こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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意外にも、我々の運命を左右するのは 個体の能力差ではなく、周囲との相性だったんです。

実験室で「進化」をつくる

大阪大学大学院工学研究科助教授

四方 哲也 氏

よも てつや

四方 哲也

よも てつや 1963年、京都府生れ。86年、大阪大学工学部卒業。1年間の米国留学を経験、91年同大学大学院工学研究科博士課程修了。同大学工学部助手を経て、98年より現職。現在、大阪大学大学院情報科学研究科バイオ情報工学専攻助教授のほか、02年4月より工学研究科応用生物工学、生命機能研究科各助教授を兼任。また、2000年10月より東京大学総合文化研究科助教授を併任。科学技術振興事業団さきがけ21「協調と制御」研究員も兼ねる。著書に『眠れる遺伝子進化論』(97年、講談社)がある。

2002年9月号掲載


実験室で進化実験。定説の検証に挑む!

──この度の「ズッカーカンドル賞」受賞おめでとうございます。新聞によると、この賞はアメリカの科学専門誌「分子進化ジャーナル」(JOURNAL OF MOLECULAR EVOLUTION)が創刊30周年記念に新設したもので、1年間の掲載論文の中で最も優秀な論文の筆者に贈られるものだそうですね。同じ日本人として、大変うれしく記事を拝見いたしました。

四方 ありがとうございます。受賞論文は「実験的分子進化を通しての適者生存と多様化の可塑性」というタイトルで、簡単にいうと生物の多様性が生れるメカニズム、いわゆる進化実験をテーマにまとめたものです。

──しかし、そもそも進化実験とはどういうことなんでしょうか? 進化は、自然が何億年もかけて行なってきた歴史的現象だと習いました。ですから、どうしても科学とは結び付かないのですが…。

四方 そうかもしれませんね。

ご承知のように、進化論はすごく良くできた話だとは思うのですが、誰かが見たわけでも、証明したわけでもない。かねがね私は、本当かな? と思う部分があったので、自分を信じさせるには目で見て確かめてみるしかないなと(笑)。

──面白い発想ですね。「進化」の実験なんて、できるわけがないと思ってしまいがちですが、先生は実験室の中で実行してしまったのですね。

四方 動機は結構単純なんです。より優れた種が残るんだという進化論の通りであれば、勝ち残るためには日々頑張らねばならないのかなと思ったら、気が重くなりまして…(笑)。

また、何を基準とするかは別として、「優れていないものは滅んでしまう」という進化論の考え方も、これだけ多様化した生物が存在する現実を前にすると、果たしてそうなのかなと思ったわけです。それが真実であれば、今、存在するものは、これまでで一番優秀で能力が高いということになりますよね? それも本当かなと。

──いわれてみると、確かにそうですね。ある一面だけを捉えると説明もつきますが、必ずしもすべてのことが進化論で説明できるとは限らない…。

四方 でしょう? ご存知のように進化というのは、突然変異がどのようにして後に伝わっていくのかが、1つのポイントです。それならば、突然変異が起きた場合、種がどのような選択をし、適応、淘汰が行なわれるのか見てみたいと思いませんか?

──早速、実験の話を聞かせてください!


大腸菌の勝ち残りゲーム、果たしてその結果は?

──具体的に、どのような実験をされたのですか?

四方 大腸菌の中の、グルタミン酸をグルタミンに変換する酵素をつくる遺伝子だけに突然変異を起こさせて、さまざまなレベルの変異種をつくり、勝ち残りをかけて生存を競わせたのです。

──なぜまた大腸菌の、それも1つの酵素の遺伝子に着目されたのですか?

四方 大腸菌は単細胞生物ですから、動物に比べたらはるかに単純で、変化が起こった時に分りやすいからです。これを、動物で比較しようなどと思ったら、様々な要素が考えられ、何が作用したのか分らなくなって実験になりません。

また、ネズミとゾウでは競争になりませんよね? むしろ同じ大腸菌同士なら、同じ餌を食べるので競争が激しくなります。そうしたような理由から、大腸菌のグルタミン合成能力にだけ差をつけて、勝ち残りゲームをしたのです。実験科学で多様性を説明したければ、最も多様性が起こりにくい、このような状況で実験をして証明するしかないと思いまして…。

──なるほど。よく分りますが、それにしても勝ち残りゲームを仕掛けるとは、随分と意地悪な…(笑)。とはいえ、その内容をもう少し詳しく伺えますか?

四方 まず、大腸菌にとって、グルタミンは生きていくために必要不可欠なもので、合成能力は生死にかかわる要素だということを覚えておいてください。

──グルタミンをたくさんつくることができる遺伝子を持った大腸菌ほど、生きる力が強いということですね?

四方 そういうことです。実験は、培養槽の中で、先程の酵素の遺伝子に、無作為に人工変異を加えながら、数百種類の大腸菌をつくり、それらを培養しました。培養槽には、一定速度で餌をひたすら与え続けます。ですが、そのまま放置しては大腸菌だらけになってしまうので、餌を与えつつも、増殖した大腸菌を含んだ溶液を一定速度で外に流出させます。その流出した溶液中の大腸菌を徹底的に調べました。

──それで、その結果は?

四方 どんな結果を想像されますか?

──進化論でいう「自然淘汰」の論理でいけば、たくさんのグルタミンをつくることができる大腸菌が増殖していく。その一方で、その能力の低いものは減少し、いずれ滅んでいく…となりますね?

四方 そうですよね? それが実験をしてみると、そうともいえないという結果が出たのです。

大腸菌は、自分が生き残るためにグルタミンをつくっていますから、いわば利己的です。しかし、完全に利己的になるというのは難しいようで、たくさんのグルタミンをつくっても、取りこぼしたり、漏らしてしまうような大腸菌も出てくるのです。また、せっかくつくっても途中で死んでしまう大腸菌もいます。そうすると、必ずそのおこぼれを頂戴しようというタイプが出てくるのです。

──ということは、さまざまなレベルの種が、培養槽の中で共存していると?

四方 その通り。何度繰り返しても、能力の高い種だけが残ることはなかったのです。もちろん滅んでしまった種もいましたが、それも必ずしも能力が低かったからとはいえません。

というのも、滅んだ種を取っておいて、しばらく経った後に培養槽に戻してみました。時間が経っていますから培養槽の中は、その種が滅んだ時よりも随分進化が進んでいます。理屈では、すでに途中で滅んでしまったものは、より進化した個体のいる環境で生き残れるはずがありません。しかし面白いことに、種によっては、復活し、競争しながら共存することもあるのです。

──すでに淘汰されてしまったはずなのに…、どういうことですか?

四方 すでに滅んだというのは事実ですから、その時は確かに弱かったのでしょう。しかし、周りの面子が変れば、生きていくこともできるわけです。となると、能力が低いから滅んだともいい難く、むしろ周りとの相性が悪かったから滅んでしまったともいえるわけです。

ですから、そのものの質はもちろん大切だけれども、それよりも周りとの関係性の方が、運命を支配する重要なファクターなのではないかと。

話は飛びますが、例えばもし今回、この対談の内容が面白くないと全然受けなかったとしても、10年後に再度掲載したら非常に受けるなんて可能性もあるかもしれない(笑)。これも、私と読者との相互作用がどう働くかにかかっているわけです。

──なるほど、とてもよく分りました(笑)。

大腸菌の酵素1つとっても、相互作用があるとなると、さまざまな要素から成り立っている生物の相互作用はますます複雑になるわけですね。これが多様性が生れるメカニズムであると?

四方 ええ。「自然淘汰」「適者生存」の通りに行けば、優れた種1つだけが残るはずです。けれども実験では、能力的に7合目や8合目レベルのものが結構うろうろしていることが分りましたし、さらに2合目レベルでも生きていられることも分りました。これも偏に相互作用のおかげだと思うのです。

ですが、これだっていつまでもベストな関係にあるかというとそうでもない。新しいものが生れれば新しい状況になり、関係性も変化していきます。そして、さらに新しいものが出てきたら、三角関係になったり、四角関係になったり、どんどんダイナミックになって、多様性を生み出すのではないでしょうか。

──生命そのものが、まさにそういう仕掛けでできているのだと実験で証明なさったのですね。これはとんでもない偉業ですよ!

四方 ありがとうございます。

ですから、人間に当てはめてみれば、優秀な人ばかり集めても、常に全員が優秀だということはあり得ないわけです。誰かが優秀であれば、必ずさぼる人も出てくる、逆にさぼっている人を見て、優秀な人はますます頑張る、なんていう相互関係も出てくるのではないでしょうか。また、逆に考えれば、多様な状況では新たな相互関係も生れてくるでしょうし。

──私事になりますが、当社も非常に多種多様なタイプの人間が集まっているんです。たまに、だから何とかやっていけるのかな…なんて思うんですよ(笑)。

【実験室内進化系で得られたグルタミン合成酵素遺伝子の分子系統図】W1が原種。英文字の同じものは、DNA配列は違ってもアミノ酸配列は同じ。1回目に 加えた突然変異では、数百種類の変異型遺伝子があったが、培養するに従って激しい競争を起こした結果、3種類のみが残った。2回目は、この3種類の集団を 壊さないように変異を加えた。すると、遺伝子が少しだけ変化したものが現れるが、500時間培養を続けると、最終的にまた3種類が残った。3回目では、2 回目でかなり数の少なくなったAのグループが逆襲して再び増加。激しい競争にもかかわらず、複数の変異型酵素が共存状態にあることが分る


動く植物づくりで、植物誕生の謎に迫る!

──それにしても、そういう普通の感覚を、実験からアプローチするとは、本当に発想がユニークですね。他にもいろいろとご研究を進めていらっしゃると伺っておりますが。

四方 ええ、遺伝子だけの人工生命を試験管の中で培養してその進化を見たり、油膜の中でタンパク質をつくるなんていう試みもしています。変ったところでは、動く植物をつくってその進化を見るという研究も結構うまくいっているんですよ。

──動く植物!−

四方 いつかつくってみたいな、できたら楽しいだろうなと思っていたので(笑)。

実験は、テトラヒメナという原生動物に、光合成をするシアノバクテリアというバクテリアを食べさせて、共生関係が生れるか、そしてその状態で進化していくのかを確かめようというものです。

──それは、太古の昔に、光合成細菌が他の細胞の中に住み着いて、植物に進化したことに迫る壮大なご研究ですね。

四方 その瞬間が見たいわけです(笑)。

始めは、普通にシアノバクテリアを与え、テトラヒメナもただ食べて、ただ消化しているだけだったのですが、しばらくしてから空気のない環境に移してみました。

──テトラヒメナとしては、酸素がなければ死んでしまいますね?

四方 ええ。ところが、テトラヒメナは、それまでただ消化していたシアノバクテリアを消化しないで体内に残すようになり、シアノバクテリアが生き続けるようになったのです。これは、シアノバクテリアが光合成をしてつくり出した酸素に頼り始めたのではないかと考えています。

【テトラヒメナとシアノバクテリアの人工共生系】(右)酵素のある状態のテトラヒメナ。光合成を行なうシアノバクテリアを餌として与えても、体内に残すことなく消化してしまう。(左)酵素のない状態で3か月を経過したテトラヒメナ。体内の緑色のものが、シアノバクテリア。何らかの共存関係が成立したと考えられる

【テトラヒメナとシアノバクテリアの人工共生系】(右)酸素のある状態のテトラヒメナ。光合成を行なうシアノバクテリアを餌として与えても、体内に残すことなく消化してしまう。(左)酸素のない状態で3か月を経過したテトラヒメナ。体内の緑色のものが、シアノバクテリア。何らかの共存関係が成立したと考えられる

──しかし、どれをとってもユニークなご研究ばかりですが、その発想の源は?

四方 アイディア自体は、そんなに独創的ではないと思いますよ。「進化を見てみたい!」「生物のようなものをつくってみたい!」というのは、誰でも思いつくようなテーマだし、子供の頃に思った人も多いのではないでしょうか。しかし、大人になってそういう気持ちを忘れてしまったり、できないだろうとやらないだけなんです。ですから、結局は「やってみたい!」という気持ちが大事なんだと思います。まだまだ研究してみたいテーマはたくさんありますよ。

──先生は痛快でいらっしゃいますね。今後もぜひそのままの姿勢で、ご研究に励んでいただきたいと思います。成果を心待ちにしております。

本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
『眠れる遺伝子進化論』(講談社)

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