に接近するようになってきました。ゴミ捨て場で食糧をあさったりする野生味のないキタキツネが増えてきています。キタキツネなどは「人獣共通伝染病」といって、動物から人間へ感染する病気を持っていることがあるので、注意が必要なんです。

──思っていた以上に人間社会に入り込んでいるんですね。

高橋 そういう状況にもかかわらず、野生動物のしっかりした研究というのがほとんどされていない、というのが実態なんです。生態も分からない、自然界の中でどういう役割を持っているのかも分からない動物がかなりいますし、何か危険なウィルスを持っていて病気を媒介している動物がいるかも知れないが、そういうことすらまだまだ未知の部分だらけです。ですから、ただ感情的に野生動物を保護しようということでは、何の意味もないし、解決にもならないんです。どうやって保護すればいいのか、何がその動物にとって本当の保護なのか、ということを人間サイドからだけではなく、生態系に基づいて動物側からも考えていかなくてはいけない。それができてはじめて、人間と動物が同じ世界で共生していけることになるんだと思います。しかもそれは、一地域、一国レベルという単位だけではだめで、最終的には地球規模でネットワークをつくってやっていかないといけないと思います。


動物と人間の共生は人間の心を豊かにする

高橋 一つは、野生動物の傷病治療体制をきちっと確立するということです。資格のない人が診断・治療できるというのは学術的にも問題がありますので、獣医師による診断・治療体制を動物全体としてつくっていきたいと思います。二つ目は、野生動物の生態の研究です。これがまだまだ不明な部分が多く、特に希少動物と言われる動物についてはまったく解明されていません。野生動物を保護するためにも生態の解明は必須課題です。三つ目は、野生動物を中心にした環境の保護です。例えば奄美大島には稀小動物が数多く生息していますが、あの環境を破壊したら、動物たちもついえてしまいますので、動物保護には環境の保護が最も重要なテーマです。そして四つ目は種の保存です。日本だけでなく世界的にもそうですが、稀小動物は新しく生れることはない反面、必ず滅びていくわけです。トキのように手遅れになる前にきちんと対策を打たなくてはならないと考えています。この四つを活動目標にして、まずは日本国内でやれるところから足固めをしていく。その次に東南アジア、そして世界と段階的に活動していきたいと思っています。

—— 人間はついつい思い上がって、自分たちを中心に世界を考えてしまいがちですが、振り返って考えれば、自分たちも自然界の一部であるわけで、共生も絶対できない話ではないかも知れませんね。

高橋 動物を可愛がる人に悪い人はいないと言われますが、動物と人間が共生していくことは、人間の心を豊かにしていくことだとも思うんです。

—— 学会の活動を通じてそういうやさしさの輪が広がっていくといいですね。ご発展をお祈りしています。どうもありがとうございました。


近況報告

高橋先生から以下のメッセージが届きました。 「近年、未婚の独身者の増加、集合住宅で犬や猫が飼えない、あるいは動物を飼う手間がかからないなどの理由で、ペットとしての野生動物や爬虫類の飼育が急速に増えています。これらの動物は東南アジアやアフリカなどから輸入され、なかには輸入禁止の動物も密輸されているようです。このような動物の無制限な輸入は、人獣共通伝染病の持ち込みや家畜の新興・再興性伝染病のキャリアとなる可能性があり、厳重な取締りと検疫が必要だと思います」


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