こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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日本は海に囲まれた国なのに 海の中の生物について無関心過ぎますね。

魚の生活史

東海大学教授 東海大学海洋科学博物館副館長

鈴木 克美 氏

すずき かつみ

鈴木 克美

1934年静岡県生まれ。東京水産大学卒業後、江の島水族館、金沢水族館副館長を経て現在、東海大学教授、同大学海洋科学博物館副館長、同大学社会教育センター学芸文化室長。専攻は魚類生活史学。農学博士。著書に『魚は夢を見ているか』(1991年発行、丸善)は、“ヤツメウナギとウナギはどう違う”“海底に皮膚科の病院”など、50の「魚の話」が収録され、もっと魚の世界に興味を持って欲しいという鈴木氏の願望が強く込められた本である。他著に、『海べの動物』、『魚の本』、『イタリアの蛸壺』、『黒潮に生きるもの』、『ケンペルの見た巨蟹』等多数。

1992年2月号掲載


「君達が見ているのは海ではなくて海面だ!」

──先生が魚の道に入った動機は何ですか。

鈴木 ひと言で言えば、動物好きから魚の世界に入ってきたということになるでしょうか。小さい頃の虫好きや動物好きの延長でこういう方面に入って来る人は結構いますね。また、自然科学の研究がしたくて、その結果、魚を研究対象にしたという人もいます。どちらも結局やっていることは同じなんですが…。

──ひと口に「魚の研究」といってもいろいろな分野があると思いますが…。

鈴木 魚のことを勉強する、研究するというのは、大きく二つの道に分かれると思います。

一つは「水産」という立場で魚をみて、もっともっと人間のために資源として役に立つようにするにはどうしたらいいかを勉強するというもの、もう一つは、まだまだわかっていない自然の不思議を調べてみたい、という興味です。

東海大学海洋科学博物館(1970年設立)では、海洋に関する様々な研究がされている。施設には、水族館をはじめ、海洋資源の研究に関する展示や、蟹や魚のロボットを使って、海洋生物の習性を研究している機械水族館等があり、一般の見学者も楽しみながら海について学べる施設である。
東海大学海洋科学博物館(1970年設立)では、海洋に関する様々な研究がされている。施設には、水族館をはじめ、海洋資源の研究に関する展示や、蟹や魚のロボットを使って、海洋生物の習性を研究している機械水族館等があり、一般の見学者も楽しみながら海について学べる施設である。

この海洋科学博物館は、駿河湾の奥(静岡県清水市)にありまして、海岸から1キロメートルも行くと1000メートルとか1300メートルという深海なんです。そのためこのあたりは昔から深海漁業が盛んなんですが、実は深海魚については、ほとんど何も研究されていないんです。もっと言えば、深海魚に限らず「魚」そのものについて、意外に研究がされていないんですね。

──とおっしゃいますと・・・。

鈴木 私は毎年授業の初めに海洋学部の学生に「今君達が見ているのは駿河湾ではない。駿河湾の海面だ」と言うんです。われわれ日本人は海を見てきれいだとか、清々しいとか、気持ちがいいとか言いますが、海の中はどうなっているのか、どんな生き物がいてどんな生活をしているのかということを考える気持ちがうすい、考えようとする習慣がないと思います。

日本には約3400種の魚がいて、名前や種類についてはよくわかっていますが、生態についてわかっているものはまだ少ないんです。


雄から雌に、雌から雄に性が変わる魚がいる

──3400種というのは、すごい数ですね。

鈴木 ええ。3400種のうち一般市場に出て来る魚は5分の1足らずの600種ですから、日本にいる魚の豊富さがおわかりになろうかと思います。一方、水族館で飼っている魚はそういうものとは違いますけど、だいたい380種くらいです。日本にいる魚全体の1割ちょっとといったところです。

そのそれぞれの魚の生活についても、われわれはあまりにも知らなさすぎると思うんです。もちろん、詳しくわかっている部分もあるのですが、例えばどういう経過で魚が一生を終わるのか、魚はどの程度のことを知っているのかなどについてはよくわからないわけです。

──そう言われてみますと、われわれは寿司屋や水族館で魚の名前は知っていても、生態についての情報や記述はあまり見かけませんね。

鈴木 例えば、性が変わる魚がいるんです。雄から雌に、雌から雄に、そして一度変わったものがまた戻るということもあるんです。

また、魚の体の中には約24時間周期の体内時計があって活動のリズムをつくっていると言われていますが、その体内時計にどの程度生活が規制されているのか、固有の生活リズムがあるのかないのかなど、海の魚についてはほとんど研究がなされていないんです。

さらに、魚でなくてクラゲとかイソギンチャクになると、生活史どころか分類学もまだまだです。研究者が少ないんです。

要するに、好奇心を持って、興味を持って勉強しようとすれば、まだまだやらなければならないことはたくさんあるし、やろうと思えばこの分野には未開のテーマが限りなくあるということです。私は、そういう意味で、この研究は奥が深いし、知的好奇心を満たす意味でもとてもいい仕事だと思っているんです。

──研究対象としては、まだまだの分野ですね。

鈴木 そうですね。例えば日本人は魚を食べることでは世界でもトップクラスの民族なんですが、魚を科学的にみるようになったのは明治維新以降です。日本魚類学会で出している魚類学雑誌にはいい研究もどんどん出てきていますけれども、残念なことに大どころの系統分類学などは外国の学者がまとめてきたんです。まだまだ外国の学者の後塵を拝している部分が多いというのが現状で、これは魚ばかりでなく、科学の歴史そのものもそうなんです。

わが国は海に囲まれている世界一の水産国で、世界一魚を食べる民族であることを考えるとちょっと残念です。早く言えばわれわれ日本人は海洋民族ではなかったということです。海を科学する眼を身に付ける時がなくて、情緒的に見てきたということが言えると思います。

ここの博物館に来られる見学者にも、魚を見てきれいだ、かわいい、不気味だ、あるいはうまそうだ、という見方をする人がほとんどですね。どこで釣れるか、刺身が何人前取れるか、と聞く人もいます。しかし、海の中でこの魚はどう暮らしているんだろう、という見方をする人はあまりいませんね。

東海大学海洋科学博物館内にある深海ザメ「ラプカ」のコーナー
東海大学海洋科学博物館内にある深海ザメ「ラプカ」のコーナー

変な先入観を持たずに魚を見てほしい

──確かに、魚は夢を見ているのかとか、生き方はどうなのかと科学的に考えるというのはあまりピンとこないですね。われわれは科学のおもしろさがわりあいにわかっていないのかもしれませんね。しかし、科学への入り口として「魚」というのは非常に入りやすい気がします。

鈴木 そうですね。われわれが魚を学問するということは、今までわかっていないことをきちんと説明できるようにすることだと思います。本来、学というのは自然にあるものを取り出して、体系だてて説明することです。自然には何かの法則がある。魚はその法則にのっとって生活している。例えば、どこで生まれてどう育って、どうやって繁殖していくのか、そしてその子供はどんな形をしているのか。そういうことがわかって、魚を見るとその生活が表面的にでも浮かぶようになって来れば、もっと気持も豊かになって来るだろうと思います。

──なるほど。そういうことがもっとわかってくれば魚を見ることが、ただ眺めるだけではなく、もっとおもしろくなってきますね。今後の先生のご研究に期待していきたいと思います。

また、われわれも魚や海を見る時、自分たち本位の見方ではなく、もっと魚を理解しようとする意識を持つことが必要ですね。

鈴木 おっしゃるとおりです。

ひと言言わせて頂ければ、へんな先入観を持たずに魚を見てほしいですね。例えば魚は生臭いものだとか気味の悪いものだという先入観が日本人、特に女性に多いんです。ここの水族館にもウミヘビがいたことがあるんですが、「ウミヘビは気味が悪いから入れるのはやめろ」という意見が出たくらいなんです。なぜ気味が悪いのかというと、特に理由があるわけでもなくて、例えば長過ぎるからと言う(笑)。でもよく見るとけっこうかわいい目をしていますし、体もキラキラ光ってきれいです。ハンドバックにしているくらいですから。

──そういう女性、いますね。そのくせハンドバックを持っていたりする…(笑)。

鈴木 今は自然が身のまわりからだんだん遠くなっています。せっかく海に囲まれて海を利用しながら生活してきた私たち日本人が海からどんどん遠くなっていくのではないかとちょっと心配しています。

「地球を直径1mだとすると、海の水はたったの660ml。限りある大切な海を、美しい姿のまま次の世代に伝えていきたいですね。」
「地球を直径1mだとすると、海の水はたったの660ml。限りある大切な海を、美しい姿のまま次の世代に伝えていきたいですね。」

われわれに一番近い自然というのは海だと思うんです。生物の存在意義に近づくには海が一番いいんじゃないかと思います。人間の先祖は魚を一番の食料にしていました。魚は3億5000万年も前からいたんです。人間はそれに比べてずいぶん新米です。先入観や固定観念を持たずに海へ行って、足元に目をやってほしいですね。

──われわれにとって、一番の自然のもとみたいなものですからね。

鈴木 魚ばかりではなく、鳥や動物や昆虫も同じです。われわれも一般の方々にもっと自分たちが勉強してわかったことをお伝えしたいと思っています。それは知識をひけらかすのではなくて、私たちの主張や自然を見る眼に共感してもらいたいからです。

──私自身も少し反省するところがあるような気がします。いいお話をありがとうございました。



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