こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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イヌは、オオカミが家畜化した動物。 縄文時代から、人間の良きパートナーだったのです。

日本犬の起源を探る

岐阜大学名誉教授

田名部 雄一 氏

たなべ ゆういち

田名部 雄一

1930年、東京生れ。53年、東京大学農学部卒業。同年、農林省畜産試験場技官、61年、農学博士。68年に農林省畜産試験場主任研究員に。同年、岐阜大学農学部助教授、72年にインド国立獣医学研究所客員教授を経て、75年より岐阜大学教授。91年、退官し名誉教授に。98年まで、麻布大学獣医学部教授を務めた。71年日本畜産学会賞、83年日本農学賞、83年読売農学賞、九七年には紫綬褒章を受賞。著書に『性分化とホルモン』(84年、学会出版センター)、『犬から探る古代日本人の謎』(85年、PHP研究所)、『野生動物学概論』(95年、朝倉書店)など。

2000年11月号掲載


イヌの起源はインドオオカミ、アラビアオオカミ

──先生は、アヒルやニワトリなどの家禽(かきん)類の産卵に関する研究のほか、イヌの起源に関するご研究でも大変著名でいらっしゃいます。本日は、私達の身近にいる動物、イヌの話を中心に、お話を伺いたいと思います。

まず、イヌの歴史についてお伺いします。イヌの祖先はオオカミであるといわれていますが、本当でしょうか。

田名部 オオカミが人間に飼われる、いわゆる家畜化されるようになって、イヌへと変化していったようです。DNAで近縁関係を調べてみると、非常にイヌとオオカミは近く、これは間違いありません。

──いつ頃から、イヌになったんですか。

田名部 はっきりしたことは分りません。ただ、2万年ほど前のイヌの骨が発見されているので、少なくともそれ以前、2−3万年くらい前にはオオカミが人間に飼われ始め、同時にイヌというものが誕生したと考えられます。

──オオカミが飼育されてイヌになったとは、驚きです。

最初は、どのあたりの地域で飼われ始めたのですか。

田名部 古いイヌの骨は、ユーラシア大陸で多く発見されています。ユーラシア大陸には四種類のオオカミがいるんですが、中でもわりあい小型のインドオオカミ、アラビアオオカミが家畜化されイヌになった可能性が高い。家畜化されると自ら移動することはありませんから、人間とともに移動し、各地のオオカミと交(か)け合さって、いろいろな種類ができていったのではないかと思います。DNAを調べても、ヨーロッパにいるイヌはヨーロッパのオオカミの、日本犬などアジアのイヌはアジアのオオカミの遺伝子が混じっていることが分るんです。

──人の移動とともに混血し、さらにその地の環境に適応することによって、さまざまな犬種ができたんですね。


人間の生活形態とともにイヌの役割も変化

──ところで、もともとオオカミは他の動物を襲う怖い存在です。人間はどういう理由で、オオカミを飼うようになったのでしょうか。

田名部 オオカミは体があまり大きくなく、大型の猛獣からねらわれやすい動物ですから、襲われないよう、安全な場所を求めていました。人間は武器を使い集団で行動するので、大型の猛獣も昼は恐れて襲いませんでした。従って、人間の住む場所の近くは、オオカミにとっても安全な場所だったのです。そういう中で、オオカミは雑食性が比較的高い肉食動物ですから、夜になると、人間の残した骨、内臓などの残り物をあさるようになったと思われます。最初は、人間もオオカミを追い払うなどしていたでしょうが、夜に野獣の襲撃があるとオオカミが吠えるので、警戒用に役立つことが分り、いつしかオオカミの仔を巣から持ち帰って、飼育するようになったのではないかと考えられます。

──最初は、番犬用にオオカミを飼いだしたのですね。

田名部 おそらくそうでしょう。そのうち、オオカミの優れた嗅覚や聴覚、足の速さといった特徴を、人間が気付き、狩猟の助手として活用するようになったと考えられます。

その後、人間の生活形態が変化するにつれ、相互の関わり合い方も多様になり、また関わりが深まる中で、オオカミは「イヌ」化していったものと思われます。

牧畜を始めた人間には、ヒツジやウシなどの家畜の群れをコントロールする牧畜犬として、利用されるようになりました。一方、農耕を始めた人間にとっては、イヌの用途は番犬だけになり、あまり重要な役割を果たさなくなりました。その代りに、食用としても用いられるようにもなったのです。そして近代では、軍用犬や警察犬、麻薬探知犬などへの用途も広がり、現代では家庭犬としての存在価値が増大しています。特に1950年代以降、先進諸国においてはペット、最近ではコンパニオンアニマル(伴侶動物)と呼ばれていますが、この役割がより重要視されてきました。

──お話を聞いていると、人間にとってのイヌとは、歴史的に見ても非常に重要で、かつ身近な存在だったことが分ります。

対談風景


西洋犬の輸入で日本犬が減少傾向に

──日本におけるイヌの起源、歴史はどうなのでしょうか。

田名部 以前、日本を始めモンゴル、韓国、台湾、東南アジア、ヨーロッパなど各地のイヌの遺伝子を調べたところ、モンゴル犬や韓国犬が日本犬に近いことが分りました。さらに、日本犬に多く見られる突然変異型の遺伝子が、韓国犬だけに見られたんです。そのことから察するに、モンゴルなど東北アジアから韓国に移入したイヌに突然変異が起き、それが日本列島に入ってきたと考えられます。

しかし、それだけが日本犬のルーツとはいえそうにない。なぜなら、日本犬の一部に東南アジアのイヌと同じ型の遺伝子を持ったイヌもいるのです。

──東南アジアのイヌがどうやって日本にやってきたのでしょうか。

田名部 どういうルートをたどったのかはよく分りませんが、縄文人によって日本列島にもたらされたのではないかと考えられるのです。一方、弥生人とともに突然変異型の遺伝子を持ったイヌが朝鮮半島を経てたくさん入ってきて、先にいた縄文犬と混血し、今の日本犬のもととなったと思われます。その後、古墳時代以後は、外国のイヌの影響を受けず、日本犬が成立していったようです。

──確かに、弥生人は朝鮮半島からやってきたといわれていますから、人の歴史と照合するとぴったりきますね。

田名部 そうなんです。イヌは常に人間とともに移動するので、日本犬の起源から日本人の歴史、ルーツが見えてきます。しかし、古いイヌの型の遺伝子がどうやって日本に入ってきたのかなど、明らかにすべき点がまだまだ残されています。今後、古いイヌの骨のDNA解析などを用いて、調査していかなければいけません。

──イヌと日本人の関わりは、そもそもどうだったのでしょう。

田名部 縄文人の生活の中心は狩猟採取でしたから、イヌを猟犬として使っていたと考えられます。

──その頃の遺跡から、埋葬されたイヌの骨が出てきたという記事を見たことがあります。当時から、人間にとってイヌは重要な存在だったんですね。

田名部 そうでしょうね。確かに、約1万1千年前の遺跡、愛媛県の上黒岩陰遺跡から出てきました。

しかし、今から約2千3百年前の弥生人の時代になると、大きくイヌの用途も変りました。実は、長崎県の原(はる)の辻遺跡から、たくさんのイヌの骨、それも殺されて食べられた跡のある骨が発見されたんです。弥生人は農耕生活をしており、イヌは「食用」としての存在だったようです。

それが6世紀頃になると、仏教の伝来とともに、イヌだけでなくウシ、ウマ、ニワトリなどの肉を食べることが禁じられるようになりました。実際にはその後も、わずかながらイヌを食べる習慣が残っていたんですが、明治時代以降は欧米の動物愛護思想の影響からか、ほとんどなくなりました。

──最近、西洋犬との混血が進むなど、純粋な日本犬が少なくなったようですね。

田名部 そうですね。明治時代から西洋犬が輸入され始め、純粋な日本犬が少なくなりました。昭和初期から保存運動が高まり、秋田犬を始め北海道犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬、柴犬、越の犬(後に絶滅)の七品種が天然記念物の指定を受けました。また、絶滅したとされていた薩摩犬、西郷隆盛の銅像のイヌとして有名ですが、これが最近発見され保存運動が起きるなど、各地で日本犬を残そうという動きが盛んに起きています。しかし、すでにたくさんの日本犬が絶滅してしまっています。

──非常に残念なことです。

写真は、田名部氏らが95−96年に遺伝子の調査を行なった時のもの。短脚の特色を持つ南大東島犬。系統繁殖がなされておらず、外見が柴犬に近い日本犬型のもの(左)と、西洋犬と雑種化したと思われるタイプ(右)がいる。マタギ犬として猟に使われてきた岩手犬。西郷隆盛の銅像のイヌとして有名な薩摩犬。


ペットを飼うことで病人の死亡率が激減!

—— 現代は、コンパニオンアニマルとして、イヌを含め多くの動物が飼われています。ペットを飼うことは精神衛生に良く、健康保持に役立っているともいわれていますね。

田名部 そうなんです。実際に最近、アニマルセラピー(動物介在療法)としての効果が報告されています。

最初は、1980年にアメリカの研究者のフリードマンが、心筋梗塞を起こした患者の一年後の死亡率について調べたところ、ペットを飼っていた人の死亡率はそうでない人の5分の1でした。さらに面白いことに、中でもイヌを飼っていた人の死亡率が低いという結果が出たんです。

—— ネコではどうなんですか。

田名部 ネコとイヌそれぞれについて、飼う前と飼ってからの10か月間、飼主の健康状態の違い、例えばコレステロール値や血圧、病院へ行った率などを調査した研究者がいます。飼い始めの一か月は、ネコ、イヌどちらも状態が良くなりました。しかし3か月くらい経つと、イヌはそのまま良好なのですが、ネコを飼っていた人は以前の状態に戻ってしまったんです。

—— 興味深い結果ですね。イヌの方が主人によく従い、結び付きが強かったりするからでしょうか。

田名部 そうですね。ネコもイヌもコンパニオンアニマルとしては、どちらも適した動物です。しかし、より強い精神交流がより良い効果を生むと考えられているアニマルセラピーには、人を家族の一員として意識し、強い精神交流を求めてくるイヌの方が適しているようです。また、イヌの場合、散歩するので運動をして健康になるとか、イヌは番犬になるので安心するとかなどともいわれています。しかし、まだ推論の段階で、これからの研究が待たれるところです。

—— 大いに期待したいところですね。

最後に、われわれがイヌを飼うに当って、何かアドバイスなどはありますか。

田名部 イヌは、犬種によって非常に性格が異なります。その性格を熟知し、さらに飼う家庭の環境も考えて、各家庭に合った犬種を飼っていただきたいと思います。人間とイヌがともに幸せに暮らすためには、人の払う努力も相当多いことを忘れないでほしいですね。もちろん、イヌに限ったことではありませんが…。

—— 飼う以上、最後まで家族の一員として付き合っていく覚悟が必要ですね。

そのことが人間にもイヌにもいい相乗作用を生んでいくのだと思います。

本日は、人間とイヌとのつながりの深さを改めて認識させていただきました。ありがとうございました。



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