こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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闇夜に浮かぶ美しい発光生物には 多くの可能性が秘められているんです。

生物発光の不思議

独立行政法人産業技術総合研究所 静岡大学大学院助教授

近江谷 克裕 氏

おおみや よしひろ

近江谷 克裕

おおみや よしひろ 1960年生れ、北海道出身。83年、群馬大学工学部卒業、90年、同大学院医学研究科内分泌学専攻修了、医学博士。90年、(財)大阪バイオサイエンス研究所特別研究員、92年、新技術事業団独創的個人研究事業「さきがけ研究21」研究員、95年、理化学研究所光合成科学研究室協力研究員、96年、静岡大学教育学部助教授、2000年、通商産業省(現経済産業省)・大阪工業技術研究所主任研究員)などを経て、01年より現職。発光生物を通じて生物の進化・分散の研究および生物発光の分子システムを解明に取り組んでいる。主な共著に、「図説生化学」など。他論文多数。
(※2007年4月に北海道大学大学院医学研究科教授に就任されました)

2005年5月号掲載


工学、医学、生物学・・・生命科学研究者にはない経歴

──先生は世界有数の発光生物の研究者だと伺っておりますが、そもそも発光生物に興味を持たれたきっかけは? 医学部のご出身と伺いましたが・・・。

近江谷 もとは工学部に在籍しており、複合材料の研究をしていましたが、「理想的な複合材料とは」と考えるうちにバイオマテリアルに惹かれました。それにより、次世代の材料開発ができると思ったわけです。そこで、生物自体を扱う必要性を感じ、大学院では医学部に進み、内分泌学とタンパク質化学などを学びました。

当時の医学生にとっての花形研究は「癌」や「エイズ」でしたが、そういった分野では研究者が大勢おり、自分が研究しても目立ちにくかったのです。そこで、誰もやっていないような研究を懸命にやったら自分にも『光』が当るかなと勘違いして(笑)、大阪バイオサイエンス研究所で、発光生物のタンパク質を研究している研究室に入りました。

しかし、勘違いして始めたこの発光生物の研究は内分泌学の応用の可能性を探る研究でもあり、いっそう興味が深まっていったんですよ。光る生物は美しいですからね。

──私も子どもの頃、光る生物をよく観察したものでした。ホタルもそうですが、ヤスデのようなものも光っていたような・・・。

近江谷 そうなんです。確かに光るヤスデも存在するんです。ホタルは世界中に2千種くらい生存しており、その光る色も、緑、黄、オレンジ、赤など実に多様です。どうしていろいろに光るのか、調べてみたら面白いことが分るんじゃないか、そう思ったのが僕の研究者としてのスタートかもしれません。


活性酸素の除去のために生物は光っている

──さて、発光生物というと、どういったものがありますか? それに、どうして光っているのでしょうか?

近江谷 バクテリア、藻、クラゲ、昆虫、ホヤ、魚など幅広い生物種で存在しています。

生物は活動すると体内に活性酸素が生成されますが、この活性酸素というのは人間にとっても多くの病気の原因にもなるという、生物全体にとって非常にやっかいなものです。生物は、これら活性酸素を体内で消去・除去する作業を行なっていて、これを一般にスカベンジと呼んでいます。光る生物は活性酸素を壊す際にエネルギーを光として放出しているんですね。

ちなみに人間などの高等生物は、カタラーゼなどの酵素をはじめ、進化の過程でさまざまなスカベンジ手法を身に付けているため、光らなくて済むようです。

──けれども、せっかく光っているのだからと、その光をうまく利用する生物も出てくる…。

近江谷 そうなんです。ホタルなどはその典型例で、発光色により自分と同種のホタルを見付け出します。自分達の子孫を残すためにそうしているわけですが、色の違いを利用してマッチングを行なっている良い例です。また、ホタルイカは青色で発光しますが、これは海の底から天敵に見上げられた場合に、光ることによって自分の姿が海面に黒く映るのを防ぐためといわれていますし、トビイカの黄色い光は雄と雌の交信だともいわれています。

発光甲虫はホタル科やヒカリコメツキ科などの4科あり、ホタル科だけでも世界で2000種以上いるといわれている。写真はブラジル産ヒカリコメツキムシ〈写真提供:近江谷克裕氏〉
発光甲虫はホタル科やヒカリコメツキ科などの4科あり、ホタル科だけでも世界で2000種以上いるといわれている。写真はブラジル産ヒカリコメツキムシ
〈写真提供:近江谷克裕氏〉

しかしながら、発光生物すべてが発光をスカベンジ以外に活用しているというわけではありません。これがまた面白いところですね。


ブラジルに生息する鉄道虫から発光酵素をクローン化

──ところで、先生には今世の中で汎用されているご功績があると伺っておりますが?

近江谷 それは、発光生物の発光色の違いに着目して研究をした成果です。

それまでにも緑、黄色に光るための発光酵素は見付かっていましたが、赤色の発光酵素は発見されておらず、かねてから世界中で探し出す競争をしていたんですよ。

発光生物の採取のためフィールドワークに出掛ける近江谷氏と研究スタッフ。(上)中国雲南省、(下)ブラジルにて
発光生物の採取のためフィールドワークに出掛ける近江谷氏と研究スタッフ。(上)中国雲南省、(下)ブラジルにて

そこで私は、ブラジルにいる鉄道虫に注目しました。鉄道虫は頭部が橙色から赤色に、腹部が緑色から黄色に発光するホタルモドキ科の発光甲虫です。ブラジルの共同研究者と一緒に、世界で最も緑色、逆に最も赤色に光を発する発光酵素を最先端の分子生物学の技術を駆使しクローン化することに成功しました。

現在、この赤色発光酵素はさまざまな場面で活用されています。例えば細胞に組み込ませることで、細胞が活動している状態が分るといったレポーターの役割をしています。移植細胞の移植が成功したか、癌細胞が増殖したのか死滅したのかなど、この発光酵素を組み込むことによって、より判明しやすくなるわけです。

今では、この赤色発光酵素を元にオレンジ色などを人工的に作り、ほ乳類細胞で使えるようにしてあります。多くの研究に使ってもらうことで、新薬の開発や難病の解決の糸口になればと思っています。


光合成と発光を繰り返す夜光虫が未来の光エネルギーに

──それは随分と重宝されそうですね。今後の先生のご研究テーマは?

近江谷 いろいろやっていますが、現在、主に興味を持って研究しているのは、「渦鞭毛藻」という藻類の一種です。夜の海の波打ち際で刺激を受けると青く光る藻で、一般に、夜光虫などといわれているものと類縁な種です。

夜、この生物が光るのは、実は、昼間に光合成で光を吸収するクロロフィルが、代謝過程で、光る基質に変わっているからなんです。

──昼は光を吸収して、夜には発する・・・?

近江谷 そうなんです。

このシステムを解明すれば、例えば街路樹なんかも昼間はクロロフィルを使っていますから、そのクロロフィルを光る基質に変換できれば、夜には発光することが可能になります。渦鞭毛藻は夜に刺激を受けると光りますが、街路樹なども、夜、人が通ったり、触れたりすると光る。防犯センサーではないけれど、ぽっと触るとぱっと光る。もしこれが可能になれば、電気やガスなどに替る新しいエネルギーになるのではと思っています。

同氏研究室で培養している渦鞭毛藻。活字が見えるほど明るく光るという〈写真提供:近江谷克裕氏〉
同氏研究室で培養している渦鞭毛藻。活字が見えるほど明るく光るという
〈写真提供:近江谷克裕氏〉

──それは、なんともクリーンなエネルギーですね。

近江谷 その通りです。しかも、クロロフィルが発光物質に変るそのシステムを解明する過程において、どうやら副産物がたくさんありそうなんです。

どういうことかというと、クロロフィルやその近い構造の物質は癌細胞に集まっていって癌細胞を攻撃するという性質を持っているため、光線力学的療法(PDT)にも使えるんです。PDTとは、例えば、癌細胞などに親和性が高く、かつ光に反応しやすい物質を体内に入れ、その物質が癌組織などに集った時にレーザーなどの光を照てて、癌細胞を選択的に破壊する治療法のことです。

クロロフィルが発光物質に変換される前段階は、つまるところ、『光る』ために高いエネルギーが備わっている状態ということになります。それを利用して、癌退治の薬のようなものができるのではないか。これは医学的にも大変価値のあるものです。

また、この渦鞭毛藻の遺伝子を調べたところ、マラリアと比較的近い種であることも分ってきました。渦鞭毛藻を研究することで、マラリア退治のアイデアも生れるかもしれません。

さらに、渦鞭毛藻は極めて正確な体内時計を持っており、決められた時間に決められた物質を作っているのです。渦鞭毛藻は体内時計の仕組みを研究するものにとっても逸材なんです。

──体内時計の解明に、癌の治療薬に、マラリアの壊滅に、新しい光のエネルギーソースにと、現代のいろいろな課題へのヒントがありますね。

光合成と発光を繰り返す渦鞭毛藻。硬い殻に覆われているが、中身は柔らかく、扱いが難しい。現在もさまざまな角度からこの生物の研究が進められている。<br>渦鞭毛藻から検出されるタンパクを時間ごとにマッピングしたもの。これにより渦鞭毛藻の中で時々刻々と物質群が変化していくさまが分るという〈写真提供:近江谷克裕氏〉

(上)光合成と発光を繰り返す渦鞭毛藻。硬い殻に覆われているが、中身は柔らかく、扱いが難しい。現在もさまざまな角度からこの生物の研究が進められている。
(下)渦鞭毛藻から検出されるタンパクを時間ごとにマッピングしたもの。これにより渦鞭毛藻の中で時々刻々と物質群が変化していくさまが分るという
〈写真提供:近江谷克裕氏〉

近江谷 生物の中には途方もない財産がいろいろあって、それをいかに引き出すか、それが科学の力なのかもしれません。

僕自身は興味の赴くまま、遺伝子工学、医療工学、バイオロジーと散漫的にやってきた感じですが、それが今になって非常に役に立っています。

現在も、各地で採取したホタルやウミホタルの生息分布ごとに遺伝子配列を調べ、その親戚関係や伝播の歴史を解明するといったことへも挑戦中です。これは日本の地史にも繋がる研究かもしれないと考えているんですよ。

──(笑)。そういう横断的な知識こそ、今、有用なんでしょうね。

未知の可能性を秘めた先生のご研究、今後も応援しています。

本日はどうもありがとうございました。

 

【近江谷先生より近況報告】

2007年4月より北海道大学大学院医学研究科教授に就任されているそうです。


近著紹介
『発光生物のふしぎ』(サイエンス・アイ新書)
近況報告

2007年4月に北海道大学大学院医学研究科教授に就任されました


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